3話 準備
私は周りの注目を集めながら、男から賞金を受け取りその場を後にした。
「すげぇ。なんだあの娘。実は冒険者だったのか?」
「だが見ない顔だったぞ。新入りか?」
「いや、おそらく東国の者じゃないか?
東国の人間は生まれた時から高い戦闘力を持っていると聞くぞ」
「なるほど。それなら納得がいくな」
なんかすごい過大評価されている気がする。
東国って何?
もしかして私、あの人達から筋肉もりもりマッチョマンとか思われてるのかな?
私は走ってその場を後にした。
△▼△▼△▼
広場から抜け出し、繁華街に来た私は街を物色していた。
さすがは異世界だ。元いた世界には無いような洋風の店が多い。
さっき何人かの男達が冒険者と言っていたから、やはり冒険家業があるようだ。
異世界にまで来て売り子にはなりたくなかったので、ほっとした。
どうやって冒険者になるかはわからないが、そこは街の人に聞いたらわかるだろう。
お腹は特にすいてないが、とりあえずどこか店に入りたい。
そこで私はある店へと入った。
その店は外に鎧や、武器が飾られていたので武器屋なのだろう。
私は店のドアを開け店の中に入る。
「いらっしゃい」
と、強面のおじさんが満面の笑みでお出迎えしてくれた。
正直言って怖い。
「ど、どうも」
とりあえず返事をしておこう。
私はそのまま店内の品を物色する。
ロングソード、ショートソード、弓、杖……。
杖? 杖ってことは魔法が使えるのだろうか。やってみたいな。
でもどうせ魔法を打つには魔力とかそんなのがいるのだろうなぁ。
そのまま武器コーナーを見ていると気になる物があった。
レイピアだ。
何だろうこのレイピア、すごく目を惹かれる。別段凝った装飾品を付けている訳では無いが、私的にはドストライクだった。よし武器はこれにしよう。
杖は後回しにして次は防具のコーナーに目を向ける。
レザーアーマー、アイアンアーマー、ローブ……。
防具には特に目を惹かれる物は無かった。
まあとりあえず一番頑丈そうなアイアンアーマーにしておこう。
レイピアとアイアンアーマーの値段を見る。
レイピアは1万ユグドラシル。アイアンアーマーは15万ユグドラシルだった。
……安。私が持っているのは60万ユグドラシル。余裕で買える値段だ。
ひょっとして60万ユグドラシルって結構大金?
まあいいやとりあえず買おう。
「あの、この二つください」
「あいよ! 合計16万ユグドラシルだぜ!」
私は財布から16万ちょうどを出し、おじさんに渡す。
「16万ユグドラシルちょうど、毎度あり! 嬢ちゃん装備して帰るかい?」
「あ、はい」
ついオーケーしてしまったが、よかったのだろうか?
私は試着室に入り、買ったばかりの装備を着る。
最後にヘルムをかぶり、フル装備になる。……フル装備って一度言ってみたかったんだ。
もはや誰かわからない姿になり、私は試着室から出ようと……。
……して出来なかった。
理由は1つ。重いからだ。
え、ちょっこれ、どうしよう。
私は焦りながら体を揺らす。
するとバランスを崩し、転んでしまった。
転んで形的には外に出た私の目の前に、おじさんが立っていた。
……。
「どうした嬢ちゃん?」
おじさんは笑いながら訪ねてくる。
私は答えず、俯いてしまった。
「鎧が重いのかい?」
「…………」
無言で頷く。
「やっぱり嬢ちゃんには重かったか」
「え、わかってたんですか⁉」
私はつい大声を出してしまった。おじさんは少し驚いた様子だったが、やがてニヤッと笑うと、
「なんだ。でけぇ声出せたんじゃねえか」
顔がどんどん熱くなってくる。ヘルムを外したらきっと顔が真っ赤になっているだろう。
「ううぅぅ」
私は思わずうめき声を出してしまった。
△▼△▼△▼
「いやぁ、まさか買ったばかりの鎧で動けなくなるとは。長いことこの仕事やってきたがそんな奴嬢ちゃんくれぇだぜ」
「うるさいです。からかうならこのレイピアで刺しますよ」
あの後妙に仲良くなった私たちはそんな会話をしていた。
「がっはっは! 冗談だよ嬢ちゃん」
「もういいです。後でこの店の悪評流しますから」
「うお! わ、悪かった。俺が悪かったからそれはやめてくれ‼」
私はおじさんを半泣きにさせた。
余談だが先ほど日本語で聞こえると言ったが、実際はそうではない。
耳で聞いた声はこの世界の言語のままだが、脳内でコンマ0,01秒で日本語に変換されているのだ。
どういう原理なのかはわからないが、そこは神様がくださった力、ということで無理矢理納得した。
私が喋る際は日本語で喋っているが、自動的に異世界言語に変換されている様なのだ。
これが私のチート能力なのだろうか。
「ところで嬢ちゃん。アイアンアーマーは重くて着れなかった様だが、別の装備にするかい?」
ふむ、確かにさっきの装備は重くて着れなかったが、どうしようか……。
私が悩んでいるとおじさんが、
「じゃあ嬢ちゃんこれなんかどうだい?」
おじさんが倉庫からなにか持ってきたようだ。
その装備を見た瞬間私は心を打たれた。
なにこれ、可愛いすぎるんですけどッ‼
出された防具はそれはもう美しい鎧だった。まるで美術館にでも飾られていそうな。戦女神ヴァルキリーが着てる様な鎧があった。
「お、おじさん。これは?」
「おう、これはな。先日鉱山の奥深くから見つかったんだけどよ。かなり深い所にあったのに傷どころか汚れ1つ無かったんだ。これは多分魔道具だと思うんだよ。それも古代の。どうだい嬢ちゃんこれに……」
「それにします!それがいいです‼」
私が食い気味で言うと、おじさんは戸惑った様に、
「そ、そうかい。じゃあ一回試着してみるかい?」
そう言われ、鎧を差し出された。
私はそれを受け取ると、
「か、軽⁉」
その軽さに驚いた。まるでなにも持っていないような。
「え、俺が持った時はアイアンアーマーぐれぇ重かったんだが……。そりゃもしかしたら、神器かもな」
おじさんがなにか言っているが聞こえず、私はおじさんに訪ねる。
「これいくらですか?」
「ん?いやさっきアイアンアーマーの代金もらったからただでいいぜ」
マジカ……。おじさんかっこよすぎます。
「あ、ありがとうございます‼」
私はおじさんに向けて深々と頭を下げた。
「なに、いいってことよ。そのかわりと言っちゃなんだが。今後もこの店のことよろしく頼むぜ」
おじさんはにかっと笑った。
私はそんなおじさんに満面の笑みを向け。
「はい!」
そう答えた。
△▼△▼△▼
私はその後鎧とレイピアを装備し、おじさんに似合うとお褒めの言葉をいただき、冒険者手続きをする場所ーギルドの道を教えてもらった。
「おじさん、今日はありがとうございました」
「ため口でいいぜ嬢ちゃん。なんだかこれからも嬢ちゃんと何回も会う気がするからな。俺の名はガゼルだ」
おじさんがなんだかよくわからないことを言ってきたが、なんだか私もそんな気がしてきた。
「うん。わかったよガゼル。じゃあ私からも嬢ちゃんじゃなくて……」
名前で呼んで、と言おうとしたが私はすんでで言葉を飲み込む。
名前を教えるのが嫌だった訳じゃ無い。
この世界で、木村乃愛と名乗ろうか迷ったのだ。
異世界にまで来て日本名を使うのが気が引けたからだ。
「嬢ちゃんじゃなくて?」
ガゼルが私の言葉を待ってくれている。
「私の名前は……」
名前は……。
「『キノ』です」
木村の『き』と、乃愛の『の』を足した安易な名前。だが私はこの名前が妙に気に入った。
その瞬間、頭に鈍い痛みが走る。
電流が走っているような、そんな感覚。
この世界に来る前にも感じた気がするが、これはあの時と違い痛みが鈍い。
私の中で何かが目覚めた感覚。
これが一体なんなのか。私にはわからない。
「キノか、いい名前じゃねえか。これからよろしくな、キノ!」
ガゼルが握手を求めてくる。私はそんなガゼルの大きく、たくましい手を取り、
「よろしく。ガゼル」
2人で笑い合った。
△▼△▼△▼
ガゼルと別れ、街を歩いていると大きな建物が見えてきた。
ここがギルドか。大きいな。
私は自分の頬を両手で挟み決心する。この世界で生き抜くのだと。
今の私は何故かそんなことを思っていた。
私はギルドの扉を開け、足を踏み入れた。
頭の痛みはとうに無くなっていたことに私は何故か寂しさを感じた。