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それを呪いだと、人は言った

作者: 葵陽


※この作品は、フィクションです。



ボロ布と化した灰色の毛布を被った、子供二人が路上に座っている。頭から被っているせいか、容姿はほとんど分からない。ただ一目で見て二人ともがひどく痩せていることは、分かった。鳥のような、骨と皮だけの細い脚が毛布から少し見える。

右側に座る子供の方が、一回り小さく見えた。兄弟なのか、それとも他人なのか、それは訊ねてみるしかないのだろう 。


俺は吸い殻を携帯灰皿へ仕舞うと徐に、子供たちへ近寄った。






それを(のろ)いだと人は、言った。


誰が呪ったかなどということは、わからないし知ろうとも思わなかった。知ったところで、何ができるわけもなし。自分たちは無力な子供だったのだから。

ひょっとしたら産みの親だったのかもしれないが、たとえばそれでも構わない。顔も名前も知りもしない。産み落としてすぐに二人の赤子を、ごみ溜めに捨てるような親だ。

落胆すらもしないだろう、私も"彼"も。


チラチラと視界に白い塊が、見えてきた。

やたらと寒いと思ったら、雪だ。神様というひとがいるのだとすれば、きっとわたしたちはそのひとに嫌われてしまったのだろう。

不意に隣から、ズズッと鼻をすする音がする。

横を向くと真っ赤になった鼻頭が、くるまった毛布の間から見えた。毛布といっても、ごみ捨て場から"拝借した"極薄のものだ。

寒いかと、大丈夫かと声をかけるべきところだろうがそう声をかけたところで私は弟を助けるすべがない。暖かい部屋も、温かいココアも用意することができない。

せめてもと思い、私は自分のくるまっていた毛布を弟の毛布に重ねた。これで、マシになるわけではない。だが私個人の気分が、少し楽になる。

弟は一瞬此方を見たが、毛布を返そうとはせず先程よりも一層丸まる形でくるまった。

私はふふっと、笑いを漏らす。

「そこは姉に毛布を返すところじゃないの?」

「返してほしかったら、はじめから渡すな。」

そう応えた弟の、緋色の眼が毛布の合間から見えた。






乳呑み子だった姉弟(きょうだい)をごみ溜めから拾い上げたのは、白髪の老婆だった。彼女は、郊外で小さな孤児院を営んでいた。決して裕福ではないが、国から補助金も出ていたのでボチボチという経営状態であった。

老婆は姉弟に、それは実の子供のように優しく接してくれていた。

孤児院にはそれなりの人数の子供がいたが、どの子供も姉弟に近寄ろうとはしなかった。嫌っていた、虐めていたというわけではない。必要であれば会話もしていたし、なにか困っていれば最低限助けてもくれていた。だが両者の間には明確な、"隔たり"があったのである。


幸福とは言えないが、それなりに暮らしていたある日。彼女らの日常は終わりを告げる。


姉弟の年齢は、五歳になろうとしていた。


世話をしていた老婆が死んだ。老衰、というやつだ。通常ならば他の孤児院へ行くことになるのだろうが、そこに入ってきたのは老婆の娘だった。

一言で言えば『悪徳』という言葉がお似合いだろう、その娘は孤児院の子供たちをこともあろうに、人買いへ売り払ったのだ。

姉弟も、タチの悪い人買いに買われていく。


買われた先は、なんと言えばよいか、反社会的組織だった。組織のボスが、姉弟を気に入ったらしい。

そこで姉は『シネンセ』、弟は『ロコト』と名付けられた。

それは所謂、コードネームのようなものだったのだろう。彼女らは組織から銃や刀などの武器を与えられ、人を殺す術を教わった。

姉弟は意外にも、抵抗を見せることはなかった。だが笑いもしないが、泣きもしない彼女らを組織の大人たちは気味悪がっていた。

そのうち使い捨てのようにされて、命を落とすのだろうと姉は思っていた。


姉弟が九歳になったちょうどその日。組織のボスが敵対組織に暗殺され、組織が壊滅した。

幸いにして、姉弟は誰も人を殺めることなく野へ放たれることとなった。



以下、冒頭へ戻る。

あたたかそうな襟巻きを纏った青年は、ボロ布の前に立つ。姉は、警戒するような眼を青年へ向けた。弟と同じ、緋色の瞳だった。


「あたたかいところへ行きたくはないか。」

「聖人君子志望なら、他をあたって。」

ここで青年は、左側の子供が女児であることに気付く。

「ああ、女だったのかおまえ。」

青年がそう言えば、突き刺さるような視線が青年を襲う。




性差などというものがこの年齢は、解りにくいというのは理解しているが露骨に男児と間違えられると不機嫌にはなってしまうものだ。自分も女の端くれ、ということだろう。

私も弟も、寒さに耐えるのは限界を迎えていた。何もないままだったら明日の朝、姉弟仲良く凍死していたのだろうと予想すると少しだけ、血の気が引いている。


一時、せめて一晩だけでもこの青年にお世話になっても良いだろう。もしイタズラ目的の変態だったとしても、ソレに"抗う術はある"のだ。

往々にしてロリコンは、大人に興味がないものだ。いや違ったとしても、あの世へ送ってしまえばよいのだが。






「暫く待って、弟を抱えるから。」

姉が、弟を抱えるという。然程体格差のない姉弟だ、抱えるのは辛いだろうと俺が抱えようか、と申し出たが弟に触らないでと拒絶された。


紐でも使うのかと思った次の瞬間俺は、閉口してしまう。姉の身体が発光したかと思うと、幼児を抱えた妙齢の女性が現れたのだからまあ、驚きである。年の頃は十五、六歳だろうか。

「さあ、早く連れてって。」

呆然と立ち尽くす俺を、女性の緋色の眼が見つめていた。




女児が女性に変身した、以上である。


器用にボロ布を纏っているようで、女性の格好はまあ注目されるような酷いものではなかった。

俺は、仕事場へ向かう途中であった。見て見ぬふりできるほど、俺はメンタルが強くはなかったのだ。確かに同じようにボロ毛布を被って、路傍に座っている子供は多い。その全てを救えるほどの経済力はないし、俺のやっていることは間違っている、と思う。

だが本能として、この子らを放置してはいけないと感じたのである。そう本能、として。





「これは呪いらしいわ、他人いわくね。」

仕事場である喫茶店に着くと、女性は女児へと姿を変える。否、戻ったというべきだろうか。幸いにして、店にはお客も店長も居なかった。

いや、店長は居ろよ。

だが、特に人から見られることを憚っている訳ではなさそうである。


そして年齢を聞けば、よく分からないと言う。

「便宜上、双子でいるようにしてる。それで言えば私も弟も九歳よ、一応ね。でも本当は何歳なのか、わたしたちにも解らない。」

そう言って姉は、先ほど俺が淹れてやったココアを一口飲む。弟の方は一言も喋らず、ココアを飲んでいる。

そうか、美味いか。作り手、冥利に尽きる。


「一方がもう一方の年齢を吸い取る"呪い"。例えば私たち二人の年齢の合計が三十だとすると、十五歳の双子にも成れるし二十歳と十歳のきょうだいに成ることもできる。私たちの年齢の合計が今、十八。最高で、十七歳と一歳になることができる。私たちの年齢が上がれば上がるほど、成れる年齢は増えていくの。」

「それが、呪いか。」

「ええ、誰がかけたかは知らないし知りたくもないけど。」


青年は右手を顎にあてて暫く、考えたあと顔を上げた。


「ちなみにお前ら、名前は?」

「名前はないわ、コードネームはあったけどほとんど使わなかったし呼ばれなかったし。ちなみに私がシネンセ、弟はロコト。」

「唐辛子じゃねーか。」

「ああ、唐辛子の名前だったのね。」

「ジョロキアとかハバネロとかいたの?」

「いたわね、幹部だった。」

どんなコードネームだ。





「なんて呼べばいい。」

喫茶店の青年は、私たちの名前を訊いてくる。

なぜ?たった一晩の、気まぐれに。

「なんとでも呼べばいい。」

名前など、どうでもよいものだ。


「じゃあ左側に座ってるお嬢さんが、左京だ。で、弟は右京。」

なんて安直な名付けだ。だが、不思議と嫌な気はしない。


「あなたの名前、訊いても良い?」

"左京"がそう訊く。

心なしか柔らかい色になった緋色が、青年に向けられた。



(あらた)と呼びたまえ、左京ちゃん。」


お読みいただきまして、ありがとうございました。

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