第50話 家具販売店と信号機トリオ
日曜日の満月家宅にて。
チヨは自分の書斎兼自室でノートパソコンに向き合っていた。
カフェチェーン店の運営会社の社長として、休みの日であろうとも仕事は少なからず残っているのだ。
「さーて、あと少しで終わりかな。して、この後何しようか」
ここで事件は起こった。
突然、チヨの頭の上からガタガタと、何かが崩れる音がした。
「……今度は何をしたんだろう」
チヨは書斎を出て、物音の現場――二階の娘六人の部屋に行く。
「一体どうしたの?」
その瞬間、チヨはその非常にわかりやすい状況を解した。
「教科書がダダーってドミノみたいに倒れただけ」
と、マジナは、床に盛大に散らばった教科書を片付けながら言う。
「いやぁ、高校って教科書多いよね。折角綺麗に机に立てて置いたのに、ものの数分でイっちゃうなんてひどいなぁ」
前後逆で椅子に座っているコーリンは、その様を思い出してケラケラ笑う。
「さっきから頑張っているのを見てたが、はっきり言って無駄だぞ。お前のいう通り物量が凄いんだから」
彼女の背後にある机は、教科書が無造作に重なり、塔の形を成していた。
チヨは他の机も見る、そして理解する。どうやらみんなも、教科書を立てて置くことを諦めたようだ。
真面目なサバキも例外ではなく、彼女の机には、重い物から下に積まれた教科書の塔と、持て余されたブックスタンド二つが整然と置かれていた。
チヨは尋ねる。
「やっぱり綺麗に置くの難しいの?」
マジナが答える。
「簡単だったらこうはなってないよ……はぁ、もう少しブックスタンドが気張ってくれたらいいのに」
「つーより、あれだ、収納がもっとあれば良いんだがな。この机、家具屋のCMで見るような引き出し付きの立派な机じゃないからな」
チヨは申し訳なさげに、
「受験シーズンに急遽用意した、安い机だからね。すっかり収納面が抜けてた、ごめん。じゃあ、いこうか」
「「どこへ?」」
「決まってるでしょ、家具屋さんに」
というわけで、チヨはコーリン、マジナ、サバキを連れて家具屋へ車を走らせた。
車内で、サバキはチヨに聞く。
「……何故、自分が扱いづらいと思っている面子なんだ」
「荷物のために役立ちそうだから。どうせなら六人全員連れて行きたかったけど、わちゃわちゃすると嫌だから」
「その荷物は運ぶものの意味であってるのか……?」
「それしかないってば。だって三人とも、姉妹の中じゃパワータイプだろうし」
「別なパワーもなくない……これ以上聞いていても堂々巡りだからやめておこう」
「ねえ姉御、サバキと母さんは何を話してたの?」
「さあ、知らねぇ?」
チヨと三人は家具屋に到着し、入店する。と、おしゃれ以外の何物でもないモデルルームの展示が、真っ先に四人の目に入る。
「うわぁ、何このリビング。家よりも遥かにイケてる」
「まるで家が汚いみたいな言い草だな、マジナ殿」
「そりゃ考えすぎじゃねえか? サバキ」
「インテリアデザイナーか何かが作った、『揃えて買ってほしい』っていう宣伝のための部屋だからね。
流石に普通の人にはこんな居心地良すぎな部屋は作れないよ」
「お、靴脱いで上がっていいって書いてあるぞ。んじゃあ遠慮なく」
「じゃあ私も。わぁ、すごい、空気からして何か違う気がする」
チヨのぼやきを無視して、モデルルームに上がりこんだコーリンとマジナへ、サバキは怒る。
「貴様ら、ここに来た目的を忘れたのか!?」
「収納でしょ? ほら、ここにいい感じの棚があるじゃん。近くでじっくり触って見てみてよ」
マジナはサバキをモデルルームに引きずり込み、棚を触らせる。
「……普通の木の棚だろうが。わざわざここに入って見る物でもなかろうに」
外でその様子を見ているチヨは、サバキに尋ねる。
「ところでその棚いくらなの? デザインがいい感じだから買えたら買いたいと思うんだけど」
「ええと、値札値札……六千五百九十九円」
「じゃあ却下。みんな、ここは撤収するよ」
「「「はい」」」
モデルルームを出た三人と、チヨは収納エリアを目指して店内を歩く。
「ん? 何だこの四角」
道中、四人は丸みを帯びた布製の立方体とすれ違う。
チヨは言う。
「ビーズクッションだよ。俗に言う『人をダメにするクッション』」
「人をダメにする? それはどういう意味だい?」
「それだけ座り心地がいいんだよ……あ」
チヨは遅れて後悔した。この話題は収納エリアから三人を遠ざけてしまうことに気づいた……
「うわぁ……ヤバいよこれ、フィット感が凄くて、特に腰回りが気持ち良すぎるぅ!」
いち早く腰掛けたマジナは、あまりの座り心地に感嘆する。
「マジかよ、代われ!」
コーリンはマジナと交代し、そのクッションに腰掛けた。
「うはは! 何だこれ、本当に飲み込まれるみてぇだ! もう立ちたくない!」
「案の定だ。コーリン、マジナ、あまり脱線しないで」
「然り、母さんの言う通りだ。たかがクッションごときで騒ぐな」
「サバキ、そういうヒドイこと言うなんてあんまりだよ」
「そうだ。『クッションごとき』呼びはこのクッションに失礼だ。ほら、替わってやるから座れ」
コーリンは立ち上がり、サバキにクッションに座るよう促す。
サバキは収納探しから脱線したくない故に、最初は頑固拒否するが、コーリンがそれ以上に頑固に誘導するので、しぶしぶ座り、
「くぅーん……」
受験に受かった時ですらも、誰にも見せたことない至福の表情でリラックスした。
「くぅーんって、犬かお前は」
「犬でしょ、姉御」
数分後、ようやく収納物のエリアに四人は辿り着く。
だがしかし、ここに来て別な問題が発生する。
「ごめんみんな、ちょーっと待って。なるべく早く決めるから」
食器コーナーを通り過ぎた際、チヨが魅力的な商品の数々に引っ張られてしまったのだ。
「このお皿、陶器みたいな質感なのにすごく軽い。このトレーも食器が滑りにくいんだ……うわー、これあったらあたしとユノスが楽になりそう!」
「あ、あのー、母さん。そろそろ棚売り場に行かないか?」
「はっ、ご、ごめんサバキ! わかったわかった、すぐ行く!」
家具屋とは思いの外魅力が多い。それを身を以て反省した四人だった。
*
そしてチヨたちは、収納物売り場に着く。
チヨはいくつも並んだ収納物らにより、優柔不断にされる。
棚やケースを見てもなんとも面白いと思わないコーリンとマジナは、この母親の姿をじれったく思う。
「一番安いのでスパって決めていいんじゃないのか?」
「そうそう、あとは部屋に収まりそうな感じのでテキトーにしていいと思うよ?」
「そういうのって壊れやすかったりするの……えと、ごめん後でメッセージで連絡するから、他行って暇つぶしてて!」
さっきまでの急かしは何だったのか。という疑問はどこかに放り投げ、三人は言われた通り、他所で暇を潰す。
「くぅーん」
サバキは迷わず、再びビーズクッションに腰掛けた。
一方マジナとコーリンは、ペット用品売り場に寄る。
「どうして家具屋なのに家具以外を売ってるんだ?」
「暮らしのものなら全部売るって魂胆なんじゃない?」
「そうか、ならついでに買えて助かるだろうな。ま、オレらはこれを買うためにここに来たんじゃないけど」
コーリンは骨のおもちゃを手に取り、マジナと一緒にさっきのクッション売り場へ。
「くぅーん」
「ほれ、お前これ好きだろ。持っとけ、そして母さんに買ってもらえ」
リラックスしているサバキの手に、骨のおもちゃを握らせ、コーリンはマジナと逃走した。
「家具ってこんなに種類があるんだね、姉御」
「だな。どうりでこんなデカい店構えしてるわけだ」
あの後、コーリンとマジナは特別どこにもいかず、フラフラと売り場を歩いていた。
やがて二人は壁紙売り場に流れ着く。
「壁紙……なるほどな。これを壁に張れば部屋を障子部屋みたいになるのか」
「紙っぺら張るだけで部屋の雰囲気を作り変えるとはね。雰囲気ってすんごい大事だってのは、ここの世界も変わらないみたいだ」
「雰囲気は本当に大事だな。軍旗があるかないかで士気も変わるしよ」
「ピンクとか紫で飾ればそういう雰囲気になるしね」
ここで、チヨから二人にメッセージが届く。
『やっと何買うか決まった』
『みんなレジの方に来て』
かくて二人は……
「おい、サバキ! いつまで人をダメにするクッションに座ってるんだ!」
「はうっ、す、すまない……」
「あとどうして骨のおもちゃ持ってるんだい? 君、犬としてほしいのかい?」
「あまりにもくだらないから黙ってようと思っていたが……これは貴様が渡したんだろうがマジナ!」
「いやオレだよ!」
……三人は、レジカウンターに行く。
チヨはその時既に手続きをしていた。
悩んだ末買ったのは、重ねて作るタイプの、安い三段カラーボックス×二個と、黄、赤、青、橙、緑、紫のインナーボックスだった。
「なんつうか、長考の果てにしてはすげーシンプルなオチだな」
「だいたい一周回ってこうなるものなの、コーリン」
その後、チヨは三人と協力して荷物を車に積み込み、家へ向けてアクセルを踏むのだった。
「家具屋か、なかなか楽しかったな。な、サバキ」
「何故自分に話を振る、コーリン殿?」
「心当たりないのかい? サバキぃ……あれだけ腰がお世話になったのに」
「……知らんな」
サバキは、あのビーズクッションを脳裏に恋しく浮かべながら、それらしく車窓を覗いた。
「ま、もしアレを買ったとしてもオレたちが使うけどな!」
「……なら、いらんな」
【完】




