これからどうする?
満天の星を見ながらコーヒーを飲む。男なら誰でも一度は憧れるシチュエーションだ。
でも、俺の心は浮かない。
(さて、これからどうすっかな)
どうすれば陽向を守れるか。漫画なら修行をすれば強くなれるけど、現実はそんなに甘くない。修行して強くなれるなら、みんなプロになれる。
今の俺に必要なのは金とタマポイントだ。
金があれば護衛を雇えるし、拠点も移せる。
ここの貴族は信用できない。美人やイケメンを宛がい、媚薬を盛ったのは自陣に取り込む為だと思う。
(いっぱい持ってきたけど、コーヒーも控えなきゃな)
椅子から立ち上がろうとした瞬間、俺を呼ぶ声が聞こえた。
「フクトミさん、どこにいますか?」
呼んでいるのはリオンさんだった。こんな夜中になんだろう。
「今、行きます」
また遠回りしなきゃいけないか。リオンさんは良い人だと思うが、セキュリア側だ。信用してはいけない。
「いえ、そのまま聞いて下さい。明日、転移者にゴブリン退治が命じられます。フクトミさん達は、それに立候補して下さい……それと私はフクトミさん達の味方ですので。ここにこれから必要になりそうな物を置いておきますよ」
そう言い終えるとリオンさんは遠ざかっていった。
足音がしなくなったのを見計らい、セーフティゾーンから出る。
「これは剣と金!」
そこに置いてあったのはショートソードと革袋。革袋の中には銀貨と銅貨が入っていた。
卑しいと、思いつつ速攻鑑定。
鑑定結果 王国硬貨。セキュリアの硬貨の単位はバート。総額三十万バート。万銀貨、千銀貨、百銅貨、十銅貨に分かれている。
剣は俺でも扱えそうな重さだ。リオンさんに足を向けて寝られません。
少しだけ状況が好転した。今日もこのまま寝てしまおう。
陽向達を起こさない様に、そっと車のドアを開ける。
きっと陽向や風野さんは不安で眠れていないと思う……そう思っていた時期が俺にもありました。
壁の向こうから聞こえてくるのは健やかな寝息……陽向、お前不安じゃないのか?
風野さん、俺も男なんですよ?狼に変身するかもしれないんですよ?
信用されているのか。それとも男と意識されていないのか。
貴女、ドストライクな美少女なんだぞ。でも、俺が女子高生を女として見ていたらセクハラなんだよな。
俺は聖人君子じゃないし、フェミニストでもない。車内設置で出来た物理的な壁、それと陽向という精神的かつ社会的な壁に頼りまくろう。
それとせっかく異世界に来たんだ。スマホの電源をオフにしてぐっすりと寝よう。
◇
習性なんだろうか。今日は仕事に行かなくても良いのに……目が覚めたので、外を見てみると、まだ薄暗い。
ログインボーナスを貰う為に、スマホの電源を入れる。うん、今日もアラームより早起きだ。
ログインボーナス ブロキュア領領都マップ
ミッション達成車内泊をせよ 500珠
新しいミッション ゴブリンを倒せ
ログインボーナスって珠だけじゃないのか?とりあえず領都のマップをタップしてみると、色んな情報が表示された。
(今は朝市が開かれているんだ……ちょっと行って来るか)
保存食は大量に持って来ているけど、こっちの食材にも慣れておいた方が良いと思う。
何より、物価を知っておきたい。もらった30万バートで、どれ位食べていけるか。
城を突っ切るのはまずいので、城壁に沿って移動。朝霧が出ているからだろうか、人に会わないまま市場に到着。
市場は大勢の人が訪れ、活気に溢れていた。そして改めてここが異世界なんだと実感する。
主にいるのは人間だけど、エルフにドワーフ獣人もいるのだ。でも誰も彼等がいる事に疑問を抱かずに、自然に受け入れている。
売っている食材は日本で見た物も多くて安心した。中には食べて良いのか不安になる物もあったけど。
(卵は一個200バートか)
1バート1円だと仮定したら、一個200円。養鶏場なんてないだろうから、地鶏の卵みたいな物だから妥当な値段だと思う。
そのままうろつき、色んな物を買い揃えていく。ある程度揃ったとこで、物陰に移動して収納魔法を使ってみる。エコバックの底が何かに触れたので、そっと手を離す。
ナビアプリに表示されていた目当ての店へと移動。
「すいません。ハムサンドと野菜サンドを3個ずつもらえますか?」
俺が探していたのは。、持ち帰り可能な飲食店……お持ち帰り用の籐籠付きで1500バート。これは高いんだろうか?安いんだろうか?このうち籠代はいくらなんだろ。
後、ワニ肉サンドとかコカトリスサンドも売っているんだけど、食べて大丈夫なんだろうか?
◇
なんでだ?ちゃんとメモを置いてきたのに、陽向が不機嫌になっている。
「兄貴っ!一人で買い物なんて何考えているの!セキュリアにいる日本人は私達だけなんだよ。市場なんていったら絶対にパニックになるでしょ!」
確かにセキュリアで会った人に黒髪はいなかった。
「大丈夫だって。無事に買い物出来たし、誰にも注目されなかったぞ……さて、収納魔法でしまった物はどんな感じになっているんだ?」
バックドアを開けて確認する。野菜を詰め込んだエコバッグは、ちゃんと荷物の上に乗っかっていた。採集とかで水気のある物を収納する事もあるだろうから、対策を立てておこう。
「僕……僕達、凄い心配したんだよ!もう勝手な行動しないでね……それにしても凄い荷物。日本から沢山持ってきたんだね。でも、手鏡なんて何に使うの?」
朝飯の準備をしようと、コンロを引っ張り出していたら陽向が質問をしてきた。
「身だしなみチェックは社会人のマナーだぞ。俺みたいなブサメンは清潔感の維持が大切なんだよ」
モテる為じゃない。周囲に不快感を与えない為だ。
「ブサメンって……本当、ネガティブなんだから。兄貴はブサメンなんかじゃないよ。愛もそう思うでしょ?」
それ本人が目の前にいると、yesしか選択肢がない質問だから。
「癒し系って言うんでしょうか?優しそうで私は好印象でしたよ」
顔の評価はせず、あくまで自分一人の意見と強調しておく。相手を勘違いさせないベストな解答です。
「ありがとうございます。がっかりさせない様頑張りますよ」
ここでテンションを上げてしまったら〝こいつ、勘違いしちゃったよ〟となるので、適当にお茶を濁して置く……勘違いからのぬか喜びで、何度赤っ恥をかいた事か。
テーブルを出すついでに荷物をチェック。ヘッドライト付きヘルメットも携帯拡声器も、ちゃんと作動している……ちと、針金持って来過ぎたか。あると便利だからって一束持ってきたんだよな。
「でも、なんで兄貴騒がれなかったんだろうね。兄貴、自分を鑑定してみてよ」
確かにスーツを着た異世界人なんて、目立つし騒動になっても不思議ではない。でも、普通に溶け込めていたし。
鑑定結果 福富幸大 性別。・男 種族・猿人 年齢32歳 職業・サラリーマン(平)
所持スキル 鑑定・イヴァールの基礎知識・異世界言語通訳・シールドボール・調味料召喚・鋼鉄の胃袋・消臭清潔保持魔法 ・車召喚(空間収納魔法・セーフティーゾーン)モブ化・九死に一生
……なんか知らないスキルがあるんですが。
モブ化ってなんだよ!それに九死に一生ななんて、不吉過ぎるだろ!
とりあえず鑑定。
鑑定結果 モブ化 (パッシブスキル)集団に溶け込めるスキル。突飛な行動をすると解除されるし、身の丈に合わないグループには適用されない。
……だから市場で騒がれなかったのか。
鑑定結果 九死に一生 (パッシブスキル)命が危険に晒されると、集中力と敏捷性が増す。
……攻撃力や防御力は増えないんですね。いや、敏捷性増しても、俺の反射神経じゃ意味ないぞ。
二つともパッシブスキルだから、コマンドに表示されなかったのか。
◇
朝飯を食べ終え、コーヒーを飲みながらまったりする。今日は、城で転移者のお披露目パーティーがあるそうだ。その為、陽向と風野さんが車内でドレスに着替えている。
「兄貴、お待たせ。やっぱり、ドレスって動きにくいね」
ドレスを着た陽向が車から降りて来た。ドレスは向日葵の様な黄色で、陽向に良く似合っている。
「……陽向、スカートの下にジャージかなにかはいておけ」
逃げにくくする為にドレスを着せた可能性もある。
ウォール伯爵は、昨日の失態をどう取り繕うつもりなんだろうか?それによってこれからの身の振り方が決まってくる。
でも、なんであんな女性に反感を買われる様な事をしたんだろうか?
「大丈夫ですよ。陽向ちゃんも私もスカートの下にショートパンツを履いていますから」
風野さんが着ているのは純白のドレス。風野さんが、ドレスのスカートをたくし上げてショートパンツを見せようとした。
当然、太ももが露わになる訳で……俺の視線も釘付けになってしまうのです。
「愛、なにしてんの!いくら対象外っていって兄貴も男なんだよ!」
陽向が慌ててストップをかける。
「これ体育で履くショートパンツですよ。陽向ちゃん、体育の授業の時は止めた事ないじゃない……お兄さん、お顔真っ赤ですよ。可愛いー」
あれ、俺高校生にからかわれている?まあ、警戒されるよりましか。