その1
特攻野郎14歳
俺の朝は、2リットルの牛乳を飲むことから始まる。これには体臭を消す効果があり、更に牛乳に含まれる様々な栄養素は身体を強く健康にしてくれる。
どちらも“依頼”の完遂には欠かせない要素だ。
歯磨き、良し。
洗顔、良し。
鞄の中身、良し。宿題、中身はともかく良し。
防弾チョッキ、良し。
タクティカルベスト、良し。
学ラン、良し。
当校準備、完了!
須川 文太郎14歳、県立鋼弾中学校2年1組18番、そして鋼弾中学傭兵部の少年の1日は今日も平穏に始まった!!
「し、失礼しま~す! ここって傭兵部さんの部室で合ってますか~~~?」
撃鉄と硝煙にむせ返るような部室には似合わない、子供っぽさを残した中学3年生の少女、ヤス子の声が響く。
―誰もいない……?―
そう思ったのと同時に、開けたままの筈の背後のドアが閉められていることに気付く。
無音だった。
身の危険を察知して振り向こうとした瞬間、首が動かない。絞められている。
「命が大事ならそれ以上抵抗しない方がいい。スリーパーホールドだ。質問に答えなければ貴様の頸動脈を絞め上げる。」
(部室間違えた!? やっぱ私っておっちょこちょいだなぁ~! ってちょっと待ってよ!! 部室間違えたくらいでスリーパーホールドされるかな!? され、されるかな!? されちゃうか……)
お手本のような待ち伏せと奇襲の初体験に思考が絨毯爆撃を受けていた。ヤス子の関節を的確にホールドしつつ、少年は続ける。
「よし、そう……命は大事にするモンだ。こっちの質問は1つ、10秒以内に答えられなければ、ここで脳ミソブチ撒けるんだな。」
そう言いながら取り出したのはS&WのM629。M29が基本モデルの回転式拳銃、いわゆるリボルバーだ。44マグナム、と言えば聞いたことのある人も多いかもしれない。
基本モデルになったM29より一回り短く軽い短銃身だが、それでいてスカンジウム合金製のフレームとチタン製のシリンダーを組み合わせた軽量モデルのM329のように極端に軽すぎないステンレス製の重量感を少年は気に入っていた。
銃の安心感は重さと軽さの兼ね合いだ。
「いいか良く聞け……俺がコイツを持ってる意味がわかるか……? サイレンサー付きのベレッタなんか小便チビるような44口径だ……ブッ放したら、良い音がなるぞ……つまりだ、俺はここでアンタをブッ殺して騒ぎが起きようが構わないってことだ……その意味がわかるな……?質問には素直に応えろよ?」
(いや部室間違えて銃突き付けられるっておかしーよ!! ここ本当に日本!? 部室のドアがどこでもドアでヤクザの……)
「ズドンッ!!!!」
M629の44マグナム弾が壁を抉る。
無言の「返事をしろ」だった。
「はい答えます答えますだから撃たないで殺さないでー!!!」
「よーし良い子だ……質問1つめ、貴様の所属と目的は何だ? この前ニセ札取引を邪魔したついでに事務所に火を点けてやった香港マフィアか? それとも行きがけの駄賃にくすねたイタリアの武器商人の用心棒か? あっ!またニューヨークの麻薬密売人護衛の依頼か? あれなら断った筈だが……」
(偽札!? 武器商人!? 麻薬!? とりあえずどれも違うし……)
「ど、ど、どれも違います……」
「ほう?あくまでシラを切り通すつもりか……見たところ東洋人の女のようだが、制服で変装すれば潜入できるとでも思ったか?ふん、トーシロの発想だな……そんな変装に騙されて、俺の相棒もベトナムのサイゴンで……」
そう言いながら少年は慣れた手つきでボディチェックを始める。同年代の少年に体を弄られる屈辱と銃口を突きつけられる恐怖に耐えながら、ヤス子は神に祈った。今日ほど自分が宗教に無頓着だった事に後悔した日は無かった。
少年は財布から学生証を取り出して得意気に続ける。
「ほうら身分証がこんなところに……貴様の国籍はどれどれ……鋼弾中学3年、なるほど……って、え?」
「ストーカー退治、か……」
少年、須川 文太郎はこれまで受けたことのない依頼に困惑しつつ答える。
「は、はい!でもかもしれないってだけかもで、その、警察に言うにはアレで、金さえ払えば何でもやるって掲示板見て……」
中学3年生になって数日、ヤス子はここ最近、怪しい視線を感じていた。そして遂に昨日、数回の無言電話がかかってきたのだ。しかし自意識過剰やたまたまだったらと思うと警察には言い出せない。そこで藁にもすがる思いで探偵のようなものと勘違いした少女はこの傭兵部にやってきたのだ。
「ヤス子とか言ったな……依頼内容が抽象的すぎる……書類は無いのか? ターゲットの写真は?電話から逆探知はしたか?」
こんな調子で噛み合わない問答がかれこれ30分ほど続いていた。
鋼弾中学の生徒とわかると少年は須川 文太郎と名乗った。
尖ったソフトモヒカンにサングラスが特徴的な彼は非礼を侘びると「ここ最近マフィアの派手な現ナマ取引に一枚噛んでた」などとヤス子のような平凡な中学生には理解不能な言い訳をし、そして早速仕事の話に入ったわけだ。
「つ、つまりストーカーがいたら見つけてやっつけて欲しいの!ブンタローくん強いんでしょ!?」
「まずはあなたの家族近親、そして交遊関係を知りたい。敵が油断している間にホシを洗い出してシラミ潰しに……殺す。これが最も有効で速効性のあるプランだな……」
「こ、殺す!? 殺しちゃダメだよ!? ストーカーがいたら捕まえるだけでいーのっ!」
「生け捕りにしろ、ということか? 拷問なら俺にも心得があるぞ。 あれは確かアフガンで……」
「そーじゃないんだって! 大体ブンタローくん本当に中学生!? 中学生が殺すー! とか拷問ー! とか冗談でも言っちゃいけません!!」
ヤス子には今年中学生になる弟がいたからだろうか、つい叱るような口調になってしまう。つい先程までリボルバーを突き付けていた人間を叱れるあたり、彼女も肝が座っている。
すると文太郎は年上の女性に慣れていないのか
「確かに俺の所属は県立鋼弾中学校2年1組だが……その、つまり、ストーカーを殺さず撃退しろ、ということなのか……?」
と、ぐいと近寄ったヤス子の視線から逃げつつ照れながら要約する。
(ふーん、こういうトコは中学生らしいじゃん……)
ヤス子は妙に満足気な顔をしながら頷く。
依頼内容を確認し終えると文太郎は少し悩みながら、依頼の核心部に触れる。
「了解だ……で、報酬は?」
ヤス子は内心ドキリ、とした。この文太郎という少年は話から察するあたり―中学生のごっこ遊びな可能性は置いておくとして―法外な大金を要求してくるに違いない。できれば2~3000円の範囲内で話を進めたいが、安すぎる値段を提示されて何たらスリーパーをかけられてま困るので
「う~ん……ブンタローくんに任せよっかな~、あはは……」
と適当に誤魔化してみる。
すると、ブンタローは目を閉じて考え始める。
悪い予感が的中した。もし10万とか言われたら無事で出られますように、などとヤス子が再び敬虔な神の信者と化していると、祈りを切り裂き文太郎は告げる。
「1500円で、どうだ?」
一般の映画料金よりも安い値段に愕然としつつ、ヤス子は少年の金銭感覚が中学生な事に可笑しくなって笑ってしまう。
そんなヤス子の気を知ってか知らずか、文太郎は弁明を始める。
「いや、どうしても今週欲しい新発売のプラモデルがあってだな……日本円で1500円、来週の今日までに用意してもらいたい……自分でも法外な値段だと言うのはわかっているが、お小遣いが足りず……」
前言撤回、この金銭感覚はもはや小学生レベルだ。
「いーよ!依頼を受けていただけまーすかっ?傭兵くんっ!?」
もはやストーカーなどどうでもよかった。この迫真の演技力と実銃そっくりのモデルガンを持った少年のごっこ遊びに付き合ってやろう。
中々可愛いところもあるし、バカだけど素直な文太郎のような少年は実際好みだったりする。
遊びが過ぎたら叱ってやればいいし、いわばアタシは保護者のようなものだ。アタシのお小遣いが丁度なくなる10万円以上となると遊びではすまないが、1500円でこの子にそのままプラモデルをプレゼントすると思えば安いものだ。
「こ、こちらこそだ!あなたとは良いビジネスが出来そうだ!!是非これからもよろしく頼む!!」
それっぽい事を言おうとする姿が微笑ましいので、ついイタズラをしたくなってしまう。
「う~ん……これからもよろしく、ねぇ……?でも長い付き合いになるなら、1つ条件が必要だなぁ……」
「何でも言ってくれ! 俺に出来ることなら……」
「ヤス子!」
「……?」
「アタシの名前、ヤス子だからそう呼んで欲しいなあ?なあ~~?」
やっぱりだ。言葉尻に合わせて顔を寄せると視線を逸らして照れる年相応の姿が可愛い。
「で、では……ヤス子、先輩……と呼ばせてもらう!これからよろしく頼む!!」
「ふふっ、頼むのはこっちだよ~よろしくね、小さな傭兵さんっ!」
しかし、彼女はまだ知らなかった……
若干14歳にして闇社会を渡り歩き、金さえ払えば何でもやる男、ブンタロー・スガワ!
百鬼夜行をも撃ち殺す! 地獄帰りのガンマンが! 次に狙うはストーカー!!
マフィアのボスやヤバイの見ちゃった一般人、守ってみせたこの俺も! JC守るは初めてさ!
女の尻を追う男、捉えてみせるさ依頼なら!
俺はダーティ何でも屋! 金さえ払えばワケねえぜ!!