A begining
Someday,I think that you're mother Fu**er.
「――――――以上で講義を終了する」
†
鉄筋コンクリート、過去の遺物が遺した文明が今でも抜群の性能を誇っているというのは、聊か現世に皮肉を流布させているようにしか思えない。血液でpaintingされた無粋な廊下を、篳篥はルナと歩を進めていた。
「以上、この講義を以て戦乱の嚆矢とせん、っつぅ感じだったな」
さして感慨すら擁していないpokerな顔面で、hologram装置を弄りながらルナが呻いた。
「それって、単に恰好付けた言葉を遣いたいだけじゃない」
「俺のことは言ノ葉遣いと呼んでいいぜ」「拒否」唾棄して、篳篥は脚を進める。
「戦闘に講義が必要なこと自体が狂気の沙汰じゃないかって思うんだが」
「道徳の講義、でしょう」篳篥が訂正すると、さもつまらなそうにルナは鼻で笑った。「最高」篳篥は彼がこれ以上笑ったところを見たことが無い。
「まぁあれだけ殺らかしちゃーな」
コロニーKS最終防衛線のことを言っているのだろう。
篳篥がルナ…つまり九条綺月、ハクイ…つまり羽咋祭と組んで戦線に立ったあの日。篳篥にはアレがつい先刻、三日前に行われたことだと信じられない。吐瀉物と腐臭、体液の香りが充満する戦線に特殊兵士として導入された【危険因子|(killerapplication)】である三人は、ルナを中心核として、僅か四日間で戦場を血の海へ変遷させてしまったのだった。戦線に立った兵士は500、鬼は十三匹。鬼によって殺害された兵士がおおよそ124人、犯された兵士がそのうち16人…女兵士は53人だった。そしておおよそ300人と鬼13匹を殺害したのが、篳篥ら三人というわけだった。
それ以外に、精神的に追い詰められた兵士が互いに強奪を繰り返したこともあり、…
「だから道徳で人の命の大切さを説いたわけ」辛辣に喀痰して、篳篥はルナを見上げた。
「女が唾吐いてんじゃねーよ」頭を軽く撫でてくるのを拒絶する為の挙措が、苦痛に替わる。
「っ…」「まだ…痛むのか」「別に」何かの菌に腐食されているのか、篳篥の右腕には蚯蚓が這っているような傷が出来ている。幸い、篳篥は左利きである。「流汗の勲章じゃない」そう繕っても、ルナの表情は変わらない。心配そうな表情ではない。あくまでpokerである。
「やっぱ実戦経験の薄い少年兵を三人で軍に投げ入れるってのは無理があるよな…殺したいとしか思えない」
「仕方ないじゃない。この能力が買われてるんだから」「飼われてるんだよ」と、ルナは即座に否定した。「俺達は家畜だ」
「家畜で結構。…PA-49が無事だから」又お前は、と嘆息する挙措も、篳篥には見覚えがある。いちいち癪に障る、と思った。「バッテリーは劣化する前に変えとけよ…サイレンサーかつ連射性能に長けてるんだから、相当電源喰うからな」「判ってる。何年使ってると思ってるの」そして、しまったと思った。
「―玲、お前それ、何年使ってるんだ」
「…」諦観した。「四年半」言うと同時に、早足でルナが篳篥の眼前に回り込んだ。
「……お前は、天才的な射的能力でKSに抜擢されたんだよな」「残念ながらね」
額を抑え、眼前の男が呻く。「…なら、お前、仲間を狙って撃ったのか」
「えぇ」ルナがもう一度何かを言おうとした刹那、向こうから誰かが歩いてくる気配がした。咄嗟に二人は距離を保ち、篳篥は早足でルナの先に歩いて行く。軍隊での男女交友は厳禁である。
上官が前から進んでくる。「…おはようございます」「…ん」頭の禿げた戦地には赴かない男に立ち止まらないまま挨拶する。敬礼すらせずとも看過されているというのは、反抗心と媚態に満ちた彼女の性格からすれば幸いだったのかもしれないが。裏を返せば。
つまり、篳篥玲は、上官にまで、忌避されているという、ことに。其処まで考えて、篳篥は自身の梼昧さに腹が立った。胃液が喉までこみ上げて、刺した。
精神的な腐敗と共に、先日の夜中に自身で縫い付けた腕の傷が膿む。ルナには何ともないと言っていたものの、裂傷から太古から物忌されてきた細菌が侵食してきている。「創感染…」懐かしい名だった。
汚物に塗れた鬼の、無機質な顔が眼窩に這って、何時までも鎮座している。「欲求」そう。奴らは欲求の塊、リビドーの悪魔だと、心の中で唾棄する。
人類の三大欲求、食欲、睡眠欲、性欲。
鬼は人類の成れの果て、生肉を貪り、夜間は絶対的就寝により活動せず、生物は家畜であろうが人間であろうが犯す。そう教授されてきて、そして事実を知って、滅ぼそうと思った。
「所詮は似てるからだろ、あいつに」背後に、いつの間にかまたルナが立っていた。「…煩い」肩に乗せられた手を反射的に払う。「私情は挿むなよ」いつものように、単調な起伏を保ち、ルナが言う。「死ぬぜ」
「判ってる」篳篥は憮然とした色を顔面にへばり付けたまま、背後にいるpokerに眼を遣った。「心は捨てろ。命は捨てろ。殺せ」「心も捨てるな、命も捨てるな」ルナは厭世的に囁いた。「俺みたいになる」
「上等よ」
ΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣΣ
―――――呟いた刹那の警告音に、躰が自然に反応する。「この音なら…KS第二機動要請ね」「第二かよ」勘弁してくれ、とルナが嘆く。「あそこのお偉いさん嫌いなんだ」「じゃぁ殺せば?じゃ、先逝ってる」詞を紡ぐと同時に篳篥は走り出した。PA-29のバッテリー残量をhologram装置で確認し、五十発をマガジンにリロードする。ポケットから取り出したフラッシュライトをレールマウントへ、またサイレンサーを設置してセミオート(トリガーを一回引くごとに一発の弾丸が発射される。連発できるフルオートよりも各一発の精度が高い)に変換する。「これで仲間に当てるってのも、なかなかね…」片手でくるくると弄んで、ポケットにそのまま挿し込んだ。無機質なリノリウムを駆け抜けて、転がるコードを飛び退いて、階段を駆け上がる。
第二機動講義室に飛び込むと、もう殆どの人間が揃っていた。「遅いぞ」上官が怒鳴る。「クズが」
「ボンボンは黙ってやがれ」篳篥は上官に怒鳴り返すと、息を切らしながら一番後ろの席に座り込んだ。
「……貴様、っ」拳銃を取り出しかけた上官が顔を上げた時、既に篳篥はPAの銃口を上官の額に合わせていた。「さて、どちらが速いか」揶揄するように、隣の席に座っていたハクイが笑った。最年少の餓鬼兵士は最近よく笑みを浮かべる。ルナと対照的に。「彼女には僕がきっちりと灸をすえておきますので」あばらに激痛。見ると、魔楼を改良した波動発生装置を手に掴んだガキ。「ハクイ…てめェ…」「すいませんでしたは?」「…」「素直じゃないな」白衣のポケットに手を突っ込んで、椅子の前足を浮かせぶらぶらと揺れる。上官は押し黙って、顔を逸らした。
瞬間、椅子の後脚を蹴られ白衣野郎はバランスを崩した。「っ!!」「お返し」
「どうした羽咋」上官に声を掛けられ、なんでもありませんと返すハクイの声には、悲痛を擁していた。
暫くしてルナも到着し、「九条、遅いぞ!」とどやされ、会議が始まった。
≪語句≫
・篳篥 玲/レイ…ヒチリキレイ。女。年齢は18、コロニーKSの若年兵士。主にスナイプ。ダガー、小型電動ガンを使用。
・九条 綺月/ルナ…クジョウキルナ。年齢は19、コロニーKSの若年兵士のリーダー的存在。特殊投擲ナイフの扱いに長ける。
・羽咋 祭/ハクイ…ハクイサイ。年齢は16、コロニーKSの最年少兵士。機械を得手とし、戦場に出ることは稀。
・コロニー…人類植民地。
・Harlem…対零卑唖専用気配周囲霧散装置。本来携帯電話の妨害として用いられていたごく簡易的な装置を戦場用に改造したもの。
・hologram…現代の携帯端末。腕時計の形状を取っており、そこから大きな電子画面が飛び出して操作可能。自身のデータや武器の情報、連絡等を確認できる。
・魔楼…マロウ。石油の消滅後、新たなエネルギー源として活用されている。詳細は後。
・PA-29…小型電動銃。サイレンサーがついているが簡易的なもので、戦闘には向かない。本来はモデルガンとして活用されていた。現在受注は殆どなく篳篥の持っている物もオリジナルである。
神崎、15、男子学生です。