兄貴の決意
さて、どうしよう。陽向なら車に泊めても問題はないんだけど……流石に風野さんはまずいだろ。光君にシバかれるぞ。光の戦士とリーマンじゃ勝負にならないし。
もちろん風野さんに手を出す気はない。というか相手にされる気がしないです。
「兄貴、どこにテント建てたの?もちろん二個あるよね」
ないです。とりあえずタマアプリを起動。車召喚をして陽向と風野さんを登録。
「こっちだ。外から見えないし声も聞こえないらしいぞ」
検証していないので、絶対とは言えないけど。
「あっ、兄貴の車だ。これが兄貴のスキル?外から見えないなんて便利だね」
お兄ちゃんのスキルは戦闘向きの物が一つもなく、便利な物しかないのです。
「陽向はどんなスキルを選んだんだ?」
転移者の中で一緒に動く機会が多いのは陽向だと思う。スキルを把握しておいて損はない。何より心配だし。
「僕は魔法で攻撃したい、スマホを使いたいって書いたよ」
少なくないか……待て、異世界言語訳的なスキルがないぞ。異世界の言葉が分かるスキルはデフォなのか?
「スマホはどの機能が使えるんだ?」
スマホは連絡手段として便利だ。でも、陽向のスマホだけ使えても意味がないと思う。そして異世界にイヴァールにスマホを持って来ている人がはたして何人いるのか?
「……アンテナが一つもない。ナビも表示されないよ……もう、兄貴何笑ってるの!兄貴は他にどんなスキルをもらったのさ」
やばい。このままでは兄貴の威厳の危機だ。でも、正直に言うしかないよな。
「がっかりするなよ」
覚悟を決めて俺の持っているスキルを伝える。
「兄貴、そのシールドボールってのを試してみようよ。僕の攻撃練習にもなるし」
これは、シールドボールの良い検証になる。シールドボールは俺の考えたオリジナル魔法。術者の周囲に球形のバリアを貼り、あらゆる攻撃を防ぐ。気密性が高く、毒ガスの類も一切通さない。
確か日向のジョブはマジックシューター……正直どんな攻撃をしてくるか想像がつかない。
「良いぜ……シールドボール!」
……バリア張れたんだよな。試しに手を伸ばしてみると、透明な壁に触れた。どうやら無色透明のようだ。
「それじゃいくよ……それっ!」
陽向はラクロスで使うスティックを構えると、俺に向かって振りかぶってきた。
球なんて持ってないのにとどうするんだと思ったら、ネットの所に、白く輝くボールが見えた……なるほど、だからマジックシューターなのね。
耳が痛く位大きな音が響く。正直に言います。ビビッてへたりこんでしまいました。
「凄い……陽向ちゃんの攻撃を完璧に防いだ」
陽向の攻撃を防げたのか?目を瞑っていたので、良く分からなかったです。
「むー、もう一回。それっ!」
防げたと聞いても条件反射で思わず飛び退いてしまった。
「へぶぅ!」
そして見えない壁に激突。ぶつかった所から準に手で触ってみると、俺の周りにあるのは半円系のバリアである事が分かった。
シールドボールは球形のバリア……もしかして、地中まで展開しているから動けないとか。待ちに入られたら終わりじゃん。
「兄貴ったら、本当にしまらないんだから……凄いの分かったらから、早く出て来て」
今とても大事な事に気が付いた。
「……出かたが分からない」
シールドボールは気密性が高く、毒ガスも通さない……このままだと窒息死じゃないか。
俺の腕力じゃ絶対に壊せないし、まじでやばいぞ。
「お兄さん、魔力を使い切ったら消えるじゃないでしょうか!」
流石才女の風野さんナイスアイディア!
「塩召喚、塩召喚、塩召喚……」
そこからひたすら塩を召喚しまくった。なんとか窒息前にシールドボールは消失。
「兄貴、解決策が見つかるまでシールドボールは禁止!分かった?」
陽向ちゃん、激おこです。
「分かったよ。今日は車内泊で良いか?」
ふと見ると風野さん顔を真っ赤にしている。そりゃ、この間会ったばかりのおっさんと同じ車内に泊まるのはきついか。
何かなにないかと車内装備をタップしてみる。
壁設置 100珠
トイレ設置 3000珠(車内拡張三段階後)
台所設置 5000珠(車内拡張四段階後)
ベッド設置 6000(車内拡張五段階後)
個室設置 8000珠(車内拡張六段階後)
壁設置を選択……ポイント貯めなきゃ。不幸中の幸いと言うべきか、壁は移動取り外し共に自由だった。
◇
車から折り畳みのテーブルと椅子を取り出して設置。シングルバーナーでお湯を沸かしてミルクココアを淹れる。
「陽向、俺がいない間になにがあったんだ?」
あの時の怯え方は尋常じゃない。そして催淫剤と惚れ薬。これからの指針になる筈。
「用意された部屋に入ろうとしたら、身なりの良い男性が邪魔をしてきたんです。〝俺達も部屋に入れろ〟ってしつこくて」
身なりの良い、か。多分招待された貴族か、ここの騎士だと思う。イケメン執事で篭絡作戦が上手くいかなかったから、お薬作戦に変えたのか。それとも口説く事を失敗したから、強引な手に出たんだと思う。
「あの委員長風な娘と大和撫子っぽい娘は大丈夫かな?」
2人とも陽向と近い年だと思うから心配だ。
「木立葵ちゃんと竜造寺鈴音ちゃん?2人とも凄いスキルで撃退してたよ」
木立葵さんは、検事の娘で法律違反をしたものを罰する魔法を使うそうだ。
そして竜造寺さんは華道の家元の娘さんで、植物関係の魔法を使うらしい……使われていた惚れ薬は植物由来だったんだろうか?
「男子陣はどうなんだろうな。強は放っておいていいけど、風野さんは結城君が心配ですよね」
光君の名前を出した途端、陽向が頬を染めた。もしかして、陽向も光君の事を好きなのか?応援してあげたいけど、横恋慕は感心しないぞ。
「幼馴染みですからね……お兄さん、ミルクココア以外に何があるんですか?」
陽向がミルクココア好きだから準備したけど、風野さんはあまり好きじゃないんだろうか?
「色々持って来ていますから見ますか」
椅子は車の横に置いてあるから、陽向の視線から外れる。その間に陽向の顔の赤さもひける筈。これで気まずさ回避なのだ。
収納スペースを開けてみせる。
「お兄さん、陽向ちゃんは光君の事を好きなんですよ。気を付けて下さいね」
息がかかりそうな距離で風野さんがささやく。おじさん、ドキドキです。
「いや、てっきり風野さんが結城君と付き合っていると思っていたから」
兄貴としてはどうやって陽向を諦めさせるか悩んでいたんですが。
「家がお向かいさんで幼馴染みですから、一緒に行動する事は多いですけど、恋愛感情はありませんよ。周りも誤解して噂するから陽向ちゃん落ち込む事が多いんです」
幼馴染みで家は向かい合わせ。しかも両家ともお金持ち。周囲は勝手に両想いだって思いこむよね。
「そうですか。教えてくれてありがとうございます……どれ飲みますか?お菓子もありますよ」
陽向お前の恋は結構前途多難だと思うぞ。何しろ相手は大手製薬会社を経営している結城家だ。ライバルも多いし、光君の目も肥えていると思う。
「陽向ちゃんの好きなお菓子ばっかりですね」
目ざとい。シスコン兄貴は陽向が好きなお菓子を中心に持って来たのです。
「年の離れた妹ですから、どうしても甘やかしてしまうんですよ」
俺が東京に出て行く日は泣きじゃくったのを覚えている。
「羨ましいです。陽向ちゃんって、皆から好かれているんですよ。私達三人の関係を乙女ゲームの主人公と悪役令嬢って言う人もいるんですよ」
風野さんはそう言うと頬を膨らませた後に、にこやかに笑った。
陽向は田舎生まれの一般家庭出身だ。髪型はショートボブで、目は大きく垂れ目気味。食べる事と体を動かす事が大好き。
口から生まれたんじゃないかって位、良く喋る。そして食いしん坊。
一方の風野さんは東京生まれのお嬢様。髪型はポニーテールで目は切れ長。
言い得て妙だけど、全員美男美女だから成り立つんですよね。
「それじゃ俺は背景にも描かれないおじさんですね」
俺なんかが乙女ゲーに出たら苦情殺到だぞ。
「優しいお兄さんに決まっているじゃないですか。陽向ちゃん良くお兄さんの事を自慢しているんですよ。優しくて大好きだって」
優しくて大好きか……決めた。卑怯者と蔑まれ様が、死ぬ気で陽向を守ってみせる。