その2
特攻野郎14歳 その2
「そうだ……M870とP90にファイブセブンを1丁ずつ、それからスタングレネードと麻酔銃を3つずつ頼む。」
馴染みの武器商人に次の依頼へ向けて装備品の依頼をする。過酷な依頼だけあって電話の声にも緊張が走る。
「ほお……“ブッ殺しのブン”と呼ばれたおめえが麻酔銃とはどういう風の吹き回しだぁ?」
文太郎の緊張を知ってか知らずか、武器商人は少年をからかうような口調で捲し立てる。
「よしてくれオヤジ……今回の依頼はちっとばかしタフでな……どうやら俺も年貢の納め時らしい……」
「あのお前がそんな弱腰な……歳は違えどお前は俺の大切なダチだ……! 俺に出来ることがあったら何でも言ってくれ……!!」
歳も初老に差し掛かろうという相棒の言葉に涙を飲み込みながら文太郎は応える。
「へへっよせやい、照れんだろ……生きて帰ったら、ニューヨークでケンさんのチャーハンを食おうぜ……」
「おう、そん時は俺に奢らせろよな、ブン……で、その依頼って何なんだ……?」
文太郎は深く息を吸い込む。
―――地獄の名は……―――
「……ストーカーの、撃退だ。」
「なるほど……ん!?!?!?!?」
◆◇◆◇
ストーカーの撃退……条件は5つ
1つ、殺害せずに撃退する
2つ、校内や目立つような場所での直接護衛は禁止、あくまで内密に護衛する。
3つ、1週間経っても尻尾を出さない場合は契約満了、報酬は1500円。
4つ、親類や近親、友人への接触や調査は禁止。
5つ、銃器の使用は控える。
タフなミッションだ。これまで、連邦麻薬対策委員長の子息を麻薬カルテル絡みの国際テロリスト集団から護衛するなど、数々の護衛任務もこなしてきた文太郎だったが、ここまでタフな依頼は初めてだった。
第一に仮想敵が絞りきれない。色情狂でただの変態ならまだいい。しかしヤス子先輩の素性の調査が禁じられている以上、彼女の近親が実は重大な取引現場を目撃してしまい、親類全員元KGBの殺し屋に狙われている可能性すらある。
銃器の使用禁止、目立つ場所での直接護衛の禁止も痛い。敵の正体が掴めない以上、こちらは敵を誘い出し後手に回るしかない。そのためには四六時中ヤス子先輩に張り付いて迎撃に徹しなければならない。かと言って遠くから敵を迎撃するためのスナイパーライフルもクライアントから使用が禁じられている。
地雷やスナイピングポイントを避けるように遠くから誘導できるのが唯一の救いか。
そしてここに殺害の禁止がトドメを刺す。攻撃手段がほぼ徒手空拳に限られる中、敵を殺さないように戦って大人数に囲まれるようなことがあれば、確実に命を落とすだろう。
数年ぶりに死の覚悟を決めた。
こんな気持ちは、海上で海軍戦艦を占拠したテロリストから艦に搭載されている核弾頭搭載トマホーク巡行ミサイルを奪い返すべく孤軍奮闘した時以来だった。しかし報酬が約束された以上、依頼はこなしてみせるのが「ダーティ何でも屋」たる自分の面目躍如というものだ。
県立鋼弾中学校PMC(private military club)、通称「傭兵部」の最初にして最大のミッションの幕が上がろうとしていた。
「じゃあブンタローくん、今年からの転校生なんだ!!」
七日間のミッションの一日目にブリーフィングを希望したのは文太郎だったが、まさかそれがファストフード店になるとは思いもしなかった。
今の所怪しい人影は無いが、防弾チョッキすら着ていないヤス子先輩がこの場で一撃でも撃たれれば、依頼は失敗だ。1500円のため、今週発売のプラモデルのため、そしてプロとしてのプライドのため、俺はこの依頼を必ず成功させて……!!
「ブンタローくん! ブンタローくん!! 聞いてんのーーー!!??」
「な、何だヤス子先輩!? 敵か!? よっしゃブッ殺してやる!! 俺は挽き肉が大好物なんだ!! どっからでも―――」
「そうじゃなくて! 話の続きだよ!!」
「続き……? 俺の素性の話か?」
「そうだよ!転校数日で部活申請通らせるなんて、おちゃらけてるように見えてブンタローくんってすごいんだね!!」
「交渉術も“依頼”には重要だからな……」
敵が大手を振って攻めにくい中学校を拠点に選ぶ……ふっ、我ながら斬新かつ大胆な策だと思う。それに部活として活動すれば、生徒から貴重な日本円を直接入手できる……!
14歳という年齢上マネーロンダリングに制限を受ける中、依頼がほぼ無い日本人から日本円、いわゆる“お小遣い”が貰えるのはありがたい。早く依頼を終えてプラモ屋をブラブラしたい……通販では味わえないキットを見て回る楽しみ、そしてその場で購入して持ち帰るまでのドキドキ……!そ、想像しただけでも、俺は……!!
「ブンタローくん! ブンタローくん!! 聞いてんのーーー!!??二回目だよーーーー!!??」
「はっ!こんどこそケツを出しやがったか!? 死にたい奴からかかってきやがれ!! P90のスポーツ弾で風通しの良い身体にしてやるよォーーーっ!!!」
「こらっ!おもちゃの銃はダメって言ったでしょ!店員さん怖がってるよ!?」
どうやら思索している間に店員がハンバーガーのセットを持ってきたらしい。
「さ、私の奢りだからどんどん食べていーよ! 男の子なんだからあ~食べなきゃ強くなれないぞ~?」
「ありがたい……いただきまっ、ん!?」
「どう、おいしい?」
「美味い……美味い!!」
文太郎はこのような食事の機会が少ないわけではない。
むしろクライアントとの食事は重要だ。クライアントに誘われて高級イタリアンや本場フランスで未成年ながら70年物のワインまで飲まされそうになったことすらある。そんな文太郎にとって、ファストフードは未知の領域だった。
(パンの中に肉が二段……いや違う、三段だ! 敵は三機の編隊飛行か……!! 惜し気もなく投入された肉のメインアーム、それでいてレタスやピクルスなどのサイドアームも良い動きをする……パンや野菜、特製ソースの飽和攻撃から肉! 肉!! 肉!!! の制圧射撃……追い込まれたテロリストに対する殲滅戦のような味わいに、ポテトの正確な狙撃の塩辛さと艦砲射撃で口の中の塩気を塵芥と変える海軍戦艦コーラ……完璧な作戦だ……この感じ、まさか伝説のブリティッシュ・コマンドスの生き残りがファストフード店を指揮しているのか……!?)
「ブンタローくん、そんなにおいしい……?」
「はっ!?先輩、ここの指揮官、恐らく相当な手練れ……隙の無さが不気味なくらいだ……」
文太郎の食事と言えば体作りのための干し肉と野菜、そしてクライアントとの接待での高級料理くらいだった。つまり彼は“ジャンクフード”を食べたことがまったく無かったのだ。プロの傭兵で殺し屋な何でも屋と言えど、14歳の中学生である。
初めての“ガッツリ系”に文太郎の心と舌は踊るどころか狂喜乱舞の様相であった。
「ふふっ、気に入ってくれて良かった~一番高いセット頼んで正解だったよ~お財布から諭吉さんが一人消えちゃった~」
「せ、先輩!? 一番高い!?」
―――命を賭した依頼前……これが最後の晩餐だから、せめてもの慰めということなのか……!?―――
「先輩……俺はこの依頼、必ず完遂してみせる……生きて帰って見せるからな……!!帰ってきたらまた、ハンバーガーを食ってやる……!!」
「ま、また来たいの!? そ、そ、そっか~じゃあその時はまたご一緒させてもらったりなんて~……?あ、あはははは!!」
(俺は生きる、この地獄を……それが次の地獄への入り口であろうと、五臓六腑をブチ撒けてでも生き残ってやる……!! この美味いハンバーガーを、もう一度食べるんだ……!!)
(えへへっ、これって後輩の男の子とプチデートだよね……? そんでもってもう一度って……い、意外とブンタローくんって大胆……こんなの初めてだから緊張しちゃったよぉ~!!)
温度差とは、非情である。
嘘を吐きました。今度こそ終わらせます。嘘です。もう少し長くなるかもです。