第四十話 BD地帯
検問である。田上は車を急停車させた。
「ここから先へはいけません! Uターンして引き返して下さい!」
田上はおやっ? と首を捻って辺りを見回した。警官が数名で検問をしている。赤色灯を点灯させているパトカーが近くに停車しており、警官の動きが活発だ。田上は、ただならぬ異様な気配を感じた。
「あのう…この先で何かあったんですか?」
田上は運転席の窓を開け、警官に訊ねた。
「国からの緊急命令が発せられたんですよ。ここから先はBD地帯です!」
「BD地帯? なんですか、それは?」
「えっ? ですから、BD地帯なんですよ!」
検問の警官も今一、分かっていないようだったが、立場上、威張って言い返してきた。警官にそう言われては仕方がない。しぶしぶ、田上は車をUターンさせた。目的地まではあと少しだったが、迂回すればなんとかなるか…と車をしばらく走らせたところで一端、道脇へ止め、別の道をカーナビで調べた。ところが、である。目的地へ行ける迂回路がない。田上は腕を見た。取引先と会う約束の時間が一時間ほど先に迫っていた。数年通いつめ取れなかったのだが、ようやく取れた契約だった。田上は会社をウキウキ気分で出た。課長以下、課の全員が拍手で送り出してくれた。まるで結婚式の新郎の気分で会社を出た田上だったのだ。それが、訳の分からない検問である。田上は少し焦った。先方の会社へは足繁く通っていたから、辺りの土地勘は十分過ぎるほど田上の頭の中にあった。何かよい手立てはないか・・と田上は辺りを見た。すると、不思議なことに少し錆びついてはいるが、まだ十分乗れる自転車が捨てられ、倒れていた。まあこれも偶然だな…と、そのときの田上は思った。神の助け、とも思えた。田上は車を降り、その自転車を漕ぎ始めた。田舎のことでもあり、自動車が通れる幅の道はなかったが、畦道は幾らでもあり、田上は迂回しながら少しずつ目的地へ近づいていった。あと500mほど先に会社の遠景が見えたとき、田上はホッと安堵の息を漏らした。まだ30分ばかりあった。田上があと50mほどに近づいたとき、また警官達の姿が目に入った。パトカーは停車していない。ただ、今度は白バイが赤色灯を点灯して止まっていた。
「ここから先はBD地帯ですから進めませんよ!」
「はあ?! そこの会社へ行きたいんですよ、私は!」
「ですから、ここから先はBD地帯だから駄目なんです!」
「BD地帯BD地帯って、いったいなんなんです?!」
「分からないお人だ。BD地帯は国から命令されたBD地帯ですよ!」
「…もう、いいです!」
押し問答になると諦め、田上は自転車を一端、引き返すことにした。しばらく漕いだところで警官は見えなくなった。田上はまた自転車を迂回させて漕ぎ、会社の数m先まで迫った。よし! とばかりに、田上は自転車を止め、徒歩で会社の通用門へ入った。
「よく来られましたね。ここはBD地帯ですよ!」
取引先の社員が耳元で小さく田上に囁いた。
「あの…、BD地帯って、いったいどういう意味なんです?」
「さあ? BD地帯らしいですよ」
「ですから、そのBDって?」
「BDはBDですよ! アルファベットのBD!」
「…」
田上はその後、黙々と契約を済ませ、取引先を出ようとした。妙なことに、取引先の全員が拍手で田上を送り出した。田上は、なぜか背筋にゾクッ! と寒気を感じた。
完




