表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/17

モブリーマン決意する

 小学生の頃は、本気で勇者になれると信じていた。

 中学生の頃は、大人になれば結婚出来ると思っていた。

 高校生の頃は、バリバリ働けば出世出来ると思っていた。

 そんな俺は独身役職なしのモブリーマン。

 勇者に憧れた事があると言っても、それは二十年以上前の話。安全で快適な日本を捨てて、危険な異世界に行く気はない……つうか、異世界なんて本当にあるのか?

 ……そうだ!強は疲れているんだ。ここは円滑に断ろう。



「アウトドアが好きって言っても、なんちゃってアウトドアだぞ。火おこしはチャッ〇マンかライターだし」

 ソロキャンプだから、自由気ままに過ごす。網で肉やソーセージを焼きながら、ダラダラとビールを飲む。テントを張らずに車中泊って時もある。


「大丈夫。向こうもお前が適任だって言っているし」

 向こう?適任?彼は何を言っているのでしょうか?

 異世界なんてある訳ないのに……そうか、そういう趣味の団体なんだ。

 異世界にいったつもりになって現実逃避するみたいな。


「えっと、向こうって……お前の趣味仲間か何かか?」

 俺はノリが悪いから、仲間にしても場がしらけるだけだぞ。陽キャのノリにはついていいけないのです。


「なんの話だ?俺が言っているのは、これから行く異世界の人の事だぞ。名前はヨバン・ファウストさんだ……ヨバンさん、こいつが福富幸大です」

 ヨバン・ファウストだと?絶対偽名だろ。


「私がヨバン・ファウストです。四番ファーストと覚えて下さいね……コーダイさん、私共の世界に来てくれませんか?」

 現れたのは、金髪碧眼の優男。無邪気な笑みを浮かべているが、あれは作り笑いだ。作り笑いのベテランである俺には分かる。

(なにが四番ファーストだ。どう考えてもヨハン・ファウストのパクリだろ)

 強は知らないかも知れないが、ヨハン・ファウストは高名な魔術師だ。外国人なら偶然の一致で済むけど、異世界の人間が名乗るとかなり胡散臭い。


「お誘い、ありがとうございます。とても興味深いお話なのですが、私にはこれといった特技がないので、他の方を誘った方が良いと思いますよ」

 運動神経は下の中、成績は中の下、見た目は下の上。卑屈過ぎると言われるかも知れないが、これが俺の現状である。

 格闘技の経験もないし、喧嘩をした事もない。異世界どころか外国に行っても、路頭に迷う事間違いなしなのだ。


「いいえ、貴方が良いのです。私の占いの結果、コーダイさんは私共の世界イヴァールとの相性が抜群だと出ました」

 ……俺は運が悪い。占いをしても良いは内容を外れるけど、悪い内容だと100パーセント当たってしまう。だから占いの結果は、警告として捕らえる様にしているのだ。

 ヨバンは相性が良いとは言ったけど、良い事があるとは言っていない。

 どう考えても、拒否一択なのだ。


「しかし、会社もありますから」

 有給はたんまり残っているけど、こんな事には使いたくない。第一、確実に帰って来れる保証なんてないのだ。


「お前今日も接待ゴルフの運転手をしていたんだろ?言っちゃなんだけど、そこまでしてしがみつく会社じゃないだろ」

 確かに俺の給料は、人に自慢出来る様な額ではない。結婚相談所に行ったら、一昨日来て下さいって言われるレベルだ。


「俺は、これって資格を持っていないんだ。今の会社を辞めたら、再就職は難しいんだよ」

 転職は何回も考えた事がある。再出発の為に、地元に帰る事も考えた。

 でも俺の地元は、最低賃金が笑える程安い。今の会社にしがみつくしかないんだ。


「異世界に行けば、凄い金がもらえるんだぞ。しかも一夫多妻制が禁止されていなんだぜ」

 強がドヤ顔で、力説してくる。確かに破格の好条件だ。でも、美味しい話には裏がある。

 溺れる者は藁をもつかむという。強には、この条件の裏が見えていないだろう。

 高い給料をもらうには、それ以上に利益を出さなきゃいけない。そして一夫多妻制は禁止されていないかも知れないが、好ましい物ではない可能性もある。もし、一夫多妻制がメジャーな物だったら、一夫多妻制が普通だと言っている筈。

 なにより俺が異世界行ったからといって、モテる訳がない。

 モテる奴は、どこに行ってもモテる。逆もまた然り。


「あのな、俺の戦闘力なんてゴミみたいなもんだぞ。ゴブリンを倒す自信すらないっての」

 単純に戦闘力が弱いし、生き物を殺す度胸もない。


「それなら心配ないですよ。イヴァールには危険な魔物はいません。それに日本から来た人には、お好きなスキルをあげます」

 ……魔物いるのかよ。いくら便利なスキルをもらっても、本人がポンコツだと意味がない。それにチートなスキルを持っていたら、便利に使われる危険性がある。


「流石に即断は出来ないので、後日お返事します」

 いく気はないけど、断わったら面倒なのでお茶を濁しておく。帰って上司と相談します戦法だ。


「幸大、この事は誰にも言うなよ。ネットで拡散されたら、パニックになるからな」

 強は真剣な表情で忠告してきたが、誰も異世界の話自体信じないと思うぞ。


 ◇

 強達と別れて、ゴルフ場にとんぼ返り。一休みした後、送りの運転手をしています。

 そして今いるのは、都内有数の高級住宅街。ここには車内で煙草をふかしている結城社長の家がある。


「……よし、誰もいないな。それじゃ、後からな」

 周囲を警戒して車を降りる結城社長。さっきまでの俺様オーラは消え、かなりオドオドしている。

 それもその筈。社長さんは婿養子で、家族内の地位が低いらしい。会社でも威張ると嫁の一族に叱られるので,取り引き先との接待で憂さを晴らしているのだ。ちなみにゴルフバッグは部長の家でお預かりです。

 この後、部長がタクシーでお迎えに行って高級キャバクラへ繰り出すとの事。

(おっ、好みの子発見……あー、やっぱり彼氏持ちか)

 人目を惹く美少女がいたけど、その隣にはイケメンの彼氏がいた。高級住宅街に住めて、可愛い彼女がいる。なんて羨ましい青春だ。

 まあ、彼氏がいなくても、あの女の子と俺が付き合える確率はゼロに近い。おじさんの横恋慕はきもいだけだ。

 その後、送迎を終えてアパートに着いたら、夕方の五時を過ぎていた。

 折角の休みなのに、接待ゴルフの運転手をして、旧友に訳のわからない話をされて終了……なんか、泣きたくなってきた。


「兄貴、遅いぞー。僕ずっと待っていたんだよ」

 駐車場に車を停めてアパートに向かおうとしたら、一人の少女が声を掛けて来た。

 福富陽向十七歳……年の離れた俺の妹である。ラクロスの強い高校に通いたいからと、俺のアパートに転がり込んできたのだ。

 そう、陽向を置いて異世界なんか行けない。俺には妹を守る責務がある。


「仕事だよ。仕事……駐車場で待っているなんて何があったんだ?」

 普段は距離を置いているのに珍しい事もあるもんだ……別に兄妹仲が悪い訳じゃない。俺は就職を期に実家を出た。当時、陽向は四歳。兄弟で距離が出来ても仕方ないと思う。


「僕をアウトドアのお店に連れて行って欲しいんだ……それとお小遣いを前借りしたいの……兄貴、お願い」

 陽向が手をあわせながら、お願いしてきた。父さん達から陽向分の生活費が送られてくるので、家計的には余裕がある。毎月お小遣いは渡しているけど、必要なら前借りも認める。

  問題は何にいくら使うかだ。


「アウトドアの道具なら、俺のやつを使っても良いぞ。どこのキャンプ場に行くんだ?」

 身内贔屓じゃないけど、陽向は可愛い。美少女と言っても差し支えないレベルだ。絶対にモテるに決まっている。

 俺は理解がある兄貴だ。お泊りでなければ、彼氏とアウトドアデートも許す……陽向に嫌われたくないし。

 一瞬、妙な間が空いた。


「えっとね……外国なんだ。イヴァールって国。靴とかアウトドア用の方が良いみたいで」

 ……?イヴァール?まさか、またその名前を聞く事になるとは。

(そうか!きっとイヴァールは、アリバイ工作とかに使える名称なんだ)

 イヴァールはアリバイ工作をしてくれる会社が、作った架空の国だと思う。

 そしてヨバンさんは、アリバイ会社の人なんだ。多分、強は浮気相手との密会に使うつもりだったんだろう。俺に害が及ばない様に異世界なんて言ったんだ……まじで異世界なんて勘弁して下さい。


「それでいくら必要なんだ?もし、一緒に行く子がいたら、一緒に乗せて行っても良いぞ」

 ここは軽く質問して、確かめるとしよう。


「二万……ううん、三万円でお願い。一緒に行くのは、風野愛ちゃんと結城光君。光君は凄く恰好良いし、愛ちゃん、凄い美人なんだよ」

 男一人に女の子が二人。なんつー羨ましい組み合わせだ。まるでラノベみたい……勇気を出して聞いてみるか。


「陽向、ちょっと変な事聞くけど良いか?……そのイヴァールって、異世界じゃないよな」

 痛い妄想兄貴だと思われても良い。きちんと確認しておかないと安心出来ないのだ。


「……やっぱり、お兄ちゃんには分かっちゃうんだ。大丈夫、危ない魔物はいないって話だし。ちゃんと夏休みの間に帰って来るから」

 陽向はそう言うと寂しそうに笑った。陽向が俺をお兄ちゃんと呼ぶ時は、かなりテンパった時だけだ。

 つまり異世界転移の話はマジと……これって俺にイヴァールに行かなきゃいけない流れ?

 でも俺運動神経悪いから、陽向達の足を引っ張るだけだぞ……異世界に行きますって、有給申請して通るかな?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ