天罰
「ふうん、貴女が魔道を壊したんだぁ~」
豪奢な椅子には美しい少女が頬杖をついて座り、冷たく咎人を見下ろしている。
階段の下には、後ろ手に縛られた年嵩の女が憎しみの籠った目で少女を見上げている。
「そうだ!この世界に召喚され、ましてや陛下の番様でありながら陛下を嫌う者に天罰だ!」
狂信的な忠誠心と、少女に対する女としての強烈な嫉妬。
少女はふうんと鼻をならす。
「ああ~な~んだ、貴女あれが好きなんだぁ」
そう言うと、ニヤリと嗤う。
「な、陛下をお慕いなど!」
「まあいいわ、私ね、好きでこっちに来たんじゃないの」
「重き使命により喚ばれたはずだ!その使命を果たせ!」
「それは貴女達の都合でしょう~?私に何の関係があるのぉ?」
「尊き方の願いあればこそだろうが!」
ふーとため息をつく。
「話にならないなあ、貴女さあ~私と同じ目に遭ってみるぅ?」
椅子からゆらりと立ち上がり、ゆっくりゆっくりと階段を降りてくる。
「いたいけな女子高生が~両親も、友達も、将来も、夢も、好きな人も居場所もいきなり全部、ぜーんぶ取り上げられました」
コツっと咎人の前に立つ。
「貴女の親兄弟姉妹、全員殺したらこの気持ち分かるかなぁ?」
「なっ!!」
「取り上げられたら、今度は少ない私の全てを奪われて無視されたのよ?処女と尊厳、貴女からも奪っていいよね?」
少女はぺっと咎人に唾をはく。
「こんなくそみたいに文明の遅れた場所!テレビもない、情報も人から人だって笑っちゃう、電車もないローア?なにそれ馬より遅いじゃん、飛行機は飛竜をとばす?何百人も移動も同時に出来ないの?衛生環境は最悪、伝染病は蔓延して予防すら知らないってさあ」
「私がいたところに比べたら最悪最低なのよここ、わかる?」
少女は咎人を上から覗きこみ、じっとこちらを見る。
ごくりと咎人は喉をならす。
痛いくらいの静けさの中、少女は咎人に言う。
「帰れるから我慢出来たの」
少女の瞳は、深い深い海の深淵のように暗い。
「私に全部返してよ?ねえ、魔道壊したら帰れないじゃん」
少女から魔圧がかかる、骨が軋む、頭がガンガンする、頭蓋骨が割れる!肺が痛い!
嫌だ!死にたくない!!
息が止まる寸前で圧が無くなった。
「止めてくれ!頼む!」
少女が咎人を殺す寸前に陛下が懇願した。
ぐるんと勢いよく首を回して、少女は陛下に透明な視線を投げかける。
咎人は咳き込み涙と鼻水を垂れ流し、この死の恐怖から救ってくれた陛下を熱の籠った目で見上げる。
「なんで?なんでも望みは叶えるって言ったよね?」
「そうだが!」
「ふうん?なんだ、好きなんだ、この人の事」
「違う!その者は我が乳兄妹!幼馴染みの間柄なだけだ!我が好きなのは!!」
「黙って?」
「っ!!んーー!!」
少女が言霊で陛下を縛る、その言葉は聞きたくない。
ふと閃くものがあり、少女が至福の表情で咎人に笑いかける。
「私ねぇ、この世界で一番ちからを持ってるの、凄くすごーく強いの、わかる?」
咎人は涙を流し蒼白なまま頷く。
「黙って帰しておけば良かったのにねぇ、ふふ」
捕らえられてる女の額に人指し指をつけると、人指しから額にジワリと黒い染みが広がる。
額に不気味な黒い染みをつけると指を離した。
「さ、これが罪人の証よ、罪人だから殺す以外は何をしてもいいと発布してから1ヶ月後に野に放てばいいわ、ああそれと」
「その1ヶ月の間に陛下はこの女を孕ませてね」
「なんだと!!」
「そんな!」
「五月蝿いなあ、なんでも望みは叶えるって言ったよね?殺すなってあんたの願い聞いてやったんだよ?いい加減にしてよね」
冷たいどこまでも凍える声で指示をだす。
どんっと足で咎人を転がし、護衛兵に連れてゆかせる。
「今後一切私に触らないでね、あと名前も呼ばないように。破ったら死体が増えるわよ?」
召喚とは間違いだったのか?
代々の皇帝は召喚を行った、召喚された者は、皇帝の番で好きなように使役する事が出来た。
その召喚者を使って国は繁栄と栄華をきわめていた。
私の番である少女は、我らを誘拐した犯罪者達と叫び、使役する為に自尊心を折る行為を幾度もしても、自尊心を折ることは叶わず、とうとう我が世界の神を喰らってしまった。
この世の何者よりも強い、そして制御出来ない者は恐怖でしかない。
恐怖と最愛の番を、元の世界へ送り返そうと魔道を開いていた所にあの女が術を使い魔道を壊してしまった。
少女には、元の世界へ帰れなくなり嬉しい気持ちと帰ってくれなくてこれから先を思うと恐ろしさを感じる。
少女から下された命を果たした。
1ヶ月と短い期間で、咎人が妊娠しているかはわからないが昼夜問わず抱いた。
咎人を少女と思い抱き潰した、最初は嬉しそうに蕩けていたが最後は泣き叫んで止めてくれと懇願していた、私は少女ではないとも言っていた。最早そんな事はどうでも良かった。
少女が姿を眩ました。
一度だけこっそり少女の名を喚ぶと、その場で友が一人血を吐き死んだ。
ある日、鏡を見るとあの咎人と同じ場所に罪人の印がついていた。すぐ様、罪人として引き摺られ城から放逐されると、門番からあの咎人である女の話を聞いた。
泣きながら東へ向かったと言う。
これは何の罰なのだ?
先祖と同じ様に、ただ召喚しただけではないか!
番を使役しようとして何が悪いのだ!
なぜ我がこんな目に遭うのだ?
そこまで思ってから、急に思い出した。
………少女も同じ様に叫んでいた、と。
なんで私がこんな目に遭うの!!
番だから何をしてもいいのか!!
その時の我が言った言葉は……。
『我の為に死ねる栄誉を与えてやる』だった。
ならば、我は少女の為に死ねる栄誉を頂いたということか。
男は城の外の焼け野原に立ち尽くす。
1ヶ月の間に世界はとっくに少女によって滅ぼされていたようだ。
『両親も、友達も、将来も、夢も、好きな人も居場所もいきなり全部、ぜーんぶ取り上げられました、同じ様にしたら私の気持ちが分かるかなぁ?』
頭の中に少女の声がいつまでも木霊する。