第四十六話 選挙
竹谷は国政選挙を終えて帰ってきた。よく考えれば、今日しなければならないことはあった。だが、今まで行かなかったことはなかったから、台風が接近する中、惰性で行った・・というだけのことである。お蔭で傘が一本、強風で駄目になったが、まあ、買い替えようと思っていたからいいか…と軽く流した。竹谷は誰がいいとかは全く決めていた訳ではなかった。しかし、投票所へ行くことだけは前夜、決めていた。投票所へ入り選挙用紙を係員からもらい、鉛筆で記入した。昨日、最後に耳に入った選挙演説の立候補者を書いた。なかなかいい声で演説が上手く、マスコミが注目していたから印象に残ったということもある。政策とかは、まったく竹谷の念頭になかった。
帰って暖房を入れ、竹谷は温かいココアを喉に流し込んだ。その途端、ふぅ~っと身体が和み、人心地ついた。
深夜、選挙速報を見ながらふと、竹谷は思った。期日前投票が出きるのだから、当日だけじゃなく、三日ほど有効期間を設けたらどうなんだろう。そうすれば投票率も50%を下回ることがないんじゃないか…と。有効期間が三日の投票券である。一票の格差も確かに問題だが、民意を反映させるには制度も弄らないと駄目だろうと、竹谷は、また思った。選挙のたびに一票の格差問題で選挙無効の訴えが起こる昨今だが、なんか足元を見忘れているように竹谷には思えた。
仕事疲れからか、いつの間にか竹谷はウトウトした。竹谷は晴れ渡った青空を見ながら歩いていた。ポケットには選挙用紙があった。目の前に投票所が近づいてきた。不思議なことに投票所の方が竹谷の方へ近づいていた。竹谷は、おや? っと思い、立ち止った。投票所は竹谷の前、数mのところまで近づくと、ピタリ! と止まった。
『お待ちしておりました!』
竹谷はギクッ! とした。総理大臣以下、テレビでよく見る顔がずらりと並んでいた。竹谷は、まるで自分が国賓待遇にでもなった気分がした。そのとき、電話が鳴る音がした。竹谷は懐へ入れた携帯を弄ったがバイブはしていなかった。辺りを見回したとき、建物や人々の姿がぼやけ、意識が遠 退いた。
竹谷が気づくと、部屋の電話が鳴っていた。竹谷は夢を見ていたのだった。
『お待ちしております!』
「えっ?! どちらさまで…」
『先ほど投票所前でお会いしましたが…』
話のあと、笑い声がした。竹谷は、そんな馬鹿な! と思った。そしてゾクッ! と身体に寒気を覚え、怖くなった。
完




