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第四十七話 豆腐売り

 今からもう、五十年ばかり前の話である。串木町にある細い路地伝いをいつも通る豆腐売りがいた。その年老いた豆腐売りの名は誰も知らなかったが、それでも滅法、美味うまいという評判が立ち、小一時間もすると、瞬く間に売り切れとなった。それもそのはずで、豆腐売りが自転車の荷台に積んで売るのだから、数は限られているのだ。豆腐だけでなく、油揚げも美味で好評だった。豆腐売りはすべて売れると音もなく消え去った。その気味悪さに、誰も豆腐売りのあとを追う者はいなかった。

 串木町には古くから祭られているおかげ稲荷という小さなやしろがあった。言い伝えによれば、人に助けられた狐がお礼にと、この辺りの住人を守っているのだという。なんでも、病気が退散したとか、枕元に狐火が燃えたとか・・話は十や二十ではきず、人々はほこらと社を奉納して参るようになったという話である。豆腐売りの油揚げや豆腐がすぐ売り切れたのも道理で、串木の住人はその買った油揚げをその社へ供えた。その油揚げは次の朝、綺麗に消えていた。

「ふん! どうせ、けものかカラスの仕業しわざに決まってる」

 串木の住人は誰彼となく、そう言った。

 ある日、またいつもの年老いた豆腐売りがどこからともなく現れた。自転車にはゴム球の先に金属製の笛が付いているラッパがあり、指でゴムを握ると、♪パプゥ~~、パプゥ~~♪と、鳴り響くのだった。その音がこの日も聞こえ出した。女房達は我先にと鍋を持って路地に急いだ。そして、この日もいつもより早めにすべてが売り切れとなった。

「ほんとに美味しいし、安いんで助かるわぁ~」

 一人の中年女がお世辞含みで言った。豆腐売りは手拭ぬぐいを頭からあごにかけて巻いてくくり、さらに薄汚れた帽子を阿弥陀にかぶっている。その頭を無言で軽く下げた。なにか話を期待していた中年女だったが、返事がないから黙って去った。皆が家へ戻ったのを見届けた豆腐売りは、辺りを見回すとスゥ~っと自転車とともにかすみ変化へんげした。それを二階の物干し台から見ていた男がいた。豆腐売りに声をかけた中年女の亭主である。どうも女房に豆腐屋が消える最後を見届けるように言われていたふしがあった。男は霞の流れていく方角を目で追った。すると、霞はお蔭稲荷の鳥居の中へ入って消えた。男は妙だぞ? といぶかった。その日の深夜、男はお蔭稲荷をじっと監視した。すると、誰もが寝静まった真夜中、一匹の狐が供えられた油揚げを自転車の荷台に積んだ箱へ入れ、の葉を一枚置くとなにやら呪文をかけた。荷台の箱はたちまち白煙におおわれた。そして白煙が消えると、狐は箱のふたを開けた。箱の中には豆腐やら油揚げが一杯に入っていた。油揚げは供えられたものではなく、新しい油揚げに変化しているようだった。男は近づき過ぎて、すべりそうになった。その音を狐は見逃さず、たちまち、自転車とともに姿を消した。

「まさか…」

「いや、ちげぇねぇ~!」

 亭主は女房に、かくかくしかじか…と一部始終を話した。次の日以降、豆腐売りは姿を見せなくなった。そして、供えられた油揚げも次の朝、そのまま残るようになった。

 そんな串木町のお蔭稲荷にまつわる話を私は子供の頃、聞かされた記憶が残っている。


               完

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