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第三十一話 下剋上[げこくじょう]

「また、変わったか! あいつは先が読めんな!」

 田口は、げんなりとした怒り口調で、反対に歩道を曲がった新藤を見ながらつぶやいた。

「毎度のことですよ。ノー天気と言うじゃありませんか、部長代理…」

 課長の矢島は、熱くなりかけた田口を言葉で冷やした。

 会社へは駅を出て徒歩で十五、六分の距離である。全員が、ほぼ100%の確率で会社への同じ歩道を進む。ただ、五分内外歩いたところで歩道は二方向へ分岐していた。その誰もが通らない片方の歩道は迂回うかい路で、会社へは二十分弱かかるのだ。その歩道を新藤は今日も進んだのである。後方を歩いていたのが運悪く、管理職の田口と矢島だった。二人は別れた新藤を横目に反対の歩道を歩んだ。

「ああ、まあ君が言うとおりだが…」

 田口は、この春の異動でワンランク昇格したからか、偉ぶった口調でそう言った。部長代理は課長の上だが部長補佐の下で、まだまだ出世の道は遠い。部長がいないときだけ部長気分が味わえるというもので、他の日は矢島と同じ課長待遇なのである。そういう出世レースが嫌で、新藤は我が道を行く・・という会社人生を歩んでいた。誰も通らない歩道を選んだのも、意図してではなかったが、そんな天邪鬼あまのじゃく的な気持がそうさせたのだ。

 会社で一人浮いた存在の新藤は、周囲の目などまったく関知しない態で、日々の自分のノルマを果たすと会社を定時に退社した。当然、田口や矢島を含む管理職には評判が悪く、煙たがられていた。

「田口君、去年並の業績回復まであと少しじゃないか。会社の双肩は君にかかっとるんだからね、よろしく頼むよ! 私も海山部長にそう言われてな、ははは…」

 田口と同じく、この春の異動で部長代理からワンランク昇格して部長補佐になった貝塚が、少し余裕のある笑顔でそう言った。人間とは妙なもので、この春までは田口と同じように怒り口調だった貝塚が昇格とともに人変わりしたように柔和になったのである。

「はい! 部長補佐の仰せのとおり、努力いたします…」

 新藤には怒り口調の田口も、貝塚の前では借り物の猫で、えびす顔よろしく平身低頭だった。

 部長補佐の貝塚はある日、会社の通路で二人で話すヒソヒソ声を耳にした。声は使われていない会議室から聞こえていた。耳を澄ませば、どうも部長の海山だった。もう一人は誰だかよく分からなかったが、口調からすれば海山よりも上司に思えた。

「もう少し、よろしくお願いします! 家内には内緒にしてあるんですから…」

「それはいいが、こちらの金回りの都合もあるからな。早めに頼むぞ、海山君」

「はい! 分かりました、新藤さん」

 貝塚はギクリとした。新藤? 部長代理の田口がいつも愚痴っているあの新藤なのか…と半信半疑になった。だが、社員ではどう考えても、その新藤しか思い浮かばなかった。その平社員の新藤が部長の海山に注文をつけていた。

「…」

 貝塚は下剋上げこくじょうを思った。


                  完

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