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第五十七話 無駄[むだ]

 週に一度、椋山むくやまが通っている料理教室が始まった。受講生は全員で25人だから、そう多くもないが少なくもないといった具合だ。その25人が各班5人ずつの5班に分かれ、それぞれ料理を作る。指導は広崎実夏という30代半ばの美人調理師である。椋山もそうだが、この実夏を花見見物でもするかのように楽しみ通う男も数人いた。5班の男連中である。全員が定年後の余暇を持て余している親父達で、料理作り後の食事をてにする、いわば一石二鳥を目論もくろむ連中だった。今日の料理は白身魚のムニエルである。広崎の話では、どうもレモン風味仕立てらしい…と受講生は聞き入っている。

「毎回、言ってますが、食材に無駄むだなものなど決してありません。ですから、調理が終わったとき、無駄なゴミが出るということは、調理が不完全だ、ということになりますね」

 ああ、なるほど…と、受講生達は今回も思った。実夏の手際よい見本料理が調理されていく。彼女は驚くほどの手際てぎわよさで、見事にムニエルを完成させ、皿に盛り付けた。全員が一口ずつ味見し、その絶妙な味加減に舌を巻いた。しかも、実夏が作ったあとの調理ごみは一切、出なかった。完璧かんぺきに食材を使い切り、無駄を排除したのだった。

 講師の実夏を取り囲む25人のうち5班を除いたあとの4班はご婦人連中で、若いのからお年寄りまで、出来、不出来は別として、各種各様、取りそろえられていた。美人の実夏だが、ただ一つ、彼女は滅法めっぽう、無駄という行為にこだわった。それは料理に限らなかった。事実、彼女は極端に無駄を避けて行動した。その行動時間は、きっちりとメモ帳に書かれていて、分刻みの行動スケジュールだった。

 椋山は料理教室を終えて帰る道すがら、同じ班連中の親父連中と語らって歩いていた。

「ある種のトラウマかも知れませんよね…」

「先生、過去に何かあったんじゃないですか?」

「そうそう、私もそう思いますよ…」

「あんた、ひまなんだから、その辺り、調べてみなさいよ」

「馬鹿、言いなさんな。素行調査じゃあるまいし。下手へたすりゃ、私ゃストーカーで警察行きですよ」

「それは言えます…」

「ああ! 私の友人がその方面の仕事をしていますから、片手間に頼んでみますよ」

 椋山は余り気乗りしなかったが、心当たりがあったから、そう言った。

「そうでしたか…、じゃあ、頼みます」

 話は上手うまい具合にまとまった。その一週間後の帰り道である。椋山は言った。

「この前の話、分かりました。先生は東北出身でした…」

「って、もしかすると…」

「そう、被災者だそうです…」

「…」

 会話は途絶え、沈黙が続いた。

 津波が家族を飲み込み、助かったのは実夏一人だった。津波が引いたあと、すべてが彼女の前から消え去っていた。彼女は生きている・・ということの意味を知った。今まで意識せず消し去っていた過去の無駄を思った。まわりから生活手段の一切が消え去ったとき、人は原点に立ち返るのだ…と。それ以降、彼女は無駄を一切、排除するようになっていった。そうしなければ生活ができなかった。彼女の無駄への拘りは、決してトラウマなどではなかったのだ。無駄を思う彼女の意識は、人類に対する自然の警鐘でもあった。


                  完

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