俺だけデブ猫?
イヴァ―ルには結城邸から行く事になった。親御さんや学校には海外旅行だと言ってあるそうだ。一芸ある生徒に海外へ行ってもらい視野を広げるってのが名目らしい……前もって準備していなきゃ絶対に無理だよな。
「よお、幸大。やっぱり来たか。見ろよ、Jkだぜ。JK。しかも美少女ばっかり。イヴァールに未成年保護法なんてないし。期待が膨らむな」
ニヤニヤしながら、強が話し掛けて来た。期待だけじゃなく、妄想と股間も膨らませていそうだ。
とりあえず同類と思われたくないから、それ以上近付かないでくれ。
強はアロハシャツにハーフパンツ、そして金のネックレスをつけている。チャラい恰好だけど様になるから悔しい。
ちなみに俺は自分が持っている物中で一番高いスーツを着て来た。内ポケットにも物を詰めくっているから、シルエットが崩れまくりです。
「そうか?俺は絡める可能性すら感じないぞ」
イヴァールに行くのは俺を合わせて九人。俺と強以外は全員十代らしい。学生服を着ているから、多分そうだ。もう見た目だけじゃ若い子の区別がつかないんです。
そのうち女性は四人。
陽向以外とは密接に絡むつもりはない……コミュニケーションの取り方が分からないと言った方が正確なんだけどね。
転移する国はセキュリア王国。絶対王政が敷かれており、貴族が絶大な権力を持っているそうだ。ちなみに俺達を召喚するのは、ウォール伯爵。伯爵が保護するから他の貴族には手をださせないとの事……王族はどうなんでしょ?
手に入った情報はこれだけである。これ以上は、実際に転移した人間にしか教えないそうだ。
いや、新しい情報が手に入っても、もう遅いんだけどね。
「それじゃ、転移陣の上に乗って下さい。準備が整ったら、転移を始めます」
ヨバンの呼びかけに合わせて、皆が転移陣の上に移動する。
陽向は風野さんや光君と一緒に行動しているし、強は大和撫子風の少女に、つきまとっている。つまり俺はボッチだ。
他にいるのはオタクっぽい少年と、委員長っぽい少女、不良っぽい少年。
ここである疑問が浮かぶ。この人選には、何の意味があるんだろうか?
どうせ連れて行くのなら、サバイバル経験のある軍人さんの方が役に立つ。もしくはプロの格闘家か科学者。職人に建築家、日本には有為の人物が大勢いる。
「兄貴っ!なにしに来たの?危ないから、来ちゃ駄目だっていったじゃん」
陽向さん、激おこです。俺の存在に気付くなり、駆け寄ってくるなりお説教のスタート。
「向こうでは街中を中心に動く予定だし、極力は戦闘を避けるから大丈夫だよ」
陽向はアウトドアショップで買ったでかめのリュックサックを背負い、両手に大きな旅行鞄を持っている。その状態でダッシュなんて俺には無理だ。さすがは現役運動部、体力も違えば若さも違う。
「絶対に街の外に出たら駄目だよ……兄貴、来てくれてありがと。本当は不安だったんだ。手、繋いで良い?」
不安だったらしく、手を握ると陽向の手は細かく震えていた。
(雷が鳴った時も、こうして手を握っていたんだよな)
陽向が産まれたのは、俺が十四の時。専門学校を卒業して二十歳で家を出るまで、共働きの両親に代わり陽向の面倒は俺が見ていた。
見ていたというより、年の離れた妹が可愛くて仕方なかったのだ。
今俺がしなくていけないのは、情報収集だ。陽向以外の人間は、信用できない。
「なあ、ここにいる人で、名前が分かる人は何人位いる?」
信用に足りる相手と分かるまで、コミュニケーションを深める気はない。
何より俺は漫画に出てくるバイト先の店長みたく、十代の少年少女と仲良くなるコミュニケーション能力なんて持っていないのだ。
この中で普通に話せるのは陽向と強だけだと思う。
「全員かな。あの夜鬼っておじさんは、どんな人か良く分からないけど。兄貴と夜鬼以外は、みんなうちの学校の生徒だよ」
陽向の通う学校は全国から、才能のある人物を集めている。ある意味人材確保には、うってつけの場所だ。
「おっと、転移が始まるみたいだぞ……なんだ、こりゃ?」
転移陣から光が溢れ始めた。ふと、足元を見ると俺の足からパイプらしき物が伸びていたのだ。
◇
光が収まると同時に幾つもの歓声が聞こえてきた。
「凄い……まるでゲームの中に入り込んだみたいだ」
今の声は光君だと思う。大袈裟だなと思ったが、目をゆっくり開けてみて納得した。
細かな装飾が施された白亜の壁、足元の真っ赤な絨毯は足が埋まりそうな位にふかふかだ。
「これはテンションがあがるな。レベルの高い女しかいないって、ここは天国だぜ」
夜鬼が、大声で叫ぶ。メイドさんに女性騎士。神官に魔法使い。様々な異世界人が俺達を待っていた。
そして夜鬼の言う通り、この部屋にいる女性は美人ばかりだ。夜鬼、男もイケメンばかりだって事忘れていないか?
イヴァールのレベルが高いのか。それとも容姿の良い人間だけを集めたのか……俺の予想だと後者なんだよな。
「良い大人なのに、恥ずかしい。女性を容姿でしか見れないなんて最低です。結城君や、陽向さんのお兄さんを見習って欲しいですわ」
委員長っぽい少女が嫌悪感丸出しの視線で夜鬼を見ている。
いや、夜鬼はそれなりにモテるから、はしゃげるのよ。俺はモテないから、避けているだけなんだし。打席に立つ資格もないってやつです。
何より陽向に嫌われたくないし。
「異世界の皆様、ようこそセキュリア王国へ。私はウォール伯爵の娘シックル・ウォールです」
俺達が落ち着くのを見計らって、一人の少女が前に出て来た。伯爵の娘というだけあり、身に着けている物は高価な物ばかりである。
そして物凄い美少女なのだ。正に、漫画から飛び出してきたって感じである。
(でも、なんか違和感があるんだよな)
見た目は漫画やラノベに出てくる伯爵令嬢そのものだ。でも、なにか違和感を覚えてしまう。
「お約束通り、異世界人を連れて来ました。これでデバイアにおくれを取る事はありません。では、私はこれで失礼します」
ヨバンがシックルさんに報告すると、踵を返して部屋から出ていった。言葉こそ丁寧だけど、その態度からは敬意のけの字も感じられない。
デバイアって、何の事だ?と思ったが俺以外は無反応だ。聞き間違えなんだろうか?
「皆様、イヴァールを楽しんで下さいね。この世界で何をしても自由です、私達は皆様の活動を支援させて頂きます」
シックルさんが笑顔で語りかけてくる。いや、そんな美味い話ある訳ないだろ!どう考えても裏がある。
「それじゃ、魔物をぶっ倒しても良いのか?」
不良っぽい少年が鼻息荒く答える。言葉遣いも態度も最悪だ。
伯爵令嬢に対して、無礼以外の何でもないが誰も咎めない。
社会に出たら年下でも敬語が基本だってのに。
「頼もしいですわ。畑をゴブリンに荒らされて困っている農村がありますので、是非お願いします」
伯爵令嬢が農村の事まで把握してんだ。それなら、騎士を派遣しろよ。
「任せな!ゴブリン程度じゃ張り合いがないが、俺の強さを魔物に見せてやんよ」
ゴブリンと言えば弱そうに聞こえる。それはあくまでゲームや漫画での話だ。
実際、農村ではゴブリンを退治出来ずに困っている。
何よりゴブリンが何体出ているか分からない。数は暴力なのだ。
「シックル様。僕達は、これからどうすればいいんでしょうか?具体的に教えて下さい」
光君の質問はもっともだ。日本人は自由にして良いって言われると困る民族なんだぞ。
「これから皆様にはナビフェアリーに会って頂きます。スキルの使い方や進むべき道は彼女達が教えくれます。妖精の皆様、姿を見せて下さい」
シックルさんの呼び掛けに応えるかの様に、大小様々な光が現れる。光は妖精へと変化していった。
「美少女フェアリーたん!尊い。これだけで異世界に来た意味があるのです」
オタクっぽい少年が、ハイテンションで喜んでいる。
でも、俺そのも気持ちが分かる。何しろフェアリーも美人ばかりなのだ……指名って、出来るのかな?
「皆様には、これから礼拝所に入ってもらいます。そこに最も相性の良いナビフェアリーが現れますので、彼女達からスキルの使い方を教えてもらって下さい」
オタク君じゃないが、これはテンションが上がる。相性が良いって事は、ワンチャンあるかも知れないのだ。
喜び勇んで礼拝所に飛び込む。
「なんや、俺の顔をジロジロ見て。ははーん、あんまり俺がイケネコで驚いたんやな。俺の名前はタマ。お前のナビフェアリーや」
そこにいたのはでっぷりとした猫。いわゆる茶虎ってやつで、なぜか宙に浮いていた。しかも、なぜかエセ関西弁を喋っている。
情報量が多すぎてパニックです。
「ナビフェアリー?どう見ても猫だろ?しかもタマって、ベタ過ぎないか」
目の前にいるデブ猫には、妖精要素がゼロなんですが。しかも、こいつ絶対に雄だろ。
「珠の様に可愛いのタマや。それによく見てみい。背中に純白の羽根があるやろ。これがフェアリーの証拠や……福富幸大、俺と契約せんか?悪い様にはせん……このままやと、お前つむで」
確かにタマの背中から小さな白い羽根が生えていた。サイズ的には、かなりアンバランスである……つむか…。
「って事は、タマは俺の味方なのか?」
俺達は異世界に来たばかりだ。セキュリアが何か企んでいるのは、明確である。今は甘言で誤魔化しておく時期だ。敵意がないからと言って油断は出来ない。
「せや。契約者が活躍すると、ナビフェアリーの成績があがるや。お前は妹を守りたい。俺は出世したい。ウィンウインやろ」
成績で出世って、ナビフェアリーの世界も生々しいな。
「出世って、今はどんな立場なんだ」
その前にナビフェアリーに役職なんてあるのか?
「補佐見習い(仮)やで」
……誰を補佐してんだよ。そしてほぼ、平じゃねえか。