堕落金剛山
午前11時頃、新東京のとある駅。刑事の岡田と、後輩の新米刑事がホームで電車を待っていた。
「いやぁ、岡田先輩!」
「何だ、高橋?」
新米刑事は高橋というらしい。
「何か、エリートになった気分ッスね」
「は?」
高橋の浮かれ顔に疑問符を投げかける岡田。
「だってッスよ、俺ら霞ヶ台の帰りじゃないッスか!」
霞ヶ台というのは省庁の施設が集中する地区だ。二人はそこからの帰りらしい。
「だな。で、それの何がお前をエリート気分に浸らせるんだ?」
「それは俺の同期が交通課とかで市内をグルグルしてるのにも拘わらず、俺だけが霞ヶ台の警察庁に行ったっつーのがレアな感じで」
「ははっ、バーカ」
岡田は丸めた新聞で高橋の頭を軽く叩く。
「こんなの雑用だろうがよ。高々、書類を届けさせるだけの、ガキの使いだ」
「ガキの使いって……テレビのッスか?」
「バーカ、違うよ。物の例えだよ」
「えっ、そーだったんスか!?」
「……お前、そんなんでよく筆記と採用通ったな」
「筆記は鉛筆転がしで運ッス! 体力、面接で頑張ったッス! 俺、柔道と剣道やってたッスから」
「……お前みたいなのが通るから、高卒警官は脳味噌筋肉馬鹿って言われんだよなぁ」
ヤレヤレと、岡田は新聞を自らの額に遣る。
「警察庁に寄っただけでエリート気分じゃ、INPOの近くに行ったらどうなんだ?」
「インポ? 先輩、勃たないんスか?」
「馬鹿ッ! 違うっつーの! そんなのも知らねーのか!?」
INPOというのは、International Nevergaian Police Organization(ネバーガイア国際警察組織)の略称である。この世界の、地球規模の警察組織だ。
「……公衆の面前でンなこと大声で言う馬鹿がいるかよ」
「スンマセン……」
「ったく……」
「ところで、先輩」
「何だよ?」
「昨日、テレビ観たッスか?」
「テレビ、何の番組?」
「『生グダ』ッスよ」
「生グダぁ? ああ、とるねえずのだろ?」
「そーッス」
高橋の言う「生グダ」というのは「とるねえずの生でグダグダ言わせて!」の略、人気お笑いコンビ「とるねえず」が司会を務めるバラエティー番組である。
「んで、生グダは何やってた?」
「凄いッスよ!」
高橋は嬉々として目を輝かせた。
「凄いって、何が?」
「凄いッス! 生グダ、ゲストで誰が出たか知ってるッスか!?」
「だから、知らねーよ。観てねーんだから」
「この前、生グダにアリフ・イデア教の麻生が出たんスよ!」
「アリフ・イデア教の麻生……ああ、あのヒゲでロン毛のデブ?」
「そーッス! 観覧者からの質問コーナーで応えたんスけど、麻生は女優の吉川久美子が好きなタイプらしいッスね」
「うわぁ、興味ねーし。どーでもいい」
「で、もう一人のゲストは誰だと思います!?」
「だから知らねーっつの」
「豊田無等ッスよ!」
「ああ、あのインチキ坊主か」
「……先輩、お言葉ッスけど」
高橋の眉間に皺が寄る。
「あ?」
「豊田無等はホンモノッスよ」
「……お前、神秘的なモンとかそのテのモノを信じちゃうタイプだったんだね」
「はいッ! UFO、宇宙人、UMA、ツチノコ、幽霊、超能力信じてるッス! 八尾井さん尊敬ッス!」
「オールマイティーだなぁ、おい。守備範囲が広いぜ」
「因みに、エスパー・スプーンも持ってるッスよ」
高橋は胸ポケットからスプーンを取り出した。
「……お前、いつもソレ持ち歩いてんの?」
「はいッス! このスプーンは超能力者ケーシィ・ゲイラーの念が入ったスプーンなんで、俺の御守りッス! これを肌身離さずに持ってると、超能力が目覚めるらしいッスよ」
「箸ならまだ分かるけどよ…… お前がスプーンを持ってても、無類のカレー好きにしか見えねーぞ?」
「カレーよりハヤシライスが好きッス!」
「ンなの問題じゃねーよ。胡散臭いスプーン持ち歩くくらいなら、普段から防弾チョッキを着込んどけっつーの。貸せ」
「あっ!」
岡田は高橋の手からスプーンを引ったくると、スプーンの柄を中心からグニャりと曲げた。ステンレス製のスプーンを曲げるほどの物凄い怪力だ。
「何すんスか!? 酷いッスよ、先輩!」
「超能力が使えるようになるんだろ? だったら、その曲がったスプーンも超能力で元に戻せるだろうが」
「……そーッスね! ふんぬぅうううううう!!!」
高橋は曲がった柄に手を翳し、念力を送る格好で力む。
「はあああああああああ!!!」
「……やめろ。おい、やめろって」
周りの視線が痛々しく二人に注がれる。
「邪魔しないでくださいッス! ちょっとずつ元に戻ってきてるところなんスから!」
「……1ミリも変わってねーよ、やめろ」
再び高橋からスプーンを引ったくると、逆方向にスプーンの柄を曲げる岡田。スプーンは柄に歪な波を作るも、一応は元の形に戻った。
「戻った! 凄いッス! 先輩、超能力者だったんスね!」
「……俺はお前になりたいよ。お前になれれば、ストレスとは無縁な人生を送れそうだ」
「へ?」
岡田に皮肉を言われているのに気が付かない高橋。
「あ、そーッス! 先輩!」
「何だよ?」
「来週の生グダは是非とも観てくださいッス!」
「何で?」
「来週は保木藍子がゲストで出るんス!」
「……あの、霊視とか先祖供養とか言ってるババアか」
「ババアじゃないッス! ご婦人ッス!」
「お前、熟女趣味も合併症だったのね……」
「はいッス! ぶっちゃけタイプなんス!」
恥じることなく、高橋は断言する。
「もう嫌だ…… お前、実家はどこだ?」
「青杜ッス!」
「実家は何やってんだ?」
「代々続く、リンゴ農家ッス! 唐突な質問ッスね?」
「ていうか、さぁ…… お前、刑事辞めて実家に帰れよ」
「ええっ! 急に何でッスか!?」
「そんでもって、実家のリンゴ農家を継げよ。それか、青杜なら怖山にでも籠もれよ…… 霊山があんだろ」
「なっ、何でッスか!?」
「前言撤回、やっぱ俺、お前が嫌いだ」
掌で目を覆う岡田。
「そんな! 俺の何がいけないんスか!?」
「何つーかその、俺、オカルトがダメなんだわ」
「そんなことで……」
「そんなことでって、人前でスプーン曲げをマジでやる後輩なんて初めてだもんよ…… これからどう指導してきゃあいいか分かんねーし。嫌だ、お前」
「分かったッス! もう人前でスプーン曲げなんかやんないッスから! 嫌わないでくださいッス!」
岡田の袖を引っ張り、哀願する高橋。通行人の視線が先程より二人に注がれた。岡田は周りの目を気にする。
「……もっ、もういいよ。恥ずかしいから、大の男がそんなみっともない真似すんなよ」
「先輩……」
「もういい、この件はこれで終いだ。ところで、お前」
「はい?」
「話は変わるが、ニュースは観たか? 今朝の」
「朝は占いしか観ないッスから、ニュースは……」
「はぁ……」
岡田は溜め息を吐く。
「刑事っつーか、社会人ならニュースくらい観ろよ」
「すんませんッス」
「じゃあ……お前、まさか、漢字は読めるんだろうな?」
岡田は高橋に丸めた新聞を手渡す。
「最近、漢検3級を……」
「取ったのか?」
「取ってないッス。でも、人並みに読み書きできるはずッス」
「そうか。じゃあ、ここを読め」
岡田は蛍光ピンクでマークした記事を指した。
「はいッス。えーと……」
『眞理教幹部の男 逮捕
本日未明、南都市警察署は眞理教幹部の男・出口仁(52)を殺人容疑で逮捕した。出口容疑者の供述によると、眞理市から徒歩で数十キロ離れた南都県南都市の南都署に自首しに訪れたという。
出口容疑者は衣類に包んだ幼児の遺体を南都署へ持ち、同署の受付を訪れた。幼児の遺体は殴打による外傷が酷いが、現段階で死因は不明。
南都県警では出口容疑者の取調とともに、遺体の身元判明を急ぐ予定』
「眞理教って、俺の実家の近くに教会があるッス……」
「そうか。俺の地元にもある……」
「怖いッスね……」
「……豊田無等ファンのお前でもか?」
「はいッス。宗教団体って、内部で何やってるか分かんないじゃないッスか」
「だな」
「いっそ、俺ら警察で強制ガサ入れでもすればいいのに……」
「……俺ら国家権力は迂闊に宗教団体に手出しできねーんだよな」
「そーなんスか?」
「憲法で信教の自由が絶対的に保障されてる。国家権力は特定の宗教を助長、干渉する真似はできねえ……筆記で出なかったか?」
「鉛筆転がしッスから……」
「そうか……」
岡田は高橋からホームの向こう側の、工場現場に何となく目を移す。
「俺、オカルト系は好きッスけど、宗教は嫌いッス」
「何で?」
「何つーか、気持ち悪いんス」
「俺からすれば、どっちもどっちだけどな」
「……実はこの前、宗教の勧誘に遭ったんスよ。勧誘の姉ちゃんは美人だったんスけどね」
「美人だったら、ヤッちゃえば良かったのに」
「その下心はあったッスけど正直、勃たなかったッス……」
「何だ、インポか?」
「いえ…… ていうか、性欲より怖さが勝っちゃって愚息も」
「怖さ?」
「はいッス……姉ちゃんの宗教が如何に素晴らしいかを延々と、茶店で語られて……」
「茶店で勧誘されたんなら、そのまま口説いてホテル行きゃあ良かったじゃねーか」
「冗談キツいッス……先輩もその場にいたら分かるッスよ」
「俺には嫁がいるから、分かんねーな。美人局には引っかからねえ」
「愛妻家なんスね」
「まあな」
「独り身の俺はまんまと……で、何とかして入信を断ったら『地獄に落ちろ! サタンめが! 神罰が当たるわ!』って、姉ちゃんは怒鳴って帰ったんス。豹変ッスよ?」
「神罰ねぇ…… 非信者にも罰を当てるたぁ、とんでもない神様だな」
「そーッスねぇ……」
高橋も岡田と同じ場所に目を遣った。目線の先には足場が組まれ、何かが建設されている。
「……何が出来るんスかね、アレ?」
「看板は出来てるみたいだな」
建設中の建物の天辺には既に看板が設置されていた。看板には「M&W」と書かれている。
「M&W……何なんスかね?」
「ガレンスタインとかユーロピアで流行ってる会社だな。そのジパング第一号店だろ」
「何の会社ッスか? 洗剤? チョコレート?」
「魔法の会社だよ」
「魔法ッスか……」
M&W(Magic&Wizard)社は魔導書や杖など、魔法に関連するアイテムの世界的シェアNo.1の会社である。
「ああ。向こうじゃ魔法は一般的らしいぞ。今年はジパング魔法元年だとか」
「へぇ…… てか、先輩。魔法って何スか?」
「さあ、それは知らねえ。ただ、お前が飛びつきそうなモノっぽいことは確かだ」
「確かに。でも、オカルト系と宗教と、科学と魔法の違いって何なんスかねぇ」
「そういうことは課内きってのインテリ、小山に訊けよ」
「小山先輩にッスか?」
「ああ。アイツは短大を出てるから知ってんだろ、多分」
岡田は親指の爪を咬みながら言う。禁断症状だ。
「先輩、ホームの奥に喫煙所あるッスよ?」
「いいよ。電車、もうすぐ来るだろ」
「あっ! 言ったそばから来たッス!」
鈍色の車体が遠くから、二人のいるホームへ向かってくる。
「漸く、快速が来たな」
「そーッスね。待った甲斐があったッス」
「だよ。鈍行で各停じゃ、昼休みも潰れちまうからな」
「そーッスそーッス。食堂も混むし、ハヤシも売り切れるし」
「お前、食堂派か。俺はコンビニの握り飯かサンドイッチ派」
「栄養偏るッスよ?」
「食堂でハヤシライスばっかりのお前に言われたくねーな」
他愛のない会話をしている内に、快速の電車がホームに入る。そして、二人の目の前でドアが開かれた。
ドアが開かれたと同時に、二人は目の前が真っ暗になった。
午前11時27分以降の記憶が、岡田と高橋には無い。




