第五十五話 お馬鹿さん
数十年前、端山は一流大学に晴れて現役合格し、鼻高々だった。なんといっても、これで人生、食いっぱぐれる心配はない! と思えたからだ。だが、端山の読みには大きな誤算があった。聡明な彼の計算にどういう誤算が生じたのか、その辺りから話を始めたいと思う。
合格した端山は、浮かれつつ大学構内を歩いていた。ともかく大学卒業だ…と大学正門を潜る彼の意気は盛んだった。桜の花びらが暖かな風に吹かれ乱舞し、端山の肩や頭に舞い降りた。快晴の春うららである。端山の気分は、実によかった。
それから四年の月日が瞬く間に流れ去った。その間、端山は脇目も振らず、卒業への単位修得に精を出した。
「君は真面目によく頑張ったな!」
卒論指導の宮間教授は端山を前に笑顔で言った。
「はあ。これも偏に、先生のお蔭です!」
「ははは…私のお蔭じゃない。君の努力の成果だ」
教授の言葉を端山は『その通りだ。すべては自分の読みどおりの結果だ』と馬鹿にも思った。事実は確かにその通りだった。だが彼は、卒業しようと勉学に明け暮れた結果、肝心の就職活動を馬鹿にも忘れていた。公務員試験、一流企業・・はすべて、夢のまた夢となってしまった。端山は卒業して馬鹿にも思った。『まあ、いいさ…卒業は出来たんだ。一年くらい、就職しなくったって構わない。来年があるさ!』と…。彼は馬鹿にも、悠長に構えた。幸い、恵まれた家庭に生まれ育った端山にとって、生活の心配は皆無だった。借りているマンションへは月々、困らない額の仕送りが実家からあった。そして、一年が流れた。端山はまた就職活動を忘れてしまっていた。端山は馬鹿にも思った。『いいさ…。もう一年くらい就職しなくったって構わない。来年がある!』と…。
数十年の歳月が流れ去った。端山はすでに老いを迎えようとしていた。彼は馬鹿にも、『いいさ…来年がある』と、まだ思っていた。彼の周囲は、『おい、お馬鹿さんが来たぞ!』と、端山を密かに嘲笑した。彼はそれが分かっていたが、一向、気にならなかった。『自分は一流大学出だ、来年がある!』と端山は思った。
春 爛漫、桜の花びらが暖かな風に吹かれ乱舞し、一年に一度、大学構内を潜る端山の肩や頭に今年も舞い降りた。
完




