モブリーマン決意する
小学生の頃は、本気で勇者になれると信じていた。
中学生の頃は、大人になれば結婚出来ると思っていた。
高校生の頃は、バリバリ働けば出世出来ると思っていた。
そんな俺は独身役職なしのモブリーマン。
勇者に憧れた事があると言っても、それは二十年以上前の話。安全で快適な日本を捨てて、危険な異世界に行く気はない……つうか、異世界なんて本当にあるのか?
……そうだ!強は疲れているんだ。ここは円滑に断ろう。
「アウトドアが好きって言っても、なんちゃってアウトドアだぞ。火おこしはチャッ〇マンかライターだし」
ソロキャンプだから、自由気ままに過ごす。網で肉やソーセージを焼きながら、ダラダラとビールを飲む。テントを張らずに車中泊って時もある。
「大丈夫。向こうもお前が適任だって言っているし」
向こう?適任?彼は何を言っているのでしょうか?
異世界なんてある訳ないのに……そうか、そういう趣味の団体なんだ。
異世界にいったつもりになって現実逃避するみたいな。
「えっと、向こうって……お前の趣味仲間か何かか?」
俺はノリが悪いから、仲間にしても場がしらけるだけだぞ。陽キャのノリにはついていいけないのです。
「なんの話だ?俺が言っているのは、これから行く異世界の人の事だぞ。名前はヨバン・ファウストさんだ……ヨバンさん、こいつが福富幸大です」
ヨバン・ファウストだと?絶対偽名だろ。
「私がヨバン・ファウストです。四番ファーストと覚えて下さいね……コーダイさん、私共の世界に来てくれませんか?」
現れたのは、金髪碧眼の優男。無邪気な笑みを浮かべているが、あれは作り笑いだ。作り笑いのベテランである俺には分かる。
(なにが四番ファーストだ。どう考えてもヨハン・ファウストのパクリだろ)
強は知らないかも知れないが、ヨハン・ファウストは高名な魔術師だ。外国人なら偶然の一致で済むけど、異世界の人間が名乗るとかなり胡散臭い。
「お誘い、ありがとうございます。とても興味深いお話なのですが、私にはこれといった特技がないので、他の方を誘った方が良いと思いますよ」
運動神経は下の中、成績は中の下、見た目は下の上。卑屈過ぎると言われるかも知れないが、これが俺の現状である。
格闘技の経験もないし、喧嘩をした事もない。異世界どころか外国に行っても、路頭に迷う事間違いなしなのだ。
「いいえ、貴方が良いのです。私の占いの結果、コーダイさんは私共の世界イヴァールとの相性が抜群だと出ました」
……俺は運が悪い。占いをしても良いは内容を外れるけど、悪い内容だと100パーセント当たってしまう。だから占いの結果は、警告として捕らえる様にしているのだ。
ヨバンは相性が良いとは言ったけど、良い事があるとは言っていない。
どう考えても、拒否一択なのだ。
「しかし、会社もありますから」
有給はたんまり残っているけど、こんな事には使いたくない。第一、確実に帰って来れる保証なんてないのだ。
「お前今日も接待ゴルフの運転手をしていたんだろ?言っちゃなんだけど、そこまでしてしがみつく会社じゃないだろ」
確かに俺の給料は、人に自慢出来る様な額ではない。結婚相談所に行ったら、一昨日来て下さいって言われるレベルだ。
「俺は、これって資格を持っていないんだ。今の会社を辞めたら、再就職は難しいんだよ」
転職は何回も考えた事がある。再出発の為に、地元に帰る事も考えた。
でも俺の地元は、最低賃金が笑える程安い。今の会社にしがみつくしかないんだ。
「異世界に行けば、凄い金がもらえるんだぞ。しかも一夫多妻制が禁止されていなんだぜ」
強がドヤ顔で、力説してくる。確かに破格の好条件だ。でも、美味しい話には裏がある。
溺れる者は藁をもつかむという。強には、この条件の裏が見えていないだろう。
高い給料をもらうには、それ以上に利益を出さなきゃいけない。そして一夫多妻制は禁止されていないかも知れないが、好ましい物ではない可能性もある。もし、一夫多妻制がメジャーな物だったら、一夫多妻制が普通だと言っている筈。
なにより俺が異世界行ったからといって、モテる訳がない。
モテる奴は、どこに行ってもモテる。逆もまた然り。
「あのな、俺の戦闘力なんてゴミみたいなもんだぞ。ゴブリンを倒す自信すらないっての」
単純に戦闘力が弱いし、生き物を殺す度胸もない。
「それなら心配ないですよ。イヴァールには危険な魔物はいません。それに日本から来た人には、お好きなスキルをあげます」
……魔物いるのかよ。いくら便利なスキルをもらっても、本人がポンコツだと意味がない。それにチートなスキルを持っていたら、便利に使われる危険性がある。
「流石に即断は出来ないので、後日お返事します」
いく気はないけど、断わったら面倒なのでお茶を濁しておく。帰って上司と相談します戦法だ。
「幸大、この事は誰にも言うなよ。ネットで拡散されたら、パニックになるからな」
強は真剣な表情で忠告してきたが、誰も異世界の話自体信じないと思うぞ。
◇
強達と別れて、ゴルフ場にとんぼ返り。一休みした後、送りの運転手をしています。
そして今いるのは、都内有数の高級住宅街。ここには車内で煙草をふかしている結城社長の家がある。
「……よし、誰もいないな。それじゃ、後からな」
周囲を警戒して車を降りる結城社長。さっきまでの俺様オーラは消え、かなりオドオドしている。
それもその筈。社長さんは婿養子で、家族内の地位が低いらしい。会社でも威張ると嫁の一族に叱られるので,取り引き先との接待で憂さを晴らしているのだ。ちなみにゴルフバッグは部長の家でお預かりです。
この後、部長がタクシーでお迎えに行って高級キャバクラへ繰り出すとの事。
(おっ、好みの子発見……あー、やっぱり彼氏持ちか)
人目を惹く美少女がいたけど、その隣にはイケメンの彼氏がいた。高級住宅街に住めて、可愛い彼女がいる。なんて羨ましい青春だ。
まあ、彼氏がいなくても、あの女の子と俺が付き合える確率はゼロに近い。おじさんの横恋慕はきもいだけだ。
その後、送迎を終えて家に着いたら、夕方の五時を過ぎていた。
折角の休みなのに、接待ゴルフの運転手をして、旧友に訳のわからない話をされて終了……なんか、泣きたくなってきた。
「兄貴、遅いぞー。僕ずっと待っていたんだよ」
駐車場に車を停めてアパートに向かおうとしたら、一人の少女が声を掛けて来た。
福富陽向十七歳……年の離れた俺の妹である。ラクロスの強い高校に通いたいからと、俺のアパートに転がり込んできたのだ。
そう、陽向を置いて異世界なんか行けない。俺には妹を守る責務がある。
「仕事だよ。仕事……駐車場で待っているなんて何があったんだ?」
普段は距離を置いているのに珍しい事もあるもんだ……別に兄妹仲が悪い訳じゃない。俺は就職を期に実家を出た。当時、陽向は四歳。兄弟で距離が出来ても仕方ないと思う。
「僕をアウトドアのお店に連れて行って欲しいんだ……それとお小遣いを前借りしたいの……兄貴、お願い」
陽向が手をあわせながら、お願いしてきた。父さん達から陽向分の生活費が送られてくるので、家計的には余裕がある。毎月お小遣いは渡しているけど、必要なら前借りも認める。
問題は何にいくら使うかだ。
「アウトドアの道具なら、俺のやつを使っても良いぞ。どこのキャンプ場に行くんだ?」
身内贔屓じゃないけど、陽向は可愛い。美少女と言っても差し支えないレベルだ。絶対にモテるに決まっている。
俺は理解がある兄貴だ。お泊りでなければ、彼氏とアウトドアデートも許す……陽向に嫌われたくないし。
一瞬、妙な間が空いた。
「えっとね……外国なんだ。イヴァールって国。靴とかアウトドア用の方が良いみたいで」
……?イヴァール?まさか、またその名前を聞く事になるとは。
(そうか!きっとイヴァールは、アリバイ工作とかに使える名称なんだ)
イヴァールはアリバイ工作をしてくれる会社が、作った架空の国だと思う。
そしてヨバンさんは、アリバイ会社の人なんだ。多分、強は浮気相手との密会に使うつもりだったんだろう。俺に害が及ばない様に異世界なんて言ったんだ……まじで異世界なんて勘弁して下さい。
「それでいくら必要なんだ?もし、一緒に行く子がいたら、一緒に乗せて行っても良いぞ」
ここは軽く質問して、確かめるとしよう。
「二万……ううん、三万円でお願い。一緒に行くのは、風野愛ちゃんと結城光君。光君は凄く恰好良いし、愛ちゃん、凄い美人なんだよ」
男一人に女の子が二人。なんつー羨ましい組み合わせだ。まるでラノベみたい……勇気を出して聞いてみるか。
「陽向、ちょっと変な事聞くけど良いか?……そのイヴァールって、異世界じゃないよな」
痛い妄想兄貴だと思われても良い。きちんと確認しておかないと安心出来ないのだ。
「……やっぱり、お兄ちゃんには分かっちゃうんだ。大丈夫、危ない魔物はいないって話だし。ちゃんと夏休みの間に帰って来るから」
陽向はそう言うと寂しそうに笑った。陽向が俺をお兄ちゃんと呼ぶ時は、かなりテンパった時だけだ。
つまり異世界転移の話はマジと……これって俺にイヴァールに行かなきゃいけない流れ?
でも俺運動神経悪いから、陽向達の足を引っ張るだけだぞ……異世界に行きますって、有給申請して通るかな?