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第66話 母親日和

 世の中には大小様々な矛盾が存在する。


 漫画家は『実際には有り得ない物事』を描くために『実際に有り得る物事』を体験しなければならない。これもまた矛盾である。


 そして今回、一応漫画家の肩書きを持つ満月家の五女、ユノスはそれと向き合わされる。


*


『お久しぶりです、満月ユノス先生』


「こちらこそお久しぶりです、春祭さん」


 ユノスはビデオ電話で出版社『境迅社』の編集者、春祭パンナと話していた。


『前回(※第53話参照)はこちらの不手際で、せっかくの先生の頑張りを無駄にしてすみませんでした』


「大丈夫です。ボクあんまり気にしてませんから」


『そうですか、それは安心です……さて、本題に入りましょう。今回先生に打診しに来たのは、予め送ったメールの通り、「コミカライズの依頼です」』


「はい、見ました。『異世界転生したら全属性魔法が使えるお母さんもついてきました』っていうライトノベルのコミカライズですよね」


 ここで一つ解説を入れるとしよう。

 ライトノベル『異世界転生したら全属性魔法が使えるお母さんもついてきました』とは、タイトル通り、主人公がチートな母親と一緒に異世界を冒険する。こんな具合の作品である。


 某小説投稿サイトで既に千万PVを記録し、既に五巻書籍化され、さらにはアニメ化も決まっている、なんだかんだ言って今人気のある作品だ。


『そのアニメ化のタイミングとほぼ同時に、コミカライズを発表し、一気に利益を生み出す……それが私たち「境迅社」の戦略です。

 そして、前回拝見した先生の腕前を買って、コミカライズの役目を先生に任せたいというのが編集部の意向です。

 ではこの話、先生はどうしましょうか』


 いい加減自分のオリジナル作品を世に大々的に発表したいのが今のユノスの『仕事』だが、自分はまだその段階にいないのは重々承知。


「はい、喜んで受けさせていただきます」

 なのでユノスはこの仕事を『仕事』の足がかりにするべく、二つ返事で受け入れた。


『ありがとうございます。ではまた原作一巻のデータをお送りしますので、今日から二週間後までにそれを読んで、まず先生なりに仕上げた一話分のネームをこちらに見せてください』


「わかりました」


『では、今回はいい仕事をしましょうね』


 かくてユノスに新しいコミカライズの仕事が舞い込んだ。


 数分後、ユノスは『異世界転生したら全属性魔法が使えるお母さんもついてきました』を一通り目を通して、思う。


(なんかこのお話、お母さんがお母さん感しないなぁ。

 ずっと主人公のことを『お母さんだから』ってかこつけて、過剰に保護してるだけのマシーンみたい。

 不思議だなぁ、こんなのがアニメ化なんかにまで届いているなんて……)


 その腑に落ちない様子を、彼女の召使い、アザレアは察知し、尋ねる。

「お悩みですか? マスター?」


「このコミカライズしてって言われたお母さんメインの漫画、何かそのお母さんがお母さんっぽくなくて、なんかかゆいんだよねー、ボク」


「でしたら、マスターお得意の話の誇張で、どうにか脚色すればいいのでは?」


「それボクも同じこと考えてた。けど『お母さんらしさ』って何だろうって、ずーっと頭の中でぐーるぐるしてるの」


「チヨ様のことを考えればいいのではないですか?」


「そうだよね。けど……」

 言われてみると、ユノスはチヨのお母さんらしいところを見たことがあまりない。

 というより自分が家事を手伝いまくっているせいで、お母さんらしさを奪っているとも言えなくもない。


 だからユノスは考えた。それでユノスはチヨの元に行き、

「お母さん」


「ん、どうしたのユノス」


「明日お母さんのこと観察してもいい?」

 と、交渉を仕掛けた。


「え、いいけど……明日、ちょっと仕事があるから、着いていくと休みの日が結果潰れちゃうと思うけど、それでいいの?」


「うん、いいよ」


「わかった、じゃあ明日は……」

 ここでチヨは違和感に気づく。

「……なんで急にこんな頼み事したの?」


 ユノスは即答した。

「取材だよ」


 漫画のために取材をする。そんなユノスはやっぱり仕事熱心だなぁ。

「……まぁ、わかった。じゃあ明日ね」

 そう思いつつ、チヨは一応了承した。


(よし、明日はいっぱいお母さんのお母さんらしいところをみよう)


*


 翌日。

 その日は土曜日で、さして急いで起きなければならないという日でもない。だがユノスは早朝から起きて、


「ごめんユノス、ちょーっと気が散るから、凝視するのはやめて」

「うん、わかった」


 チヨの活動を観察するのだった。

 

 まずチヨは人数分の朝食を作る。ユノスは『どうせなら自分が作りたいなぁ』と思いながらも、チヨの料理の腕前を拝見する。


 その間チヨは思う。

(ただ適当に朝ごはん作ってるだけなのに、これが何の役に立つんだろう。

 まさかユノス、漫画の取材とかこつけてあたしが『出来るお母さん』か試してるんじゃあ……)

 そう考えるとチヨは、自然と家事に熱が入る。故に普段は使わないような計量カップや調味料を取り出し、いかにもな感じを出す。


「ふんふん」

 もちろんユノスはそのある意味『無駄』な頑張りも観察する。


 それから『少しでもいいお母さんに見られるように』と、チヨは掃除洗濯……その他家事諸々を、出来る限り全力を出して行った。

 それにずっとついて回っているユノスは思う。


(うーん、まだお母さんらしさってのがよくわかんないなぁ。というより、お母さんいつもより頑張ってる、というより虚飾してるように見えるなぁ)


「うっし、今日の家事終わり!」

 すっかり朝になった頃、チヨは出来る限り全力で家事を終えて見せた。


「どう、ユノス!? お母さんどうだった!?」


「うん、可もなく不可もなくお母さんしてたと思ったよ」


「そう……さて、今日は……ちょっと会社で仕事しなきゃい……」


「それ、ボクもついていく約束でしょ」


「え、本気でそこも見るの……」


「うん」

 

 別にそこまで観察しなくても、と、喉まで出かかったチヨだが、

(こりゃ完全に、あたしのこと試してるなこれ……)

「わかった。けどユノスなら、まさかだと思うけど会社に迷惑かけないでね」


「わかってるよ、お母さん」


 こうしてチヨは、ユノスの思考を過大解釈したまま、彼女を会社にまで連れていった。


*


 出勤時、チヨとユノスは、親会社の社長であるロスイに出会う。


「あ、ユノスちゃん。お久しぶりね。元気にしてた?」


「はい」


「それで、今日はどうしてチヨさんに同行してるの?」


 それについてはチヨが代わって答える。

「どうやらユノスが『お母さんらしさ』を知りたいらしくて、今日からずっとあたしを取材しているんです」


「そうなの。で、どうユノスちゃん。知りたい情報は知れた?」


「まだピンときてません」


「そう。じゃあこれからお母さんの仕事ぶりを見て核心を掴むつもり?」


「そうです」


「ですってよチヨさん。今日は普段以上に頑張って仕事しないといけませんよ、ねぇ?」


「……は、はい」


 娘と上司、双方よりプレッシャーをかけられ、チヨは自信を五割削ぎ落とされた。


 とはいえども、チヨのプライドはまだ燃えている。母親としての態度をユノスに適当に示すつもりはさらさらない。


「そこ、なるべく早く書類を片付けて!」


 故に、チヨは『ベーカリーカフェ・ミツキ』の社長として、そしてユノスの母親として、敏腕に振る舞う。


「何か今日の社長えらい気合い入ってるな」

「隣に娘さんがいるから、きっとかっこつけたいんですよ」


「そこっ、口を動かすのもいいけど手を動かすのを優先して欲しいかな?」


「「は、はい」」


(うっし、いいぞチヨ! ……若干パワハラ上司に片足突っ込んでる気もしなくはないけど、デキるお母さん感は絶対ユノスに伝わってるはず!)

 と、自信をつけるチヨに対し、ユノスはオフィスの邪魔にならない所で、黙々とメモを取っていた。

 その時のユノスの表情は、微笑みだった――これはユノス的には、さして特別何かが起きてない時にする表情である。


*


「はーい、みんなお疲れ様ー! 明日はしっかり休んでねー!」


 そして仕事は終わり、チヨの『社長お母さん的パフォーマンスタイム』も終わった。

 皆がタイムカードを切っていくのを横目に、チヨはユノスに尋ねる。


「どう、お母さんらしさ、感じ取れた!?」


「ごめん、いまいち感じ取れなかった」


「ガックシー!」

 チヨはこれまでの疲労相まって、豪快にズッコケた。


「いたた、なーに古典的なリアクションしてるんだろうあたし……ねぇ、どうしてこれだけやってもピンとこないのユノス?」


「こないものはこないものだよ。しょうがないけどごめんね」


「いえいえ、こちらもピンとくるものが提供できなくてすみません……」


 かくて二人は何も得られず、会社を出て車に乗る。

 チヨは車を運転しながら、バックミラー越しにユノスの様子を伺う。

 相変わらずの微笑みで、スマホを眺めていた――到底満足いってなさそうだった。


(まずい、まずい、このままじゃあたし、お母さんらしさを全然提供出来なかった事になっちゃう。もう一手、何か打たないと……そうだ!)


 何やらひらめいたチヨは、車のルートを変更する。


「あれ、この道、家の方じゃないよね? どこか寄り道するの?」


「ドーナツ屋さんに行こっかなーって思ってさ! 今日は何か気分がいいからねー! あはは!」


 ユノスの好物といえばドーナツ。

 このルート変更は、『食べ物でユノスを惹きつける』という、安易な作戦のためのものだ。


「そっか。ありがとう、お母さん」

 と、言いつつ、ユノスは、より口角を上げる。


「どういたしまして」

(よっし、ドーナツ作戦が効いたかこれ!?)


「ボクわかった。お母さんはお母さんらしいって」


 チヨは思った。

(よっしゃ、やった! やっとこさ認められたよー! チヨやったよー!)


「ボク、このラノベと今日のお母さんの様子で気づいたんだ。

 このラノベに出てくる過保護マシーンなお母さんも、今車を運転してる、無理にお母さんっぽく振る舞おうとするお母さんも、みんなそれぞれお母さんらしくあろうとしている『お母さん』だ。って」


「あ、そういう認め方なんだ……」


「だから、今日はボクの取材に付き合ってくれてありがとうね、お母さん。これで良い漫画が描けそうだよ」


 チヨは目から熱いものをこぼしそうになりながら、

「こちらこそありがとう、あたしのしょうもないお母さん気取りに付き合ってくれて」

 ルートをドーナツ屋行きから、自宅へのものへ戻そうとした。


「どういたしまして。けどドーナツ屋に行くのは取りやめないでね。七人に一個ずつでもいいから買って欲しいな、ボク」


「あ、はい……」


 この後、ユノスはその日の取材を経て得た、『母親らしさとは何か』を漫画に織り交ぜたネームを提出、そしてすんなりと漫画アプリでの連載が決まったのであった。


 ……が、肝心な原作のアニメがウケなかったため、その煽りを受けてメディアミックスの縮小が決定。

 ユノスのコミカライズ作品は、打ち切り漫画特有のやたらと分厚い一巻が出て終わった。


【完】

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