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第二十三話 妖精の誘[いざな]い 

 風が流れて拓馬の首筋を撫でた。陽気も少しゆるんだから、そう春も遠くないようだ…と、拓馬は思った。窓ガラスの下を見ると、去年植えた桃の若木に、もうチラホラと淡いピンクの花が咲いていた。拓馬にとって去年やってきたこの地に身寄りはなく、知り合いもわずかな仕事仲間以外はほとんどいなかったから、これらの自然が拓馬にとって唯一の慰めだった。

 二階から下り、拓馬は小さな庭へ出た。すると、先ほどまでいなかった少女が立っていた。少女は拓馬を見て二ッコリと微笑ほほえんだ。一面識もない少女に、拓馬は少し気味悪さを覚えてたずねた。

「あの…失礼ですが、どちらですか?」

 拓馬はえて怒らなかった。人によっては、誰だ!人の庭で…と、凄い剣幕でまくし立てるのだろうが、拓馬にその感情はなかった。少女の姿は軽い会釈のあと、スゥ~っと消え去った。拓馬は幻覚を見たのか…と思った。よく考えれば、そんな少女が庭にいる訳もなく、二軒、近くに隣家はあったが、そんな少女を見た覚えが拓馬にはなかった。そして、その日は事もなく終わった。

 数日後、拓馬はいつものように勤務地の霞が関にある庁舎へ向かっていた。ここ数年、仕事は泣かず飛ばずで、昇格人事の恩恵には浴していなかったから、なんとなく拓馬の足は重かった。その日もいつもと変わりない繰り返しの時が流れ、拓馬は庁舎を出た。毎日が機械的に動いてるな…と帰リ道の舗道を歩きながら思っていると、対向から少女が近づいてきた。次第に近づくにつれ、おやっ? どこかで見た少女だ…と拓馬は思った。もう少し歩を進めると、少女の姿ははっきりした。どこかで見た少女だった。ただ、まだ誰かまでは分からなかった。そして、すれ違いの直前、少女は会釈をした。拓馬も無意識に同じ仕草を返していた。その日もそれで終わった。

 二度あることは…というが、拓馬がその少女に三度目に出会ったのはファミレスだった。自炊はしていたが、生憎あいにくその日は冷蔵庫が空だったから拓馬は外食ですまそうとファミレスへ行ったのだった。店に入ると、遠くにその少女の姿があった。オーダー待ちのようで、少女は側面のガラスに映る外の景色をながめていた。陽が長くなったせいか、6時過ぎだったが、辺りはまだ十分、明るかった。少女は拓馬を見ていた。拓馬は席に着き、何気なく店内を見回し、おやっ? と思った。自分を見つめる少女の姿に気づいたのである。三度目の出会いだから、拓馬にはいつかの少女だとすぐ分かった。ただ、どこの誰かまでは、やはり想い出せなかった。今日もこれくらいで何もなく終わるだろう…と拓馬が思った瞬間である。少女はスッ! と立ち上がると、早足で拓馬の席へ近づいてきた。拓馬はギクッ! とした。少女の顔が柔和な笑みに満ちていたことだけが恐怖心をやわらげ、拓馬には救いだった。

『また、お会いしましたわね…』

「はあ…」

 頭は一応、軽く頭を下げたが、拓馬には正体不明の相手に変わりなかった。少女はUターンせず、そのまま出口のドアから出ていった。拓馬は始めてこの少女の異様さに気づいた。オーダー待ちなら席へ戻るはずだし、食べ終えたあとなら器とかがあるはずなのだ。だが、少女が座った席にはコップ、食器などは一切なかった。

「あの…、あそこにいたお客さん、何も頼まなかったんですか?」

 通り過ぎた店員に拓馬は思わずたずねていた。

「えっ?! 誰もいませんよっ!」

 店員は変なことを言う客だな…と怪訝けげんな顔つきで返した。拓馬はその瞬間、またゾクッ! と寒気がした。誰もいない…そんな馬鹿なことはない。現に声をかけられたじゃないか…。オーダーした品が運ばれ口へ運んだ拓馬だったが、茫然ぼうぜんとただ食べるだけだった。

 少女との四度目の出会いはなかった。だが、十日ばかり経った頃、拓馬は不思議な夢を見た。その夢の中へ少女は現れた。

『私は妖精です。あなたを好きになりました。あの宮殿でともに暮らしましょう…』

 夢の中の少女は輝く太陽を指さした。妙なことに太陽のまばゆい輝きはなく、それでいて明るく輝く光輪の中に、その宮殿はあった。

 次の朝が巡ったとき、拓馬の姿は忽然こつぜんと家から消滅していた。


                      完

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