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第七十九話 それでも…

 もう、やめよう…と思いながらも、自分を説得するまでには至らず、今日も岩崎は自動車教習所へ通い続けていた。試験に落ち続けて数十年、これはもう、はっきりいってギネスものだ…と、弘志自身にも思えていたし、心身ともにこの件では疲れ果てていた。

「お金も馬鹿にならないし、それでブレザーとか買った方がいいんじゃない」

 妻の浪江は、そう言いながら渋い顔で岩崎に教習料の入った袋を手渡した。

「ああ…」

 岩崎が受け取るときの決まり文句である。

「そうだ! 旅行がいいわ、旅行よ! 旅行にしましょ、ねぇ~~」

 浪江は、一端、手渡した教習料の入った袋を岩崎の手からもぎ取った。岩崎がアッ! と言う間もないほどの出来事で、一瞬のすきだった。いや、手渡さなかったかも知れない…と、岩崎は後日、思った。妻の手が伸びた瞬間、自分は取り返さず無力に手放したんだ…と気づいたのだ。岩崎の心は正直なところ、完璧かんぺきに疲れ果てていた。疲れ果てた結果、その金が瞬間、無駄に思えたのだ。

 それでも…と思うでもない何ものかが岩崎にはあった。岩崎はふたたび教習所へ現れていた。両脚が勝手に岩崎を教習所へと向かわせたのだった。

「ああっ、プレーキ!! 岩崎さん! もう…」

 相変わらずの危うい運転に、同乗している教官の堀田はあきれ声を出した。車庫入れしようとしていた教習車が、危うくフェンスに激突しそうになったのである。慌てて岩崎はプレーキを踏み、その場は事なきを得た。

そして、仮免の日がまた巡った。車の危険を避けるため・・ということもないのだろうが、いつの間にか岩崎の順番は最後に決まっていた。その日も順々に入所している受験者は受け終わり、最後の岩崎の番が巡った。

「岩崎さん! 軽くねっ! 軽ぅ~~く行きましょ!」

 堀田は力なく、小さく言った。どうも、おぼつかない…という潜在意識があり、危機意識のある声だった。それもそのはずで、岩崎が走った過去の仮免で、車がいたまないことはなかったからだ。堀田は、どうせまた当てる…という危機意識があり、被害を最小限に食い止めようとしてる向きが、なくもなかった。

「はい…」

 岩崎は素直に言った。その日は偶然、桜が満開で、晴れ渡っていた。奇跡は突然、訪れた。岩崎は別人のように滑らかな走行を開始したのである。S字カーブ、縦列駐車、サイド合わせ、車庫入れ…すべてがスンナリと上手うまく終わり、教習車は元の位置へ戻った。堀田は唖然あぜんとして岩崎の顔をうかがった。

「… 岩崎さん、どうかされましたか?」

「いえ、別に。それでも…と、思っただけです」

「それでも?」

「どうせ今日も駄目だろうと思えました、しかし、それでも…と」

 止めた教習車の中で、しみじみと岩崎は言った。

「それでも、ですか…」

 しみじみと、明るく堀田は返した。

 しばらくして、合格者番号が告げられた。最後は堀田の番号だった。それ以降、岩崎はすべての失敗をあきらめないことで成功を手にしていった。

 免許を取った岩崎は今、中古でボロボロの車に乗っている。だが彼は、それでも…と、高級車を夢見て乗っている。


                 完

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