第13話 救護室にて
リン達が本部の救護室に到着すると、そこには3人程度の負傷者がいるのみだった。私達はすぐ近くにあった空きベッドに運んできた怪我人をそっと寝かせ、私は近くにいる医療スタッフに運んできた怪我人の負傷状況、応急処置内容を含めた今までの経過を伝え、後の処置をお願いした。
申し送りが終わり、この後どうするか確認するためにオルソさんの元へ向かうと、オルソさんは不思議そうな顔をして、室内全体を眺めている所だった。
「引き継いできましたよー。キョロキョロしてどうしたんです?」
「いや、意外と今回の訓練は怪我人が少なかったんだな…と思ってね?」
「え?こんなもんじゃないんですか?訓練ですし。」
「毎年、結構怪我人出るんだよ。中には仲間同士で仲間割れして喧嘩して怪我をして…って所もあるんだ。こんなに少ないのは珍しい…。」
「そうなんですか。あれ?あそこにいるのは…」
リンが救護室の奥の方にいる女性に目を向けると、女性の方もちょうど患者の手当が終わったのかこちらの方に気が付いたところだった。
「あら!リンじゃないの。何かあったの?」
何となく奥にいる女性が師匠に似てる気がする、と思ったら本当に師匠だったらしい。
「やっぱり師匠でしたか。いや、怪我人を連れてきたんですよ。応急処置はやったんですけど、如何せん道具が無くて…。」
「あー、あの人ね。訓練の携帯グッズだけであれだけ出来ていれば充分だと思うわよ?良くやったわね。」
にこやかに褒める師匠。どうやら今日は医療ボランティアスタッフの一員として来ているらしい。街の治療所で忙しく、あまりボランティア活動には積極的でない師匠が参加しているのは大変珍しい。
「ところで師匠、今日はどうしてボランティアを?」
「え?ちょうど医療科の学科長からどうしても出て欲しいって依頼があったのよ。どの講師も出れないらしいっていうのと.......まぁ、色々あってね。」
そういって、師匠は窓の外をチラッと見た。私はその先に某風魔術指導教員がいるのを見逃さなかった。
「なるほど、なるほど。」
「何がなるほどなんだ?」
オルソさんは不思議そうな顔をしているが、何となく察しがつく。多分、リム先生がボランティアに参加するからだ。
これは学園に入って知った事だが、師匠はリム先生に片思いしているらしい。師匠は弟子の私が言うのもなんだが大層な美人だ。多分、師匠が本気になれば落とせない男性はほとんどいないのではないだろうか?実際、治療院に来るチンピラの8割は師匠に1度は惚れている者が多い。
しかし、それでもリム先生がなかなか落ちないのは師匠が恥ずかしがって冗談っぽく告白してしまうからなのと、元生徒だというのがハードルになっているのだろう。時間の問題な様な気もするが。
そんな美人でモテる師匠だが、治療中の師匠は正直鬼である。いや、口調は丁寧だし、口元は笑っているが目が笑ってない。チンピラ達の怪我の理由の殆どが喧嘩であるが故に、「てめぇら何喧嘩して私の仕事増やしてんじゃボケ。巫山戯んな。」と言うようなオーラをわざと放ってるし、治療も喧嘩等、くだらない理由で負った物は麻酔無しでわざと治療する。銃弾摘出だったり、深く傷付いた患部を縫う際でも同様である。そんな経験をしていると、ほとんどの患者は怯えるようになるのだが、それでも処置は完璧であるので、チンピラ患者が懲りずにやってくる。
ちなみにそれでも師匠に怯えるどころか完全に惚れているドMな患者は師匠によく足蹴にされたり、こき使われているが、それがまた良いらしい。彼らからは『スラム街の女王様』と呼ばれている。こんな危険な世界、良い子には見せられない。
「あ、貴女がアンジェリーナ様ですか!貴女の治療の腕はかなり良いという噂は常々スラム街の者達から聞いておりますよ。貴女がいるからここにいる患者さんが少ないのですね。」
チンピラ達、よく黒騎士団員に捕まってるもんな...。黒騎士団員も元は平民だったり、スラム街出身者多いから、たまにチンピラと黒騎士団員が居酒屋で意気投合してる姿も見かける。
オルソさんは師匠と世間話をしているが、若干顔が赤い。そりゃ、師匠綺麗だもん、嬉しいよなぁ。綺麗な師匠で弟子の私も鼻が高い。つい胸を張る.......が、私の胸は発展途上だったのを忘れてた。これから発展していくんだから!
「師匠ならパパーッと完治させちゃうからなぁ。」
「あら、ありがとうございます。褒めても何も出ませんよ。さて、この方は私共の方で処置を行いますのでもう大丈夫ですよ。リンもお疲れ様。また週末、治療院の方手伝ってね。」
そう言って師匠は新しく来た患者の方へ駆け足で向かっていった。さて、私もそろそろ帰れるかな?
「オルソさん、私達はどうすれば良いですか?」
「団長からはもうリンは帰路につかせて良いと聞いているよ。色々とありがとう。俺も勉強になったよ。」
「承知致しました。それでは団長にはご褒美の食事を楽しみにしているとお伝え下さい。」
「ハッハッハ。分かった、伝えておくよ。お疲れ様。」
私はオルソさんに一礼して、救護室を後にした。
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一方、リンが去っていくのを見送った黒騎士団員オルソは、
「(さて、俺は主にこの事を報告しないとな。まさかこんなに彼女が有能だと思わなかった。)」
と、心の中で思いながら救護室を出た。そして自分の主が今か今かと自分の報告を待っているだろう王宮へ急ぎ足で向かうのだった。
(今日はオマケの話はお休みです…)