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如是我文  作者: 葉倉千緒
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如龍王之女兒

降主殿内部のとある部屋。その部屋は扉が一つ、四畳半程度の広さだ。窓はなく、灯りは天井から吊らされた裸電球一つのみ。外は昼間だが、その部屋の電球すらも灯されていない。扉の下方、格子から零れ射す廊下の光だけ。埃と黴が臭く、狭く、暗く、息苦しい「間」である。


その部屋の隅に、一人の少女が膝を抱えて座り込んでいた。年は10歳前後であろう。二次成長も目前に控えて発育しだす年頃だが、同年代の女児に比べると身も細く、背丈も格段に低かった。


「10054、10055、10056、10057、10058、10059……」


少女は暗闇の中で数を呟いていた。この部屋に時計はないが、別に秒数を数えて時の感覚を知るためでない。他にやることがなく、漠然とした時間を殺すためだ。


「10072、10073、10074、10075、10076……」


薄い唇でのカウントアップは続いていく。

少女はここで長いこと、この習慣を繰り返してきたのだろう。厭に淡々と大きな数が呟かれていく。


「10096、10097、10098、10099、1010……」


数字が百の位に繰り上がろうとした刹那、虚ろな少女の目が扉に向けられる。扉を叩く音がしたからだ。


「……ああっ」


途端、少女の肩が怯えで竦む。


「…………僕だよ」


格子から男声のようだが、女性のように妙に高めの囁きが聞こえる。


「……め、(めい)ちゃん?」

「うん」


扉の向こう、明ちゃんという者が返事をする。


「明ちゃん!」


部屋の隅からよろよろと立ち上がり、扉に近付く少女。


「遊びにきたよ」


扉が開かれる。この扉、少女のいる部屋の内側からは開けられず、外側からしか開けられない特殊な構造をしている。少女の脱走防止のためだろう。


「わぁい!」


廊下の明かりに目を細めながら、少女は訪問者の明に歓喜する。



「しー、静かに」

「あ、うん」


明は唇に人差し指をあてがう。扉の影から廊下に誰もいないことを確認すると、明はドアノブを時計回りに回転させ、扉と壁の間にボール紙を挟んで扉を閉めた。こうすれば扉を閉めても、内側から開けることができる。何回もこのようなことをやってきたのであろう、明の手付きは妙にこなれている。


「……ゴメンね、最近あんまり来られなくって」


眉尻を下げる明。明は20代前半くらいの男性であろう。しかし、その顔は年不相応で少年、いや、どちらかといえば少女のような印象を与える顔立ちをしている。背丈も同年代の男性の平均身長より少し低かった。


「いいの。ミオ、明ちゃんが来てくれるだけで嬉しいから」


少女の名はミオというらしい。


「そっか。ミオちゃん、また痩せたね……」

「うん……」


ミオは自らの腕をさする。枯れ木のように細く、みすぼらしい白のシャツから覗く首もとは鎖骨がくっきりと浮いていた。薄汚れた白いショーツから飛び出す両脚も同様だ。煎餅を割る力を以て触れようものなら、壊れてしまいそうなほどにミオは痩せ細っていた。


「昨日は何食べた?」

「えっとねぇ……お米が36粒のお粥、蕪か大根をトロトロにしたのと、グチャグチャな豆腐かな? あと、お水を7杯」

「……それだけか」


明は悲しみを帯びた目でミオを見る。


「教主様がね、水以外は白いものしか食べちゃダメだって……」

「……まだそんな馬鹿なことをやってるのか、あのキチガイ女」


唇を歪める明。それと同時に、何故か左手で自らの股関を触る。


「ところで、ミオちゃん。この部屋に来てどれくらいだい?」

「えっとぉ…… 昨日は65000くらい数えた。明ちゃんが来たのは10099だね。それで昨日と同じくらいを……2481回目」

「そうか……それくらい経つか」


ミオの言うことを、ズボンの股関部分を握りながら聞く明。握る手に徐々に力が入っていく。


「僕はミオちゃんを、ここから助け出してあげたいと思ってるんだけど……」

「ううん、いいの」


ミオは首を横に振る。


「ミオ、大きくなったら教主様になれるんだから」

「………………」


痩けた頬で微笑むミオ。明はその顔を見て何も言えなくなった。同時に、左手の力も抜けた。


「……そっか。じゃあ」


胸ポケットを弄る明。そして、何かを取り出してミオに差し出す。


「なぁに、これ?」

「……ミオちゃんへのプレゼントさ」

「……プレゼントぉ?」

「贈り物だよ」


明が取り出したのは卵だった。明は卵を自らの額に当てて割ると、卵の殻を剥く。卵は卵でも、茹で卵だ。


「うわぁ、白い玉の中からまた白い玉が出てきたぁ!」


好奇心満々の目で、明の掌の卵を見詰めるミオ。この様子だと、卵自体を初めて目にするようだ。



「……一応、外見が白いから大丈夫だろう」


明は床に散らばった卵の殻を集め、胸ポケットに仕舞いながら呟く。


「ねえねえ、明ちゃん! これなぁに!?」

「美味しいものだよ」

「えっ! これ、食べれるの!?」

「ああ」


優しく頷く明。


「教主様に見つからないようにお食べ」

「うん!」


明はミオの隙間だらけの両掌に剥いた茹で卵を渡す。ミオは初めて見る不思議な食べ物に、やや霞がかった目を輝かせた。


「……さてと、僕はもう行かなくちゃ」


徐に立ち上がる明。


「えっ、行っちゃうの!?」

「うん…… もうそろそろ行かないとね」


後ろ髪引かれる思いながらもミオに背を向けながら、明はドアノブに手を掛ける。


「……ねえ、明ちゃん」

「何だい?」


首だけを振り向かせ、ミオに視線を遣る明。


「また…… また来てくれるよね?」

「勿論さ」


慈眼を以てミオに応える。


「明ちゃん…… ミオが教主様になったら、迎えに来てね? その…… ミオの脇祖になってくれる?」

「…………ああ」


やや遅れるも、返事をする明。しかし、その目はどこか哀しげだった。


「必ず、だよ?」

「ああ、必ずね……」


そして明は扉を少しだけ開け、来たときと同様に人気がないのを確認し、半開きにした扉に身を潜らせた。


「ミオ、待ってるから……」


同時に扉が静かに閉められた。ミオの言葉が虚しく部屋に響く。


「明ちゃん……」


名残惜しそうに扉を見詰めるミオ。


「明ちゃんの、プレゼント……」


ミオの視線は扉から徐々に掌の卵にシフトされていく。


「名前は教えてくれなかったけど……」


まじまじと卵を見る。


「食べれるんだよね……」


卵に唇を近付け、恐る恐る卵の尖った部分をかじった。


「………………」


前歯の裏あたりで白身の欠片を転がし、舌先で味を確かめる。


「…………うん」


十分に吟味し、小さい欠片を漸く飲み込むミオ。


「美味しい……」


茹で卵はミオの口に合ったようだ。続いてミオは二口目に臨んだ。しかし……


「あっ……!」


小さな前歯を卵に突き立てようとするや否や、ミオの耳に部屋へ近付く足音が伝わった。


「まっ、まずい……!」


ミオは慌てて茹で卵を口に押し込んだ。



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