第二十六話 紙垂[しで]祭り
春半ば、今年も村の鎮守の笛太鼓が人々の心を和ましている。紙垂祭りと呼ばれるこの地で古くから伝わる例大祭で、数多くの細長い白紙が風に棚引き、雪のような美しい情緒を醸しだしている。この村には伝わる謂われがあった。
今を遡ること数百年前、老宮司の頼定は古式にのっとってご神刀の懐剣を抜くと、俎板の上で白紙を鮮やかに切り刻み始めた。式部の家に代々伝わる紙垂作りの作法である。数十年に渡って紙垂を作り続けてきた頼定の腕は冴え、小半時ほどの間に白雪の山ほどの紙垂が出来上っていた。頼定の子、頼国は、遠退きに父が作る姿を眺めていた。生憎、頼国は不器用で、父の後を受け継ぐだけの才覚に恵まれていなかった。頼定は終始、そのことを案じていたのである。
「頼国! 何が違うか、分かるかっ?!」
紙垂作りの神事を終えた頼定が、静かに言葉を発した。
「いえ、いまだ…」
「そなたには、気が入っておらぬ。器用不器用ということではない…」
頼国には父が言う意味が理解できなかった。
その夜、頼国は夜半に起き、一人、紙垂づくりの修練を始めた。深々(しんしん)と辺りは冷気を蓄え、頼国の凍える手先は時折り震えた。頼国が自分の懐剣を抜き、俎板の上の白紙を刻みだしたそのときである。冷気が一瞬、フ~ッ! と流れた。
『お前は頼定を越えるであろぉ~~』
頼国はその小さく響く声にハッ! と手を止め、辺りを見回した。辺りには誰の姿もなく、漆黒の闇が広がるばかりである。頼国は空耳か…と思った。そして、手先に目をやると、不思議なことに、それまでの手先の震えはピタリ! と止まっていた。そればかりではない。頼国の両手は神々しく黄金色に輝いているではないか。頼国は唖然とした。しばらくすると、両手の輝きは失せたが、頼国は、どこか今までとは違う手先の感覚を感じた。ふたたび、懐剣を引き抜き、白紙を刻めば、なんと、手先が滑らかに自然と紙垂を刻んでいくではないか! 頼国は信じられなかったが、手先に操られるまま僅か四半時ばかりですべての紙垂を刻み終えた。そのとき、頼国はハッ! と我に返った。これぞ、神の手よ…と、頼国は自分の両手を押し頂いて頭を垂れた。
次の朝が巡ったとき、頼定は眠るように事切れていた。これも神のご神託か…と頼国は思った。
頼定を忌む神葬祭も済み、春半ば、頼国の刻んだ紙垂による紙垂祭りが無事、執り行われた。これが室町末期からこの村に伝わる謂われである。
今年も村の鎮守の笛太鼓が人々の心を和まし、紙垂祭りが賑やかに繰り広げられている。数多くの細長い白紙が風に棚引き、雪のような美しい情緒を醸しだしている。
完




