第五十六話 古い男
知り合いなので名は敢えて伏せるが、一人の古風…いや、はっきり言えば古い男がいた。口ずさみながら格好よく、♪時代ぃおくれのぉ~♪と唄いたくなる、その手の格好いい古さの男ではなく、ただ古かった。だいいち、お相撲さんよろしく、やや長い髪を後ろで束ね、ちょん髷を結っている世間が言う変わり者の考古学者だった。その髪には鬢付け油を溶かしつけていたから、その入れ込みようは誰の目にも尋常ではない…と映ったことだろう。かく言う私も、何度かそのことを指摘したことがあったが、彼は馬の耳に念仏で、まったく気に止めなかった。それが彼のポリシーなのだから、それ以上は私も言えなかった。まあ、百歩譲って、髷を結ってる人は世間に少数だろうが、いることはいるだろう。ただ、それ以外のことでもすべてが古かった。彼の発想からして、古さを求めた男と表現した方がいいだろう。早い話、一切の新しいものに彼は見向きもしなかった。痛めば修理するか、古いものを探した。なければ、我慢したのだ。住み心地のいい家など彼は見向きもしなかった。というか、彼には返って目ざわりだったようだ。古い佇まいを求め、彼は幾度となく引っ越しをした。私は住所が余りに変わるから、彼とのコンタクトは電話のみに終始していた。古い男だが、さすがに連絡用の携帯は持っていた。そのときの語り口調は江戸時代の言葉だった。
『おお、さようか…。では、息災にのう! またの出会いを楽しみにしておるぞ』
これは最後に私から電話したとき聞いた、切れる直前の彼の会話である。
『ああ、じゃあな…』
私は単にそう返していた。彼の会話に馴れた私だったから、すんなり返せたのだが、馴れるまでは自分が時代劇の登場人物にでもなったような錯覚に陥った。彼の時代言葉は引っ越す都度、その住まいの時代風に変化した。
彼の住まいは時代劇村か? と見間違えるほど完璧な時代造りだった。それも、引っ越すごとに見た目は、みすぼらしく古くなっていった。見た目と言ったのには訳がある。歴史通の観点で見れば、その都度、時代が遡った意味ある構造物になっていたのだ。最後の彼の住まいは江戸時代中期の長屋風で、なんとも貧相だった。だが彼は、それを大層、気に入っていた。すきま風が入り込めば、入り込まないように修理とか工夫することで生活をエンジョイしていたのだ。こういう彼だから、人付き合いは滅法、悪い…というか、ほとんど、なかった。私などは考古学者として彼とコンタクトを取れた三人に一人のメダリストではあるまいか…と、自負している。
彼が最後の引っ越しをする少し前、電話した折りは大層、喜んでくれた。
『ははは…、今度は、どうも出世できそうでな』
訊けば、新しい住まいの工夫が出来たらしかった。それは当然、古い時代の材料も調達できた・・ということを意味した。ああ…言い忘れたが、住まいは、すべて彼の手造りだった。彼はすべてが古いと言ったが、それをもう少し詳しく言えば、所持するもの、発想など、その対象は有形無形を問わず、ありとあらゆるものだった。
私が最後に彼に出会ったのは石像に変化した彼だった。世の中に人物彫刻の像は多々あるが、その像は恰も生きながら停止しているような精巧な出来だった。その後ろ姿に、私は思わず語りかけたくらいだ。彼にはそれ以来、一度も会っていない。彼の消息が途絶え、失踪宣告は近親者から出されたが、いまだに彼は生存者扱いである。ひょいと、研究室に明日、顔を出すんじゃないか…と、私は今でも思っている。
完




