スキルはこれにします
陽向のナビに従って、車を走らせる。車内の空気が重くて気まずいです。
(イヴァールに誘われた事、どうやって切り出そう)
信じてもらえるか微妙だし、俺が行っても足を引っ張るだけだ。
でも陽向は守りたい。東京にいる間は、俺が陽向の保護者だ。年の離れた可愛い妹。なにがあっても守るべき存在。それが陽向だ。
「兄貴、スマホ鳴ってるよ」
考え事をして気付かなかったが、スマホの呼び出し音が鳴っていた。画面に表示されていたの部長……慌てて車を脇に止める。
「福富、お前は明日から結城社長の会社に出向だ。良いな」
それだけで通話終了。向こうの方が大会社だから、普通なら喜ぶところだろう。でもイヴァールに行くのなら、会社は辞めなきゃいけない。
「兄貴、そこ右ね……ちょっと待ってて。今呼んで来るから」
陽向はそう言って、車を降りていった……そしてこれは偶然だろうか?
俺が今車を停めているのは、結城社長の家の前なのだ。
運命の悪戯ってあるんだな……結城社長の家から三人の人影が出て来た。そして陽向と合流。俺の車へと向かってくる。
(結城社長と陽向が一緒にいるんだ?……昼間の美形カップルもいる?)
「兄貴、さっき話していた光君と愛ちゃん……どうしたの?鳩が豆鉄砲を食ったような顔して?」
そりゃ異世界に行くメンバーと取り引き先の社長が一緒にいれば驚くさ。でも、なんで結城社長が……結城光……まさか結城社長のご子息?イケメン+大会社のご子息なんて反則過ぎるだろ!
その上、可愛い彼女もいるなんてずるくないか。
「福富、早速来てくれたか。ヨバンさんから話は聞いている……本当に申し訳ない。お前は、明日からイヴァール支所勤務になる」
結城社長は俺を見つけるなり、駆け寄ってきた。いつもは俺を見下している結城社長だが、今は媚びをみせている。
イヴァールの支所か。それにヨバン……うまく動けば、会社を辞めなくて済むかもしれない。
「父さん、何を言っているんです?ヨバンさんが『福富さんは返事を保留している』って言っていたじゃないですか!」
結城社長に食って掛かる光君。眩しい位に真っ直ぐな態度だ。
「お前は黙っていなさい。福冨、イヴァール支所の業績次第では、うちの会社で採用してやるぞ」
異世界での業績ってなんだよ。この場合だと、光君の身の安全か。
「今、ヨバンって言いましたけど、ヨバン・ファウストの事ですか?」
ヨバン違いだと嬉しいんだけど、きちんと確認しておきたい。
でも慰謝料から逃げたい強なら、ともかく絵に描いたようなリア充である光君や風野さんが異世界に行く理由ってなんだ?
「兄貴もヨバンさんを知っているの?駄目だよ!兄貴は運動神経悪いし、運が笑えない位悪いんだから来ちゃ駄目」
陽向、お兄ちゃんを心配してくれるのは嬉しいけど、かなりのクリティカル口撃だぞ……問題は異世界で、どう動くかだ。
勇者ポジは光君で、風野さんは勇者の幼馴染み兼参謀役。陽向はムードメーカーってとこか。強は普段は三枚目だけど、いざって時は頼れる兄貴キャラ……後、何人行くか分からないけど、戦闘だと俺の役割がない気がする。
生産キャラって手もあるが、俺はあまり器用な方じゃない。
陽向を守りたいけど、戦闘じゃ無理だ。パーティーを組んでも足を引っ張るのが関の山である。
でも、俺は妹を守れる兄貴でありたい。イヴァールで、俺に出来る事を考えてみる。
俺の特徴は、モブキャラだって事位しかない。どこでも目立たず、波風立てず……町で生活基盤を確保しつつ、いざって時に助けに行く役ならいけるんじゃないか?
俺が助けられなくても、頼りになる人と仲良くなれば良いんだ。
「陽向、ここでごちゃごちゃ言っていても始まらないだろ?まずは買い物に行くぞ。社長、イヴァールに行ってる間は出張扱いでお願いします」
陽向に車に乗る様に促す。この流れで行くと、光君は残る筈。そうなると風野さんも残るだろう。陽向が買い物している間に、向こうで役立ちそうな物を買うんだ。
待ってろ、イヴァール。ジャパニーズ製品を使って、人気取りをしてやるからな。
◇
さて、どうしよう。予想通り光君は残った。そして予想通り、陽向も車に乗っている。
「お兄さん、お願いします」
でも、なぜか風野さんも車に乗って来たのだ。
「それじゃ、何を買いたいか教えて下さい」
俺は余程仲が良い人以外は敬語で話す。初対面の若い女の子相手に、ため口なんて無理である。
「その前になんで兄貴がヨバンさんを知っているの?」
陽向達に昼にあった出来事を伝える。おじさんの休日は数分で説明出来てしまいます。
「夜鬼って、あのしつこく絡んできたおっさん!兄貴の知り合いだったの?自分の年考えろって言ってよ。本当、おっさんってキモいよね」
なんでも夜鬼は転移者の集まりでナンパをしていたらしい。陽向、夜鬼は俺と同い年なんだよ。さっきから流れ弾が当たりまくりなんですけど。
「次は陽向達の番だ。俺は詳しく話を聞いていないから、持って行ける物の制限とかを教えてもらえたら助かる」
バックミラー越しに陽向へと話し掛ける。
「それは私から説明させて下さい。三カ月位前から、光君の妹小麦ちゃんが原因不明の病気に掛かってしまったんです」
どんな名医に、診せても原因不明。そこに現れたのが、ヨバンだそうだ。ヨバンの持って来たお札で病状は安定。でも、完治させるにはイヴァールに行く必要があると言われたそうだ。
結城社長、そんな状況でゴルフに行ったのか?
「そして同行者としてヨバンさんに選ばれたのが、愛ちゃんと私。小麦ちゃんは私の後輩だから、放っておけなかったの」
なんでも光君のお母さんと風野さんのお母さんも幼馴染みとの事。ついでに風野さんの家もデカい会社を経営しており、結城社長の会社と密接な繋がりがあるそうだ。
「向こうに持ち込める物ですが、自分で持てる手荷物なら制限はないそうです。ただ電気は通っていないので、機械類は意味がないかと」
つまり発電機があれば動かせるけど、手荷物として持って行くのは無理だと思う。
「便利な道具より生活必需品が優先ですね。とりあえずアウトドアショップに行って、大きめのリュックサックと鞄を買いましょう。スキルに制限はあるんですか?」
ついでに靴とかも買わせよう。俺も色々買い足しておきたい。
「スキルは、あまりチートなのは世界のバランスを壊すから無理なんだって。駄目な物は書いて提出した時に弾かれるみたい」
お約束で言えば剣術スキルとかだろう。でも俺の場合、剣術スキルは筋力や体力を考えると死にスキルにしかならない。
「分かった。陽向、金は兄ちゃんが出してやるから、必要だと思った物を買え。とりあえず優先的に買った方が良い物をピックアップしておく」
下着や生理用品を買っておけとか、男の口から言えないし。
(簡易トイレやテントもあった方が良いよな。でも持ち切れないし……そうだ!)
◇
風野さんを家まで送って帰路に着く。陽向はなにやら大量に買い込んだようだ。
「兄貴、何回も言うけど絶対に着いて来ちゃ駄目だよ。」
陽向は風野さんが車から降りるのを確認するなり駄目だししてきた。昔は〝俺にばったりなお兄ちゃん子だったんだけどな。泣き虫で雷が鳴ると〝お兄ちゃん、かみなりこわい〟って、しがみついてきたのに。
「そう言っても出向になったし……ところで、風野さんってどういう人なんだ?」
とりあえず向こうに行くまで、はぐらかしておこう。美少女の上、家はお金持ち。陽向との会話を聞いていると、性格も悪くない。余りにも完璧すぎて、おじさんは近寄りがたいのです。
「僕の友達だから良い奴に決まってるでしょ。美人だし、頭も良い。それに薙刀も凄く強いんだよ」
風野さんに良い所を力説していた陽向の顔が少しだけ曇る。距離が近い分、差を感じる事も多いだと思う。
兄の贔屓目を抜きしても、見た目は負けていない。陽向もスポーツ入学するだけ、運動神経が良いし、性格の良さは兄貴の折り紙つきだ。
でも、生まれだけはどうしようもない。うちは中流家庭だ。卑下する程、貧乏ではないし、父さん達は陽向に愛情を惜しみなく注いでいる。
もちろん陽向も、それを分かっている。だからこそ、埋めようのない格差に引け目を感じるんだろう。
「それなら大事にしないとな……話変わるけど、風野さんってもてるだろ?」
重い空気を換える為に、わざとおどけた口調で話す。
「モテるよー。入学してから、何人にも告白されているし……間違っても兄貴は告白なんて、恥ずかしい真似しないでよね」
いや、流石にそこまで身の程知らずじゃないですよ。玉砕覚悟の告白か……若いって良いね。
「する訳ないだろ。おっさんの勘違いなんてみっともないだけだぞ」
俺は自分が大好きだ。だからみっともない真似をして恥を掻くなんて耐えられないのである。
◇
俺が選んだスキル
鑑定・イヴァールの基礎知識・異世界言語通訳・絶対防御魔法シールドボール・調味料召喚・鋼鉄の胃袋・消臭清潔保持魔法 ・車召喚・空間収納魔法・セーフティーゾーン・日本転移
鑑定や異世界言語は異世界物の基本だ。そして調味料を召喚出来れば稼げる。食あたりが危険なので、鋼鉄の胃袋をとった。
何より馬に乗れる気がしないので、車は必須。車内に荷物を積んで置けば、手荷物以上に物を持ち込める。そして臭いおじさんは嫌われるので、清潔にしておきたい。
絶対防御魔法シールドボール・有毒ガスが怖いので、気密性高めで。球形にする事で頑丈性を高める。
セーフティーゾーン・トイレをするにも、野宿をするにも安全第一にしたいのだ。
そしていざとなったら、陽向だけでも転移魔法で日本へ逃がす。
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