原初の魔女
きっかけは一つの密告だった。
アナスタシアと言う女は疫病を蔓延させた魔女であると。
弁解の余地も無く、ただ魔女であるというだけで私は捕えられた。
まあ私が魔女なのは事実なので否定のしようがないわけなのだが。
「この魔女め!よくも俺の家族をっ!」
「お前たち魔女のせいで……!」
「返してっ!私の家族を返して!!」
怒れる民衆の声がする、私からすりゃイカれた民衆だ。
確かに私は魔女である。そこを否定するつもりはない。
だからといって何でもかんでも魔女のせいにしないで欲しい、
疫病の原因は少なくとも私のせいじゃないのだ。
「かくして悪魔に魂を売り渡した魔女アナスタシアを
これより聖なる贖罪の炎によってその罪と共に神に……」
いよいよ教会は私を火あぶりにするらしい。
油濡れの薪に脂ぎった顔の神父が放つ炎でなにが聖なる炎なんだか
それが事実なら随分安上がりな炎である。
それに炎は贖罪より食材を焼くのが一番なはずだ。
「私は悪魔に魂を売った覚えはない」
悪魔なんて私は生まれてこの方見た事ない。
魔法は精霊の力を借りているのであって
精霊と友になる事で魔法を行使する、それが私たち魔女だ。
「何の躊躇も無く人を焼き殺せる、まったくどちらが悪魔なのだか」
だからつい、こんな軽口が漏れてしまう。
「よくもぬけぬけとっ!!」
「お前は人間じゃない魔女だ!悪魔だ!」
「そうだ、魔女は焼き殺されるべきなんだ!」
「然り、然りィ!!」
しかし民衆から返ってきた言葉は辛辣で
悪魔に魂を売った魔女から、もう既に私自身が悪魔扱いである。
悪魔=魔女なのか、いつから私は人間じゃなくなったのか
確かに五百年も生きてれば人間やめてるかもしれないけれど
少なくとも悪魔になった覚えもない。
「何度も言うけれど悪魔じゃなくてせいれ……」
「その口を閉じろ悪魔め!」
神父の言葉と共に薪に火が放たれた、
油で濡れた薪は勢いよく燃え上がる。
というか燃え上がり方がちょっと変だ、火の精霊の仕業だろう
友よ、なにちょっと火力強めようとしてるんだ。
「燃えろ燃えろ!悪魔め!燃えてしまえ!」
「家族の仇だ!苦しみもがけ悪魔めっ!」
客観的に自分を見たらまるで屋台に並べられた串焼きの気分である。
まあ縄でくくりつけられてるだけまだましなのだろう
杭に刺してから焼き上げるほどさすがの教会も外道ではないようだし
別に身体にタレとか塗られなかったので食人趣味もないみたいだ。
「よくも……よくもっ!!」
「お前さえいなければ!」
「神に仇なす悪魔に裁きを!」
「然り、然りィ!!」
魔女に恨みがあり、文字通り親の仇として睨む者もいるだろう。
歯を食いしばり私を睨みながら大粒の涙を零す人もいるだろう。
声を張り上げて私へのあらん限りの罵声を浴びせる者もいるだろう。
「死ねっ!死ねぇ!!」
「ハハハッ!ざまあみろっくたばれ魔女め!」
「然り、然りィ!!」
だが明らかに人間が燃えるのを楽しんでる奴もいた。
こいつら一度池か鏡で今の自分の顔を見たほうがいいと思う。
悪魔はきっとそんな顔をしてるはず、悪魔はそちらではなかろうか。
後先ほどからずっと然りとしか言ってないあの貴族様はなんなんだ
平民の言葉ですら便乗しなきゃいけないのだろうか?
「っ……」
ああっ服が燃える、私の生まれたままの姿が晒される、
何百年生きててもやはり人前で肌を晒すのは恥ずかしい物がある。
見た目がいいせいか牢に入れられた時もうっかり犯されそうだった。
闇の精霊の力を借りて男共を眠らせなければ正直危なかった。
「悍ましい魔女、女の皮を被った悪魔め!」
「ついに化けの皮が剥がれたか!!」
剥がれたのは服の革だ、ほかに無いから裸なんだろうが馬鹿者め。
しかしこうも視線の数が多いと恥ずかしくて仕方がない
ついつい身じろぎしてしまう、その度に色々揺れてしまう。
「ふんっ……魔女だ悪魔と言われても所詮は女か
その身で男をたぶらかす悪女め……」
チラリと神父の方に目を向ける。おいどこ見てんだお前
民衆の声がデカいせいで神父のつぶやきは聞こえなかったが
神父視線は胸に釘づけである、揺れる度に上下に動く視線。
興奮して心と劣情が燃え上がる男は知ってるが、
物理的に燃えてる女に興奮する変態がいるとは恐れ入った。
さて私を覆う布は完全に無くなってしまった、後に残る物は……。
「燃え……あれ?」
「おい、なんで燃えないんだ?」
ざわざわと、先ほどまで声を張り上げていた民衆の声が静まり
彼らの怒りとも取れる、愉悦とも取れる悪魔の如き顔が曇っていく。
私を縛っていた縄が先に焼け落ちて、生まれたままの姿
色々な意味で自由となった無傷の私がそこにいた。
「馬鹿なっ……何故燃えない」
「私が燃えるわけないだろう」
友である火の精霊の力であり私は友の力で燃える事は無い
だが燃えなくとも炎の中では息ができなくて死んでしまうらしい。
故に友の風の精霊が私の呼吸を助けてくれているのだ。
「あっ悪魔……!」
「悪魔だ!やはり魔女は悪魔だったんだ!」
「いや私魔女だから、何度も言うけど悪魔とかじゃないから」
そこでふと、私が魔女でも許されない事を思い出した。
考えればこれが魔女狩りだというのを半分忘れかけていたのだ。
あれだけ悪魔悪魔と言われていたから悪魔狩りと錯覚していた
間違えた私は悪くない、だがそれに気づいた時にはもう遅い。
元から苦虫を噛み潰したような顔の神父が怒りの形相で兵を呼ぶ
街のみなさんよく見てください、あの神父の顔も十分悪魔だろ。
「銀の矢を放て!心臓を穿ちあの悪魔を」
「悪いが私が死ねば友が悲しむ
私は悪魔にあらず、私は魔女である
では魔女が魔女たる理由はなにか?それは……」
「いかんっ!魔女が悪魔の力を使う気でいるぞ!
早く矢をっ!手送れになる前に奴を殺せっ!!」
恐らく私が死んだら友たちは酷く悲しむ事だろう
特に闇の精霊は一番大切な友だ、悲しませるわけにはいかない。
「『友よ、風の精霊よ!』」
その言葉と共に、私の周りで暴風が巻き起こった。
巻き起こる灰を纏った黒い風が放たれる銀の矢を弾く。
風が私を捕まえんとする兵の動きを止める。
その風と共に私は空高く舞い上がり、広場から逃げ出した。
「おのれ悪魔め……!決して逃がさぬぞっ!!」
だから精霊だっつってんだろ、その耳は飾りかなにかか?
いい加減にしないとそろそろ精霊たちが本当にブチ切れるよ?
「『友よ、闇の精霊よ!』」
だからそうなる前に姿を隠そうと闇の精霊の力を借りる。
闇の精霊の加護により、私の体は徐々に透けてやがて消えてゆく。
加護の闇は私の全てを包み込む、もはや私の姿は誰にも見えない、
私の姿が完全に無くなった事で、広場は混乱し民衆は逃げ惑う。
再び私を捕えようと町の外へ兵たちは走り出す。
一度は私を捕まえる事が無意味だと知らせるためにわざと捕まった。
だが二度目は無い、私は二度と捕まる気は無い。
どんな刑罰を用意しようとも、どんな拷問を掛けようとも
私の持つ精霊の加護の前では傷一つつける事はできないだろう、
友である精霊たちも、きっと私が捕まる事を良しとしないだろう。
「ただいま、私はかえって来たぞとも……よ?」
住処に帰ってみれば私を燃やす火の威力を高めて遊んでいた
炎の精霊が他の精霊にシバかれている、ああまずはアレを止めねば。
教会による私の処刑失敗から二百年。
人と関わるのをやめ、森の奥で精霊たちと静かに暮らしていたが
ほとぼりが冷めた頃だろう思い、私は今一度人の街に下りた。
あれから時代は大きく変わっていた。
世界は魔法で溢れている、魔法が人の生活を豊かにしていた。
教会は神と共に精霊を崇め精霊ごとに協会は別れ派閥を作り。
もはや人と魔法、人と精霊は切っては切れない
掛け替えのない物となっていた。
魔女だ悪魔だと騒ぐ声は無く皆が皆魔法が使えるようになり、
かつての魔女達にとって生きやすい世の中になった。
しかしこうなる前に他の魔女たちの積み上げられた焼死体と、
多くの友を失った精霊の悲しみの上にこの事柄は成り立っている
この手のひら返しはちょっとブチ切れていいんじゃなかろうか?
「えぇ、嘘でしょう……」
時代が変わったのであれば教会も大丈夫だろうと
教会を覗いてみたのだが、目の前の光景は引かざる負えない。
なんか私に似せた裸の石像がぶっ建てられてる。
驚いた事に私はどうも教会で聖女扱いされてるらしい。
……やっぱちょっとブチ切れていいんじゃなかろうか?
せめて抗議くらいはするべきなんじゃないかなとは思うのだ。
私も乙女だ、七百年生きていたとしても心はいつまでも乙女なのだ、
こんな生まれたままの姿を「ありがたや」とか拝まれたとしても
晒し者にされて何も思わぬ乙女だと思うな。
石像に服を着せて欲しいと教会に掛け合ってみるとしよう。
「聖女様の名を騙る悪魔め!」
「聖女様の名を穢す魔女めっ!」
「聖女アナスタシア様に死んで詫びろ!」
このザマである。
魔女が生きやすい世の中とはなんだったのか。
懐かしきかな、磔にされた私はまたもや火あぶりにされるらしい。
というかアナスタシアは私なんだが、言えば火に油なのだろう、
ただでさえ火あぶりなのにこれ以上油を増やされても困る。
魔法が知れ渡ってもやはりいつの時代も私は生きにくいようだ、
今度は服を燃やされる前に逃げよう、また裸にされるのは御免だ。
「『友よ、風の精霊よ』」
私を包むように展開する暴風に身を任せて空を舞いながら考える。
後何百、何千と生きれば私が受け入れられる世界になるのか、
次がダメならもう私は人と関わるのをやめて死ぬまで友と生きよう。
END