今日も安定の運の悪さ
城はある意味敵地だ。ウォール伯爵の企みに気づいている事は、絶対に悟られてはいけない。
その為には、官僚や騎士と接する時間を少なくする必要がある。報告や手続きは、事務員的な人で留めておきたい。
「皆様お忙しいと思いますので、報告は必用最低限で済ませたいのですが」
遠慮がちに案内担当の騎士に話し掛ける。あくまで低姿勢で、心底申し訳なそうな表情を作っておく。
「お気遣いありがとうございます。ゴブリン退治とはいえ短期間で戦果を上げたんですよ。もっと誇ってもよろしいのに」
有り難い言葉だけど、そんな事をしたら目立ってしまう。そしてゴブリンの次はコボルト、スケルトンってランクアップしていくんだ。そしてウォール伯爵の便利な駒になってしまうんだ。
……返事がないので騎士を見てみると、床に跪いていた。視線の先にいるのは、高価なドレスを着た身分の高そうな女性。
素早くチラ見で鑑定をする。
鑑定結果 ローズ・ウォール伯爵 ウォール伯爵家長女
……いきなり黒幕と遭遇してしまいました。
(三人共、俺の動きに合わせて……風野さん、アルエットさんをお願いします)
調べておいて良かったセキュリア礼法。小声で三人に指示を出しながら跪く。目線は床。騎士はお目見えの資格があるから、ローズを見ても問題はない。でも一般人の俺はお目見えの資格はないのだ。
レオンさんにパーティーの作法を聞いた時“今回は気にしなくて大丈夫ですよ”と言った。あれはシックルさんが農家の娘だから、作法を気にしなくても大丈夫って意味だったんだろう。
でもローズは本物の伯爵家の長女だ。ちゃんとした作法で接しないと、やばい事になる。
「あら?異世界の人なのに、礼儀を覚えておでなのですね。無礼者ばかりだと思ってましたのに感心ですわ」
甲高く嫌味な声だ。家柄を鼻にかけ見下しているんだろう。漫画やラノベの主人公なら反論してひと悶着起こしているかもしれない。
でも、俺にそんな度胸はないし、逆らうのはまだ先の話だ。
身分が上の人と接する時、許可をもらえるまで返事をしてはいけないのがセキュリアの礼法。
頭を下げたままジッと待つ。
「姫様が直答を許された。返事をしても良いぞ」
軽く顔を上げてみると、ボーイッシュな少女が立っていた。事務的な言い方、生真面目な表情……正直好みです。こういう子に甘えられたら、おじさんコロッといっちゃいます。まあ、相手にされないから、おくびにもださないけど。
それと何かアルエットさんが怒っています。小声で“姫と名乗って良いのはアレイヤ様だけなんすよ”と呟いている。
「日本からお招き頂きましたコウダイ・フクトミでございます。ズレーハ村にてゴブリンを殲滅して参りました。近日中に蜂蜜の採取が再開するかと思います」
ホウレンソウではなく、あえて報告だけで済ませる。話し方や態度から察すると、ローズはプライドの高い切れ者だと思う。
この手のタイプに持論をぶつけると、訳のわからない横文字でマウントを取られてボコボコにされてしまう。
「そうですか。あの村の蜂蜜は贈り物に重宝していたので、助かりますわ。褒美は何がよろしいかしら?私の隣にいるルーでも良いですわよ」
隣……あのボーイッシュ少女の事か。ローズ様はエスパーなんでしょうか?
「お戯れはおやめ下さい……お願いは二つあります。まず後ろに控えている妹のヒナタに魔法の勉強をさせたいので、お力をお貸し願えますか?」
断腸の思いで申し出を断る。だって背後から凄い怒りのオーラを感じるんだもん。陽向、お兄ちゃんいい歳なんだぞ。
「戦力強化になるので、願ってもない話ですわ。もう一つはなにかしら?」
ローズは満面の笑みで賛成してくれた。褒美ってより投資に近い話だから当たり前だけど。
「私には戦闘スキルがありません。このままではウォール伯爵様にご迷惑をかけてしまいます。ですので、旅に出て自分を鍛えようと思います」
目的地はどことは言わない。さっきの会話同様、深く追求してこないと思う。
「立派な心掛けですわね。でも、妹さんが寂しがると思いますので、定期的に城に戻ってくるように……そこの者、手続をしておきなさい」
ローズは俺達を案内してきた騎士に、そう言い残すと去って行った。
「これから魔法学校に編入する手続きをする。教科書は貸し出すとして、勉強道具は持っているのか?」
陽向は学生だ。夏休みの宿題もあるし、ちゃんと持って来ている筈。
「えー、兄貴どうしよう。買わなきゃ駄目かなな」
マジですか?俺はメモ帳とボールペンしか持ってきていないぞ。ノートや鉛筆なんて……持っていた。ログインボーナスでもらったんだ。
「後から渡すよ。ちゃんと勉強するんだぞ」
俺は陽向の保護者だ。きちんと忠告しておかなくては。
「兄貴こそ無理しちゃ駄目だよ。ちゃんと人参食べて、変な女に引っ掛からない事。それと親切と好意を混同しない様に。兄貴は人一倍……人の何倍も運が悪いんだから、慎重に行動するんだよ」
陽向ちゃん、もう少し俺の事信じてくれないかな?……でも、人参は食べないけどね。
「陽向ちゃん、私がついているから大丈夫だよ。幸大さんの事は任せて」
風野さん、頼りないかもしれないけど、俺大人なんだよ。
◇
陽向に生活費と勉強道具を渡して、俺等は姫様の住む町へと向かう事にした。歩きじゃなくて、良かったです。
やって来たのは乗り合い馬車の駅。何台もの馬車が行き交っていた。
「アレイヤ様の納める領地までは、定期便の馬車で行けるっす。こっちっすよ」
ちなみにアルエットさんの鉄牙は無理矢理車に押し込めてある。早く拡張しないと、車内が傷だらけになってしまう。
「大体、どれ位で着くんですか?」
ズレーハ村で半日掛かったんだ。泊りも考えておこう。馬車代に宿代……財布がどんどん軽くなっていく。
セーフティゾーンを設置する場所があると良いな。
「街道が整備されているので、二日もあれば着くっすよ」
アルエットさんの言葉通り、馬車は快調に飛ばしていた。
(明日のログインボーナスでクッションこないかな)
整備されているとはいえ、馬車だからかなりの振動がありお尻が痛いです。




