第94話 絆と涙と満月姉妹の修学旅行⑨―満月姉妹集結―
「ぴ、ピコリ……本当にピコリなのか?」
いつものザ・一般人な風体とはあからさまに違う、黒と橙を基調とした武装を装備し、物々しい雰囲気かもし出すピコリに、サバキは問いかける。
ピコリは吐き捨てるように答える。
「この顔見れば、フツーにわかるよねそんなこと? いつからバカになったのサバキ?」
ピコリはこんな口の利き方しない。ピコリの様子がおかしい――と、サバキは思いつつ、確信を得る半分、期待半分でピコリにこう言う。
「ピコリ、自分は貴様を助けに来た。さぁ、早くここを出……」
「断る。逆に何で今サバキ姉さん――いや、もう敬称つけんのかったるいからやーめよ――サバキに助けられなきゃいけないわけ?
何でウチの大事な修学旅行を台無しにした元凶に助けられなきゃいけないわけ? そこんところ説明してよ。三百文字以内に。ねえ、ねえ、ねーえ?」
「……」
「あ、黙った。ま、どーせ答えられないと思ったけどね。だってこうなったのはぜーんぶ大事な妹よりも、生徒会長っていうプライドを優先したお前のせいだからねー」
「……確かにその通りだピコリ。だからこそ、自分はピコリを助けたいと思っている。プライドうんぬんをおき、ピコリと向き合って謝りたいのだから」
「様を付けろよ頑固野郎! そしてもうお前なんかに謝られる筋合いもない! ウチはお前ら全員に、これまでの恨み全部百倍にして返してやる!」
ピコリはキーボードめいた大剣を構え、交戦の決意を訴える。
「……そうか。ならすまない、もう一度だけ、過剰に厳しい姉に戻らせてくれ」
ピコリはもはや話が出来る状態ではない。
サバキは事実を受け入れ、少し遅れて、拳を構える。
「手荒になるが、一緒に帰るぞ、ピコリ!」
「やなこった! お前の悲鳴を伴奏にして、最ッ高のヤツを奏でてやる!」
先手を打ったのはサバキ。彼女は小手調べとしてシンプルに殴りかかる。
ピコリは大剣を手元に浮かせて、その鍵盤を弾く。と、大剣を中心に、周囲に音波が拡散し、サバキを吹き飛ばす。
「ぐっ、音波攻撃!?」
これで無闇に近づくとよくないことは十分にわかった。
だからサバキはピコリの音波が届かない場所から、ルマを弾丸の形にし、ピコリの胸めがけ数発撃つ。
ピコリが周囲に音波を発しバリアを形成し続けているため、ルマの弾丸はピコリに近づくと激しくブレる。
が、元々ルマはゲル状であるため、形がグニャグニャにはなるが、消え失せることは無く、ピコリの肩に命中した。
「くっそ、わりかし気持ち悪いなこれ……折角人様が気持ちよく演奏してるっていうのにさぁ!」
ピコリはさらに激しく大剣の鍵盤を弾く。
すると大剣より、広がる範囲を狭めた音波が、ビームめいてサバキめがけて飛ぶ。
サバキは横に転がりこれを回避。音波は代わりにコンクリート製の壁に当たり、サバキの背丈と同じくらいの直径のクレーターを作った。
「一度避けたからって図に乗るなよ! ウチの殺戮音楽は無限にループ再生される! お前を徹底的に痛めつけてやるためにねッ!」
ピコリは鍵盤を弾き続け、絶え間なくサバキに音波を放つ。
このピコリの攻撃の苛烈さと執念に、サバキは複雑な気持ちになる。
(自分は、ここまでピコリを追い詰めてしまったのか……だが、自分はまだ折れないぞ)
サバキはピコリ救出の糸口を探りつつ、ピコリの演奏が響き渡るこの階層の中で、ひたすら回避を続ける。
「ふふふっ、いいね、いいねぇ! その無様な逃げっぷり! ウチのテンションも高まってきたよぉ! けどこれだけじゃあ、ウチは満足しないよ! お前だってイントロだけの曲なんて嫌でしょ!」
*
一方その頃、下の階では。
「ほら、上の方が騒がしくなってきたっスよね? これが五人目のイルミネーターズ、満月ピコリ様のパワーっスよぉ!」
ワノは、チャネルバットによる武器射出をわざわざ一時停止させて、マジナに言う。
「……で、君たちはピコリに何をしたんだい?」
「ピコリ様に『エモインスレイブ』を与えただけっスよ」
「へぇこれは素直に答えてくれるんだ。で、その『エモインスレイブ』ってのは一体何なのかな?」
絶望感を与えるため、ワノはあえてピコリの現状を説明する。
「簡単に言うと怒りとか憎しみとかの感情を爆発させると同時に、それを力に変えるモノっスよ。
で、それをアタイたちが与えた結果、ピコリ様はこれまで溜まっていた、アンタらに対する鬱憤が大・爆・発! 『アンタらを倒す』って躍起になった――アタイたちの思い通りに動く殺戮兵器になったんスよ!」
「なるほど、さっきの『姉妹に苦しめられろ』って言うのはそういう意味だったのか。
あとピコリを襲ってさらう前に、ピコリがサバキを恨むように一芝居打ったのは、そのエモインスレイブの力を発揮させるためってことか。はぁ、とことんゲスな伏線回収だ」
「ま、あんな三文芝居しなくても元々ピコリ様はあなたたちのせいで相当鬱憤が溜まっていたようっスけどねぇ。
何もかもが強引な姉、言動全てが下品な姉、とことん頑固な姉、こんな三人の姉に振り回される。
自分よりも優等生な妹、自分よりも気の強い妹、こんな二人の妹に慕われない。
これらの結果、とにかく鬱憤が溜まってたらしいっスよ?」
「説明どうも。おかげさまでますますピコリを助ける気持ちになったよ。こんなゲス野郎とっとと倒してピコリに色々話さないと」
「どういたしましてっス。そして、これから上であなたの姉が妹にされるのと同様に、いい加減あなたはアタイに負けて貰うっスよぉ!」
まず、ワノは己の眷属チャネルバットの数を減らし、三体を自分の側に滞空させる。
次に、一体のチャネルバットは無機質な馬の意匠が散りばめられた戦車を出し、ワノは搭乗する。
続いて、もう一体のチャネルバットは、片端が何かを掴めそうな爪のようになった鎖を出し、ワノが手に取る。
そして、鎖を振り回すワノを乗せた戦車は、猛スピードで暴走する。
「ヒィィヤッハァッッッ! これぞ量より圧倒的な質を優先したアタイの最上級のサービスっス! 遠慮ゼロで受け取りやがれっス!」
ワノは鎖の爪がついた方を、マジナに向けて投げつける。
マジナの前に、橙竜『Bhmthon』が堂々立ち塞がる。
しかし、ワノが投げた鎖の爪が大きく開き、Bhmthonの身体をガッチリと掴む。
「ちっ、無駄に忠実で無駄に邪魔なドラゴンっスね。
まぁいいや、コイツでデモンストレーションでもしてやるっスか!」
ワノは戦車の暴走を利用し、鎖で捕らえたBhmthonを引きずり回す。
「バ、Bhmthon!?」
「さぁ、これでおしまいっスよぉ!」
ワノは鎖を思いっきり引っ張り、Bhmthonをこちらに引き寄せ、三体目のチャネルバットから……
「させるかぁ!」
マジナは紫竜『O』を掴み。それを赤竜『Hellkite-W』に噛まさせる。
マジナはHellkite-Wに引っ張られ、暴走する戦車に乗るワノに急接近し、ターザンジャンプの要領でとびかかる。
「いいや、するっスよぉ! 本人が飛びかかって来たのなら尚更ねぇ!」
ワノは三体目のチャネルバットから、巨大な刃付きローラーのような何かを取り出す。 高速回転するこれをマジナに押し付け、マジナを霧散させた。
「あ、これはヤバいことになったかもっス……アタイとしたことが、生け捕りにする対象を消してしまったっス。
え、消えたんスか? 人が、霧みたいに?」
この階層で暴走する戦車の上から、ワノは周囲を見渡す。
「「「ざーんねん、それは偽物だよ」」」
するとこの部屋に、大量のマジナがいた。
数々の異世界を渡り歩いて来たワノは、これまでの経験を照らし合せて冷静に考察する。
「ははん、なるほど、やっぱし幻影っスか」
マジナの八竜の一体、白竜『JavaWock』は、幻影を作り出す能力を持つ。この階層にいる大量のマジナは、それにより生み出された幻影である。
「ちいっ、こんな竜の一匹二匹に構ってられるっスか! 奇襲を決められる前にとっとと元締めぶちのめしてやるっスよ!」
ワノは雑にBhmthonを壁にぶん投げる。
そして、戦車で轢くなり、爪付き鎖で引きずるなり、刃付きローラーですり潰すなりして、自分の近くにマジナをことごとく攻撃する――そしてどれもこれも幻影故に、霧散する。
「ちいっ、本物はどこっスかぁ! このや……どぉっ!?」
突然、ワノの戦車が急停止した。
慣性でワノは体勢を大きく崩し、危うく戦車から振り落とされそうになるが、両手で縁を掴み、かろうじて留まる。
「QYEAAAHH!(よっしゃ、ばっちり止めたでぇ!)」
「NIN!(任務達成でござる!)」
「GOOOOW!(それと、自分の報復も叶いそうだ!)」
Bhmthonと、槍を携えた青竜『PORTRON』、トカゲか忍者に似た緑竜『BASLC』――二本足で立つ、マジナの竜三体は、各々の力を振り絞り、ワノの戦車を押さえ止めたのだ。
「よっしゃ、ありがとうPORTRON、Bhmthon、BASLC! そしてワノ! 今度は君がおしまいになる番だよ!」
ワノはこの声がする方――背後を振り向く、と、マジナが先程同様、ターザンジャンプの要領で飛んできていた。
しかも今度は片手に、放電が出来る黄竜『SGL』を持って。
「さぁ、痺れろ!」
マジナはワノにSGLを押し付けようとする。ワノは慌てて、鎖とローラーを突き出す……つもりになる。
「しまった! さっきの急停止でアタイは……」
ワノは遠くに転がる鎖とローラーを見て、吸血鬼故に元々蒼白な顔をより蒼白にさせた。
だがワノの執念はまだ潰えていない。ワノは大慌てで自分の側に飛ばしていた三体のチャネルバットを、自分とマジナの間に配置。それらに盾を出させ、マジナを一旦止めた。
「ようし、これでひとまずマジナはよしっス……で、お前ら三匹! アタイのご自慢の戦車を止めんじゃねーっスよ!」
ワノは再び正面を向き、戦車を押さえる三竜の頭上にチャネルバットを召喚し、彼らに武器を射出する……
「おっと、私はこれでは終わりはしないよ。それと、君の最低な夜もね……準備は出来たね! IrrynCrash!」
「ほい、バッチリ準備できたけぇの!」
と、ワノの戦車の側面を睨む。
黒竜『IrrynCrash』は口を大きく開き、そこから眩い光を溢れ出す。
その側に隠れていたJavaWockは鳴く。
「JAVAVA!(ゆけい、IrrynCrash! 我らマジナの八竜の意地を見せてやれ!)」
「うりゃぁぁぁぁ! これが私の叡智の結晶『IrrynCrash砲』じゃけぇぇぇぇぇ!」
IrrynCrashは、これまでの撹乱作戦中に溜めていたエネルギーを、口から極太レーザーとして発射する。
「ワノ、君はどうやら私を倒すことに躍起になりすぎたようだね。それじゃあ、今日以上に最低な夜が来ないことを祈っておくよ」
マジナと竜たちがワノから離れた直後、彼女は防御・回避共に間に合わず極太レーザーを側面から浴びる。
「し、しまったじょぉぉぉぉ!?」
これにてワノが乗る戦車は、大きく吹っ飛び、壁に刺さるように激突した。
「……と、とでも、とでも言うと思ったっスかぁ!? 吸血鬼の耐久力舐めんじゃねえっスよ!」
直後、ワノはベコベコの戦車から降りて、マジナを睨みつけた。吸血鬼特有の耐久力で生き長らえたのだ。
「ふぅん、まぁいいや、また何かしら考えて、君に最低な夜を与えてくれるよ」
「何が最低な夜っスか! 夜はアタイら吸血鬼の本拠地っス! 勝手に私物化するんじゃねぇっスよぉ!」
ワノはチャネルバットを己の周囲に召喚し、反撃態勢に入る。
マジナと八竜も各々構え、ワノの動きに用心する。
この時、二人と八体の頭上でゴゴゴゴゴと、不吉な音が鳴る。
「な、なんだいこれ……って! て、天井が!」
「BOOOW!(マジナ様、危ない!)」
突如として天井にヒビが入り、瓦礫が落ちる。
ワノはチャネルバットから出した盾で、マジナは八竜の連携で身を守った。
遅れて、一人が落ちてきて。一人がふんわり下る。
「ぐうっ!」
一人は犬耳を生やした、青色の髪の少女――サバキ、それもかなり負傷した状態。
「こ、この歌詞がまるで聞き取れない歌は……まさかの床をぶち破っての登場っスかぁ! ピコリ様ぁ!」
もう一人は、高ぶる感情に身を委ね、己が好きなポスト・ハードコアの曲を歌い、自分の周囲に強烈な音波を発し続けるオレンジ色の髪の少女――ピコリ。
「さ、サバキ! 大丈夫かい!?」
マジナは傷だらけのサバキの元に駆け寄る。
「ちっ、人が気持ちよく歌ってる最中に癪に障ることしないでよぉ! ライブ中は無闇矢鱈に立ち歩くなって学校で教わるだろうがぁ!」
ピコリは大剣を、マジナの方を向いて振るう。縦一文字の巨大な斬撃のような音波がマジナに飛ぶ。
マジナは持ち前の反射能力で、後ろに跳び回避する。
サバキは、Bhmthonに支えられて立ち上がりながら、
「じ、自分は大丈夫だ……それより自分自身の身を心配しろ……今のピコリは……危険だ……」
「危険……確かにそうだね。今のピコリ、物凄く近寄り難い雰囲気かもし出してるねぇ」
「QYEAHHHH!(よくもワシらの大事なマジナに攻撃したなぁ、ピコリ! 今仕返しに行くから待っとれい!)」
主人を攻撃され、怒り心頭なPORTRONは、ピコリに突撃し、その槍を当てる……
「QYEA!?(ウゲェ!?)」
……前に、彼女を中心に放たれる強烈な音波を浴び、派手にふっ飛ばされる。
「無限列奏。曲を奏で続け、歌い続け、感情が高ぶり続けると成れるエモインスレイブ装備者の強化状態っスよ……」
そう言うワノの後ろで、チャネルバットはパーツを出して防音小屋を組み立てる。
「それじゃあ……とことん後悔しやがれっス! 鳴り止まぬ憤怒に乗っ取られたピコリの圧倒的強さと、あなたたちがした業の圧倒的深さにねぇ!」
ワノは組み上がりたてホヤホヤの防音小屋に入り、身の安全を確保するのだった。
「さぁ、リスタートだ! サバキ、スケベ野郎! もっと声出していけ、ウチの歌をお前らの悲鳴でもっと盛り上げろ!」
ピコリは再び歌うと共に、大剣を滅茶苦茶に振り回す。サバキとマジナに沢山の音波を放つ。
「君たち、ここは危険すぎる、一旦休んでくれ!」
マジナは八竜を一旦カードにして胸の谷間に戻し、己の身体能力をフル活用し、音波を避ける。
サバキも同じ様に音波をかわす。だが、彼女は満身創痍故に、あまり大きな動きが出来ない。
「サバキ! 来てるよ!」
「……わかってる! だが、すまない……」
故に、迫りくる音波全てをかわすのは、無茶な話であった。
これを悟ってか、あるいはピコリをこのような状態にした自責のせいか、サバキは諦めたように棒立ちする。
音波は、情け無用にサバキへと迫る。
「『滾る水のスパイラルモデル』!」
サバキの前に渦潮ができる。音波は渦潮により軌道を曲げられ、サバキは命拾いする。
「ふん、これはただの気まぐれじゃぞ。大いに感謝するがいいのじゃ!」
「諦めるなんてらしくないよ、サバキお姉ちゃん!」
「ありがとよルシェヌ。サバキ、ユノスの言う通りまだ諦めるんじゃねえ! オレたちが来たんだからよ!」
サバキの背後から、聞き覚えのある……というより、もう耳に住み着いたような声がする。
そこに誰がいるのかはもうわかっている。けれどもサバキは、とにかく胸が熱くなり振り向く。
「ようやく来たか……みんな!」
「その前にありがとうでしょ、サバキ」
振り向いた先にいたのは、当然、コーリン、ユノス、ルシェヌ。
これにて満月家の六姉妹が、数分ぶりに集結した。
「やっと来てくれたんだね……コーリン、ユノス、ルシェヌ!」
【完】




