その4
特攻野郎14歳 その4
ヤス子が虚空を握りしめた瞬間に、爆音が空を切り裂く。
文太郎のP90サブマシンガンだった。ヤス子が火線の方向を追ってみれば、左翼が骨組みだけにされたハンググライダーがコントロールを失って近くの森に墜落していく。
「ブ、ブンタローくん何やってんの!? あれほど銃はダメって言ったよね!?」
「ヤス子先輩落ち着け! 俺が撃ったのは敵なんだよ! 俺は依頼をこなしただけだ!!」
「街中でマシンガン撃つ人に落ち着けなんて言われたくないよ! それに変な銃はダメって言ったでしょ!」
「変な銃だと!? てめえ昨日から俺を試すようなことばっかしやがって、俺の相棒にまでケチ付ける気か!? コイツはP90つってベルギーのFNが……」
「あっ!今先輩にてめえって言った! 先輩にそういう言葉使いはめっ!」
「話の途中に割り込むんじゃねえ! 先輩だろうが弾が当たれば死ぬんだよ! 敵がまだ死んでねえ状況で礼儀もクソもあるか!」
「そんなのわかんないでしょ!? 街中でハンググライダーしてるだけの人を何で撃つのよ!?」
「最初はビルの上から狙ってたんだ!! っていうか、こんな街中でハンググライダーで突っ込んでくる人間がマトモなわけないだろ!?」
「じゃあ街中でマシンガンを撃つのはマトモなの!?」
「いちいち面倒なクライアント様だな……! あーそだよ! 俺もアイツもキ⚪ガイだ! あっちが街中で鳥人間コンテスト野郎なら、こっちは下校中にトリガーハッピーのランボーになっちまうってワケだ! 依頼はこなしてんだからイカレ頭でも文句なしだろ!?」
「クライアントって………!?」
とサブマシンガンのフルオート以上に壮絶な舌戦が繰り広げられていると、ハンググライダーが墜落した方向から突如何者かが突進してくる。
「姉さんから離れろぉぉぉーーーっ!!」
謎の男は文太郎に飛びかかる。しかし、文太郎はその勢いを流しながら後転する形でそのまま謎の男を組伏せてしまった。
「策も無しに感情で飛びかかる。素人の発想だな……が、残念ながらこっちはプロだ。」
文太郎はファイブセブン・ピストルを突きつけながら続ける。
「言え! 貴様の目的は何だ!? 理由も無く街中でハンググライダー飛ばしてたなんぞ言おうモンなら、コイツで頭の中に詰まったゴミを叩き出してやるからな!!」
謎の男も負けじと文太郎に食いつく。
「俺は、この人を不審者から守ろうとしただけだ……!」
「ストーキングだけじゃなく、減らず口も得意みてえだな……!!」
ここで、一連の手並みの鮮やかさに呆けていたヤス子はある事に気付く。
「ぶ、ブンタローくん! ストップ! その人は悪くないよ!!」
「何言ってんだ先輩!? まさかさっきの一言で騙されたのか!? 用意周到だと思ったら今度はバカ丸出しって、アンタは一体何なんだ!?」
「バカじゃないよ! だってその子、私の弟だもん!!」
◆◇◆◇
「ヤスオ、中学生一年生。趣味は素潜り、スカイダイビング、ハンググライダーみたいなアウトドア。嫌いな物は姉さんに近付く男です……!」
そう言いながら向かいに座る文太郎を睨む少年は、ヤス子の弟であった。
立ち話もなんだと文太郎、ヤス子、そしてヤスオの3人はブリーフィングに使ったファストフード店に来ていた。
「というわけで! 出会いはちょっとアレだったけど……同じ釜の飯を食べれば誤解も解けるでしょう! さ、私の奢りだからじゃんじゃん食べちゃって!!」
「姉さん! 姉さんのような高貴な人がこんな庶民的な店なんて来ちゃダメだ! しかも出会い頭に銃を突きつけるような野蛮な男に姉さんが食事を奢るなんて絶対にあっちゃいけない!!」
「さっきから姉さん姉さんって黙って聞いてりゃ! この歳でシスコンとは恐れ入ったな!! ハンバーガーの美味さも知らんようなケツの青いガキにバカにされちゃこっちも商売上がったりだなぁ!!」
「俺はシスコンじゃない! お前みたいな下校中に銃を持ち歩いてるような男が側にいれば心配になるに決まってるだろ!! 家族を大切にすることの何が悪いんだ!!」
「ま、まあまあ二人共! 冷めない内に食べようよ!!」
そう言われながら文太郎が渋々ハンバーガーを食べようとすると、ヤスオが突っかかる。 「おい! お前みたいな奴が姉さんの身銭が泣く泣く切られた物を食っていいと思ってるのか!?」
「はあ!? 出されたモンは美味く食うのが礼儀って習わなかったのか!? 姉貴共々、高貴どころかお里が知れるな!!」
「お前! 今僕どころか姉さんまで馬鹿にしたな!? もう我慢の限界だ! ここで引導を渡してやる!!」
「おーいいぞ!やれるモンならヤってみろお坊ちゃんが!! 弾が当たりゃ誰だって死ぬっつーことをその傲岸不遜なツラに叩き込んでやる!!」
「二人共ストーーーップ!!」
そう言われて文太郎もヤス男も固まる。片や依頼人で片や姉。つまり二人共、ヤス子には頭が上がらないのだ。
「ヤスオはいちいちブンタローくんに突っかからない! 二日間お姉ちゃんを守ってくれた人なんだから喧嘩しちゃダメ! ブンタローくんもヤスオを挑発しないで! そういう汚い言葉使いは私嫌いです! 二人共わかった!?」
「「はい……」」
ヤス子を前にして、二人は似た者同士だった。
しかし、改めて文太郎がハンバーガーに齧り付こうとするとヤスオはそのハンバーガーを強奪する。
「たとえハンバーガーだろうと、姉さんから与えられたものをお前が食うなんて許せるかよ! コイツは僕が美味しく頂いてやる!!」
そう言ってヤスオは二つのハンバーガーを一気に食べる。文太郎の射撃並みの早業だった。
「ガキめ……キサマという男は……!!」
「ぶ、ブンタローくんごめんね! こらっヤスオ! いくらお姉ちゃんでもそれは許せません!!」
「ごめんなさい、姉さん……」
ヤスオは姉の前で急にしおらしくなってみせる。手慣れた変わり身の早さだった。
「わ、わかれば良いのよ! 次こんなことしたら本当に許さないからね?お姉ちゃんと約束できる?」
「うん!」
弟のシスコンさは比べ物にならないが、姉も世間の平均から言えばダダ甘だった。
「ブンタローくん……?」
ヤス子が見れば、文太郎は放心していた。先ほどまでハンバーガーがあった空間を凝視しながらフリーズしている。
「ハンバーガー……俺の……」
「ブンタローくん!? ハンバーガー食べられたのがそんなにショックだったの!?」
「いや……いいんだ、先輩……俺はいつだって失ってきた……戦友もみんな死に急いで、俺はいつも一人に……」
文太郎にとって、ハンバーガーは戦友と同等な程に重い存在だったらしい。ヤス子はお子さまランチの旗を取られた時の弟を思い出してつい笑いそうになる。
「また連れて来てあげるって! だから落ち込まないで! ね?」
「それは……追加報酬か?」
「へ?」
「追加報酬なんだな?」
「そ、そうだよ! まだお願い残ってるもんね! うん! ばっちり終わったらまた来よう!!」
そう。依頼はまだ満了されていない。護衛期間は一週間。今日はまだ二日目で、まだ五日間残っているのだ。一応、ヤスオ以外に怪しい人間に尾行されている可能性はなきにしもあらずである。
「先輩! そうと決まれば話は早い! 今日も今すぐここからセーフハウスへ撤退し、未だ見ぬ敵の尾行を巻く必要がある! さあ、ここを出るぞ!!」
しかし、その号令に異を唱える男が一人。ヤスオである。
「待ってくれ姉さん! 今日からは俺が四六時中、目覚めてから眠るまで火の中!水の中!家の中まで僕が守る! だからそんな男に頼る必要はないよ!!」
「ヤスオったら、頼もしくなっちゃって……」
「待てこのクソガキ! 残念ながら依頼はもう契約済みだ。“ずっと一緒にいる”と追加契約もしてんだ。キサマのような戦いのイロハも知らんアマチュアのガキが出しゃばるような状況じゃねえんだよ!」
「ずっと一緒にいる、なんて……弟の前で恥ずかしいよぉ……」
「黙れ!お前が姉さんの近くにいることが一番危険なんだ! 俺はまずストーカーの前に、お前から姉さんを守るんだよ! お前が四六時中姉さんにつきまとうってんなら、俺だって! 愛する姉さんを守るためなら滅私も厭わないからな!!」
「依頼人の弟だろうと、邪魔すんなら容赦しないぞ……?」
「いいさ……姉さんへの愛、この程度で止めさせるものかよ……!!」
「あ、あのー、二人とも、私の意見は……」
「「少し黙っててくれ!!」」
こうして、ヤス子の安全と男の意地を守るための壮絶な五日間が幕を開けたのだった……
遅くなっちゃった