林の彫刻師
小さな装飾品を作るなんて、向いてないと思った。
山のなかで樹を切り倒すとか、大胆な作業をする方が僕には
ちょうどいい。
そして志した林業だったが、休みの日には、銀の板に彫刻を
して時間をすごした。先輩はそれが理解できないようで、
やたらと質問をしてくる。
「この仕事、本当はいやなのか?」
「ちがうっすよ。趣味をやってるだけで…」
彫っていた銀に、クジャクが翼をひらき飛び立とうとする
場面が出来あがった。先輩はそれを見て喜んでいた。
「すげえな。いくらで売ってくれる」
「欲しいならタダであげますよ。作るのが好きなだけっすから」
「本当に分からん奴だ。ひょっとして天才か」
技術は大したことないし、意欲もそんなにない。天才ではないと
思うが、言われてみれば、作った物に興味がなくなるのは特殊な
性格なのかも知れない。
高校の時、ヨーロッパ旅行から帰って来た友達が、彫刻がある
銀スプーンを買ってきて自慢していた。学食で使っていて
滑稽だったが、彫られた絵は繊細でたぶん珍しい品だろうと
感じた。
それから銀に絵を彫るようになった。
「おい、ぼーっとしてんな。木、そっちに倒すぞ」
「あーはい。」
そっけない返事をして、倒れる樹を見ていた。
もしこの幹に彫刻をすれば、作った絵をもう見なくても済む。
「ますます、分からん奴だ」
先輩はもう呆れていたが、僕は倒される樹に彫刻をする
ようになった。理由など無くて、それが個人的に良かった。
林業にも装飾品作りにも、興味はなく、しかしずっと
続けてはいた。
9年か、もうちょっと経った頃か。山の中にある
ペンションに泊まりに行く機会があって、建てられて
日が浅いオシャレな建物にほれぼれし、じっくり見て回った。
帰る時に、入り口に荷物をどさっと置くと、そばの柱に
彫刻があった。管理人のおばさんが言った。
「それ、不思議なんだよ。いつの間にか絵が彫られてたんだよ」
「そうなんすか。」
僕が彫ったやつかも知れない。でも、自分で分からないので
考えても仕方ない。車のなかで、イライラしてきた。
「柱に彫刻あったよな、あれどう思う」
友だちに聞くと、新しい事実を知った。
「現代アートで、出荷される樹に彫刻する人がいるらしいけど、
その人かもな。オランダ人のアルベルト・カールセン?だったか」
それは実在する人物で、ちゃんと活動しているようだ。
ますます自分の彫った絵が分からないが、それで安心した。
穏やかな心で彫刻を続けられる。