旅立ち
そうきたか。どうやらみくびられていたのは女性陣じゃなく男性陣の様だった。
結城君の以外の男性陣は数人の女性に囲まれてご満悦な様子。
俺も残っていれば……羨ましくなんてないんだからね。
一方女性陣と一緒にいるのは、同性、しかも似た様なタイプだ。
木立さんの周囲にいるのは、理知的で意志の強そうな少女達。学級会で無双しそうな集団である。
竜造寺さんと一緒にいるのは育ちの良さそうなお嬢様方。中にはエルフらしき少女もいる。多分、あの娘達の護衛はとんでもない高ランクな人達だと思う。
「陽向、結城君と夜鬼以外の男性陣の事を教えてもらえるか?」
覚えておいて損はないし、ウォール伯爵がなにをさせたいのか分かるかも知れない。
「あそこに金髪の男がいるでしょ。ほら、昨日モンスターを倒したいって騒いでいた奴。近紅牙王、親はクリムゾンっていうブランドの社長で、見たまんまヤンキーだよ」
クリムゾンはストリート系とかいうジャンルらしい。そして牙王ですか。
そういや前に取引先の人から聞いた事があったな。クリムゾンの社長が息子に手を焼いているって。自分も若い頃、やんちゃだったから息子を叱れないでいたら、とんでもない悪たれになったそうだ。
牙王君の周りにいるのは、勝気そうな少女達。一瞬、ここは某ディスカウントストアかと思ってしまった。
「あっちにいる眼鏡を掛けた少年が、羽栖院貴雄さんです。小学校から一緒なんですが、あまりお話はした事ないですね。学年二位の秀才なんですよ」
風野さんの視線の先にいるのはオタク風の少年。そんな貴雄君の周りにいるのは、大人しそうな少女達。
こいつも陽向から聞いたことがある。盗撮が趣味で女の子にしつこくつきまとう奴がいるって。でも、女子からは全く相手にされずにモテないそうだ。
羽栖君、君の周りがおかしいだけで、もてない野郎は普通にいるよ。俺とか……。
「ちなみに一位は光君で、三位は愛なんだよー」
そりゃ、話し掛け辛いでしょ。風野さんは結城君と幼馴染みで仲が良く、一緒に行動する事が多かったそうだ。2人ともリア充オーラ全開。そんなリア充に自分の最大の取り柄である勉強で負けているんだから。
俺だって陽向がいないと、関わる事すらなかったと思う。
「みんな気が合いそうな人達と組んでいると。強は……見事にハーレム状態だな」
良く言えば……いや、どう言葉を取り繕っても良く言えない。強の周囲にいるのは、多種多様な女性達。年代はタイプもバラバラ。共通するのは容姿が整っている事位だ。
「兄貴、羨ましいんじゃないの?」
陽向がニヤニヤ笑ういながら、問い掛けてきた。羨ましくないと言えば、嘘になる。
「お前、俺があの状態になったら、どうなるか想像してみろ。絶対に会話に溶け込めないで、ボッチになっているぞ」
陽キャのコミュニケーション能力って凄いよな。相手が誰だろうと、臆せず話し掛けられるんだもん。
「えー、兄貴は〝私に気を使わず、皆さんだけで楽しんくで下さい〟って適度な距離をとるタイプじゃん」
だって望まれていないグループにいるのって、地味に地獄なんだぞ。俺、飲み会でミュートモードに入るの得意だし。
そんな中光君の周囲にいる人達だけが異質だった。マッチョで頼れる兄貴といった感じのイケメン戦士、インテリイケメンな魔法使いの青年。そして穏やかな笑みを浮かべている神官少女。
正に勇者の為に集められたパーティーって感じがする。
「皆様、今日はささやかながら歓迎の宴を儲けてありますので……それまでゆっくりとご歓談して下さいね」
シックルさんの話では今晩有力者を招いた歓迎パーティーを開くとの事。取り込む気満々ですね。
「さてと、俺は歓談に行ってくるけど、陽向達はどうする?」
これから他の人達はどう動くのか?リオンさんにゴブリン退治に行けと言われたけど、同行してくれる人がいてくれたら嬉しい。
「ぼ、僕も行くよ。鈴音ちゃんとお話したいし」
でも、陽向の視線は光君にロックオンしている訳で……お兄ちゃん、もうニヨニヨなんですけど。
「私も行きます。皆さんが、これからどうするか気になりますし」
風野さんはそう言って立ち上がると同時に俺の耳たぶを掴んだ。
(もう駄目ですよ。からかったりしたら、陽向ちゃんが光君を避けちゃいます)
耳に息がかかる距離で囁く風野さん。悪役令嬢というより小悪魔令嬢なのでは。
「それじゃ女性陣には陽向と風野さんが話し掛けてもらえますか?」
俺は人見知りではないが、あの少女集団に近付く度胸なんてないです。
「任せて。葵ちゃん、ちょっと良いかな?葵ちゃんは、これからどうするの?」
元々顔見知りだった様で、陽向は木立さんに躊躇せずに話し掛けた。
「私はこの国の法律を学んだ後、各地の現状を見て回ろうと思っています」
セキュリアの法律か。貴族特権とかありそうだな。
「鈴音さん、お話中恐れ入ります。よろしかったら今後のご予定をお教え願いますか?」
風野さんがまとっていた空気が一変する。それまでは年相応の可愛い少女だったけど、一瞬で高貴なお嬢様になった。
「愛さん、ご機嫌よう。私は、こちらにいる皆様と一緒に、この世界の植物を見て回る予定ですわ。エルフの方々が住むエルフィンという国には、とても大きなオークの樹があるそうすの」
竜造寺さんよほど植物の事が好きらしく、樹の話になった途端に大声になった。
これはありがたい。注目が集まって皆の話を聞きやすくなる。
……ここで最初に聞くとしたら、あの人しかない。
「羽栖院さんですよね?私は福富幸大というしがないサラリーマンです。今後の参考にしたいので、良かったら予定を教えもらえますか?」
羽栖院の前に立ち、丁寧に頭を下げる。得意の勉強で負け続けていた羽栖院は、光君に劣等感を持っていると思う。その光君より優先されたら、絶対に喜ぶ筈だ。
ましてや今は自分を賛美する取り巻きがいる。そう、彼女達が見ている中で優先されたのだ。
「ええ、良いですよ。僕は魔術を極めて唯一魔導書を手に入れるんです」
イヴァール基礎知識にアクセスしてみる。
オリジングリモアール 魔術を極めた者のみが手に入れる事の出来る魔導書。手に入れた者は、膨大な魔力とオリジナル魔法を手に入れる事が出来るという。手に入れるには、試練の迷宮を制破しなくてはいけない。
羽栖院君、凄くいきってます。そして取り巻きもそれを煽りまくり……待てよ、これはもしかして……。
「おい、おっさん。なんで、そんなヒョロガリの話を先に聞くんだよ。ここに最強になる男がいるんだぞ」
喧嘩が強くて、人気を得られるのは中学までだと思う。ましてや陽向達が通う学校は元お嬢様学校だ。粗暴な人間は嫌われる。
「すいません。私はビビりなもので」
これはまじである。ヤンキーは今でも苦手だ。
「俺にびびったってのか?正直なおっさんだ。良いか、良く聞け。俺はドラゴンを倒せる位強くなってやる!」
その言葉を聞いた取り巻きが讃辞の言葉をあげる。牙王君、鼻高々です。
「凄いですね……強、お前はどうするんだ?」
こいつの目標が聞ければ、俺の考えは確信に変わる。
「俺か?この国にはプリンセスガードって、美人揃いの騎士団があるらしいんだ。俺と一緒のいるのは、プリンセスガードを目指している子達だ。俺はこの子達の夢を叶える手助けをする」
どうやってって手助けするの?って、突っ込んではいけない。強はおだてに弱い。それが美少女なら尚更だ。
そして取り巻きの人達は、転移者に選ばれたんじゃない。選ばれる様に仕組まれたんだと思う。
上手く誘導して、何かをさせるつもりなんだ。そして俺や陽向にも、用意されている筈。
さあ、ウォールの皆様。俺のタイプはきちんと把握していますか?
「光君は、どうするの?」
光君に話を聞こうとしたら、陽向が割り込んできた。陽向選手、小首を傾げて可愛いさアピールです。
陽向、頑張れ!お兄ちゃんが応援しているぞ。
「俺はこの人達と旅をして強くなろうと思う。そしてみんなを助けられる様な人間になりたい」
光君のイケメン発言に陽向選手メロメロです。本人は隠しているつもりでしょうが、顔が真っ赤でバレバレです。
「僕も付いて行っていいかな?」
おっと、陽向選手勇気を振り絞って、積極的な行動に出ました。
「戦いの経験がない貴女では足手まといになってしまいます。お城にある魔法学校で学んでからの方が良いですよ」
ここで神官少女の容赦ない一撃が入りました。陽向選手、痛い所をつかれてノックダウン寸前です。
「むー!」
当たっているだけに反論出来ずにむくれる陽向。
「皆様、頼もしいですね……そこでお願いがあるのですが、お城から馬車で六時間程行った所にズレーハという小さな農村があります。ゴブリンが出て困っているそうなので、誰か行っていただけませんか?」
シックルさんの提案に場が静まり返る。そりゃ、そうだ。どう考えても貧乏くじだし。
(これがリオンさんの言っていたゴブリン退治か)
しかし、まじでリオンさん何者なんだ?
「私に行かせて頂けますか?」
挙手をして立候補する。単独行動になるだろうが、なんとかなるだろう。
「ありがとうございます。それではお三方にお願いしますね」
お二人?ふと横を見ると陽向と風野さんが手を挙げていた……なんで?