旧友の誘いがやばかった
ようやく復帰です。書き溜め分を毎朝七時に更新していきます
レジ袋がつむじ風に巻き込まれて、クルクルと回っている。まるで踊っているかの様だ。いや、レジ袋は自分の力で、踊っていると思っているかのも知れない。つむじ風に踊らされているとも知らずに……現実逃避終了。
(せっかくの休みなのに、しかも快晴だってのに……なんでこんな朝早くからゴルフ場に、来なきゃいけないんだよ!)
季節は夏。しかも今日は日曜日で、空は雲一つない快晴。絶好のレジャー日和である。
恋人達はアウトドアデートに心躍らせているだろうし、世のパパさん達は家族サービスの準備に勤しんでいるだろう。
でも俺が今いるのは、ゴルフ場だ。ちなみに俺はゴルフをやった事がない。
そんな俺がなぜここにいるのか……接待ゴルフの運転手なのです。
(こんな日に上司とドライブか……おっと、まずい。顔に出ているぞ)
慌てて、眉間に寄っていた皺を消す。そして深呼吸して、作り笑顔にチェンジ。
溜め息をつきながら、愛車のドアを開けると一人の男性が降りて来た。
「それじゃ福富、迎えを頼むぞ」
俺の名前は福富幸大、三十四歳、独身。しがないサラリーマンである。そして役職はまだない。
「部長、お任せ下さい。午後三時のお迎えでよろしかったでしょうか?」
自分でも演技が上手くなったと思う。
俺にだけ運転をさせて、グースカ寝ている姿に何度殺意が浮かんだ事か。そんなに眠いなのら、もっと遅い時間でも良いだろ!
「ああ、絶対に遅れるんじゃないぞ……結城社長、絶好のゴルフ日和でございますよー」
部長が車内で我が物顔でくつろいでいる中年男性達に声を掛ける。俺の愛車はミニバンなので、車内が広々としておりゆったりくつろげるのだ。
ついでに荷物も余裕で積める。
正にゴルフの送迎にはうってつけの車なのだ。独身彼女なしの俺がなぜミニバンに乗っているのか。車が大好きだからとか、ドライブが趣味だからって訳ではない。
昔、部長は俺にこう言ったのだ。
『ミニバンを買えばお得意先の接待に役立ち、スピード出世間違いないしだ。直ぐに元が取れるぞ』
結果、全く出世出来ず、こうして休日だけが消費されていく、
「やっと着いたか。確かに、良い天気だな。新しいドライバーを試す良い機会だ」
煙草をくわえた恰幅の良い中年男性が降りて来る。相変わらず、礼どころか運転手への労いもなしだ。
(俺の車は禁煙だっつーの……へー、最近のドライバーは天気で性能が変わるんですね)
心の中で毒づいてみるが、こいつは取り引きの社長だ。ここも作り笑顔で乗り切る。
大手製薬会社、結城製薬。うちはしがない文房具屋。格差は歴然だ。社長同士が友達じゃなかったら、絶対に付き合いはない。
「社長。帰りは、いつもの店を予約していますので」
いつもの店と書いて高級キャバクラと読む。ちなみに俺は一度もお供させてもらった事がない……俺も若いお姉ちゃん達とキャッキャウフフしたいのに。
あんた等、嫁も子供いるじゃないか!独身の俺にも癒しを分けてくれ。
◇
上司一行と別れた俺はお気に入りのお昼寝スポットに移動。今から都内に戻っても疲れるだけだ。
車内でゆっくりネット小説でも読みながらだらだらと過ごう。
ネット小説にアクセスしようとしたら、突然電話が掛かって来た。
画面に表示された名前を見て、電話に出る事を躊躇してしまう。別にやばい相手って訳じゃない。
(夜鬼か……珍しいな)
夜鬼強、中学校のクラスメイトだ。中学の頃は同じモブキャラで仲が良かったんだけど、別々の高校に進学して疎遠になったのだ。
なにしろ強は、高校デビューしてヤンキーにジョブチェンジ。対する俺は、そのままモブキャラ継続。
強は大学で軟派な陽キャラにジョブチェンジ、専門学校に進学した俺は変わらずモブ……そして現在もモブリーマンです。
「うぃーす。幸大、久し振り。元気にしていたか?」
確かに久し振りだ。最後にあったのは十年前の同窓会。
しかし、随分とチャラいな。そしてテンションが高い。共通の友人から聞いた話では、強は一流企業に勤めて美人の奥さんをもらったらしい。勝ち組ってやつですね。
俺とは真逆の人生だ。それでも旧友からの連絡は、素直に嬉しい。
社会人になると福富幸大自身じゃなく、年収や役職で判断されてしまう。
「元気か……どの状態を元気っていうんだろうな?」
思わず弱音が出てしまう。
テンションは万年低目、体調が万全っていう時は月に二回位しかない。テンションが上がるって感覚をここ数年味わっていないのだ。
「話には聞いていたけど、情けねーな……これから時間はあるか?おごるから、久し振りに飯でも食おうぜ」
待ち合わせ場所は都内にある喫茶店。幸いゴルフ場から離れていないので、話しこんでも時間に余裕がある。久し振りに休日らしい休日が送れそうだ。
◇
待ち合わせ場所に指定されたのは、ちょっとお高めのレストラン。普段は絶対に利用しないが、おごりなら心配ない。
あの後、共通の友人に聞いたら、強は今落ち目らしい。そんな奴が何年も会っていない友人を誘う用件は察しがつく。
テンションは落ちたけど、ただ飯を食えるならラッキーだ。
「おめでとうございます!お客様が当店一万人目のお客様です」
クラッカーと拍手が鳴り響き、店内が祝福ムードに包まれる。なんでも記念品が贈答されるらしい……ちなみにお祝いされているのは、俺の前の人。俺は一万一人目の客なのだ。
お祝いムードに水をささない様に脇をすり抜け店内へ。
待ち合わせ場所は、ここであっているよな。俺を見て手を振っている人がいるから、間違いないと思うんだけど……。
「よお、幸大。久し振りー……しかし、相変わらず運が悪いな」
そこにいたのはごついサングラスを掛けた金髪のチャラ男。服装は若々しいが、おじさんが無理しているのがみえみえで痛々しい。
強の言う通り。俺は運があまり良くない。くじを引けば末等は良い方で、殆んど外れだ。俺の前で品切れとかが良くある。
事故にもよく遭うが、生死に関わる様な不幸に見舞われる事はない。
早い話が幸運とは無縁の人生なのだ。
「気にしない様にしてるよ。それで今日はどうしたんだ?先に言っておく金はないぞ」
旧友に呼ばれると八割方怪しい商売の誘いだったりする……しかも全て失敗が予想出来る様なものばかりだ。
さっき共通の友人に確認した所、強は金を必要としているらしい。そいつが高級レストランをおごってくれる。警戒して損はない。
「俺は、金なんて興味がない。もっと言えばこの世界にも未練がないんだ」
……そりゃ、浮気がばれて多額の慰謝料を請求誘されたら未練もなくなるよな。
「おいおい、まさか保険金詐欺を手伝って言うんじゃないだろうな」
犯罪に加担する気なんてさらさらないぞ。俺はトラブルと無縁な生活を送る事が夢なんだ。
「なんで、そうなるんだよ?幸大、お前アウトドアが趣味なんだって?……こんなくだらない世界捨てて、俺と一緒に異世界に行かないか?」
旧友に呼ばれたら、詐欺以上に怪しいお誘いでした。