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第十二話  来々軒

 仕事仲間で近所の幹夫と健太がいつも寄る風呂屋の湯舟に浸かりながら話していた。

「昨日さ、ラーメン、食ったんだけど、美味うまかったな。お前も食ったことあるか?」

 幹夫が赤ら顔の健太にたずねた。

「このあたりの店か?」

「いや、店じゃない。夜鳴き屋台さ」

「夜鳴き屋台? 知らないなぁ…。どの辺で?」

「俺の家の前を出たとこさ。斜め向かいの丸太まるた小路」

「丸太小路?」

 いぶかしげに健太が返した。それもそのはずで、健太の家も丸太小路のすぐ近くだったからだ。

「ああ…。おかしいなあ? お前も来々軒のチャルメラ、聞いただろ?」

「いや、知らない。来々軒っていうんだ」

 健太は、はっきりと全否定した。

「そんな馬鹿な話はない。夜、十時頃だぜ」

「いや、いやいやいや、それはない。その時間ならまだ起きてたからな」

「そんな馬鹿な! お前んと俺の家はすぐ近くだぜ。絶対、聞いてるはずだ」

「いや、聞いてない!」

 押し問答で、切りがない…と、少し逆上のぼせ気味の健太は浴槽から出た。幹夫もこれ以上、言っても仕方がない…と思ったのか、黙って浴槽から出た。

 健太は座ると湯栓をゆるめ、ジャブジャブと湯を出し、頭を洗い始めた。

「だったら一度、食べないか?」

 横へ座った幹夫は、健太と同じように頭を洗いながら、そう提案した。

「ああ、いいぜ…」

「じゃあ、今夜の十度に迎えに行く」

 話は簡単にまとまり、二人の話は途絶えた。あとは何もなかったように、二人は頭を洗い終え、もう一度、湯に浸かると上った。衣類を身に着け終え、二人はいつものようにコーヒー牛乳を飲むと風呂屋を出た。

「でも、おかしいぞ? チャルメラ…」

 急に健太がつぶやき始めた。

「まあ、いいじゃないか。今夜、分かるさ」

 その夜、十時前、幹夫は健太の家の前に現れた。健太も待っていたのか、すぐ玄関から出てきた。

「聞こえるだろ?」

「えっ? 何が?」

「ははは…馬鹿な冗談はよせよ。チャルメラ、鳴ってるじゃないか」

「…」

 幹夫には聞こえ、健太には聞こえていなかった。二人は歩いて、すぐ近くの丸太小路に出た。幹夫の目に来々軒の赤い提灯ちょうちんあかりが映った。だが、健太の視界の先はわずかな街頭の灯り以外、暗闇が広がるだけだった。

「ここだよ! な! 俺の言ったとおりだろ」

 こいつは完全にいかれてる…と健太は瞬間、思った。そういや、数日前は徹夜の仕事が続いていた…という思い当たるふしもあった。しかし、冷静に考えれば、健太だって同じ条件で徹夜が続いていたのだ。幹夫だけがいかれるのは妙だ…と健太は思った。健太はともかく、幹夫に話を合わせることにした。

「親父、二丁!」

『へい!』

 親父の声は健太には聞こえなかった。幹夫は屋台の長椅子へ腰を下ろした。健太には幹夫が空間に座っているように見えた。合わせようと幹夫に続き、見えない椅子に健太は座る振りをした。だが、その必要はなかった。確かに空間に椅子はあった。健太はゾクッ! と寒気さむけを覚えた。しばらくすると、闇の空間にラーメンのいい匂いがし出した。健太のひたいに冷や汗が吹き出した。

「どうした?」

「いや…」

 幹夫には見え、健太には見えないラーメン。だが、それは実に美味うまかった。

「親父、ここへ置いとくよ」

『へい…また、どうぞ!』

 店を出るとき、幹夫が金を支払った。その金がスウ~っと健太の前から消えた。健太は叫びながら一目散に走り出した。


                       完

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