第42話 新学期はスマートフォンとともに。
何気ない朝、満月家にて。
ピコリは一階のリビングに降りてきた。
「おっはよみんなー……うん、やっぱり謎の新キャラは湧いてないね」
「おはよっ、ピコリ! お前なに寝ぼけたこと言ってんだ?」
ピコリがリビングに来たとき、既に他の姉妹五人とチヨがいた。
「あ、今日は起きるの早いね、ルシェヌ。二日も誕生日パーティーはやらないのに」
普段はねぼすけなルシェヌも、今日は比較的早起きだった。
「そんな期待するわけないのじゃ! けどまぁ、何となくいい予感がしたから早く目が覚めたのは間違いないのじゃ」
これをきっかけに、チヨは話す。
「勘がいいね、ルシェヌ。今日はさ、みんなに嬉しい話をしようと思ってたの。『みんなにスマホを買ってあげよう』ってね」
「えっ、マジっ!? スマホ!?」
この報告にピコリは驚喜し、
「「「「「スマホ……?」」」」」
他五人はイマイチ盛り上がっていなかった。
「え、まさか、みんな知らないの!? スマホだよスマホ! あ、知らないか。みんな異世界行ってたから……」
「ちょっと今、私たちを馬鹿にしたねピコリ。かれこれ五ヶ月ぐらいここで暮らしてたんだから、そのぐらいの基礎知識はあるよ」
「電話とかネットとか出来る板切れのことだろ? オレだって知ってるぜ。ただ、それがどうしたって話なんだよ」
「自分の見解としては、スマホとは所詮、ただのネットに繋げる電話だ。それでぬか喜びするのはオーバーリアクションだと思うのだが」
「た、確かにそうかもしんないけど、スマホは凄いんだからね! ティーンズの必需品なんだからね!」
イマイチ喜びが足りない四人と、どうとも思っていないユノスに代わって、ピコリはチヨに、普段の六倍以上(※ピコリ比)の感謝を伝える。
「ありがとう、お母さん! めちゃ英断です!」
「どうも……けどここまで塩反応されるとしょげる。もうちょっと喜んでくれるかと思ったのに。
ま、ピコリの言う通りスマホは今ドキの子の必需品だから。騙されたと思って持って、ね?」
ユノスが尋ねる。
「お金は大丈夫なの? ボクたち六人分払えるの?」
「大丈夫、あたし社長だから。しかも契約するのは格安SIMだし」
という訳で、チヨたち七人は、商店街にある携帯ショップへと、ぞろぞろ赴いた。
「それで、家族割と学割を合わせまして……」
「はい、はい」
もちろん、店員さんと契約の相談をするのは、チヨただ一人。
「ここいいね。コーヒー飲み放題だし。んー、アメリカンも捨てがたいね」
「お、映画もタダで観れるぞ! 凄ぇ、ここ天国かよ!」
満月姉妹はショップ内の設備を十二分に生かし、退屈を紛らわす。
「この店がサービス精神旺盛なだけだと思うぞ。そしてそれにとことん甘えるのやめろ、コーリン殿、マジナ殿」
「あ、機種はみんな平等に一緒にしていいよね!」
「あ、うん」
「それでは、後は細々とした設定を娘さんとしまして、終わりです」
チヨと六人の娘は家に帰ってきて、さっそくそれぞれ端末の箱を開けた。
「これがスマホか? 大きさにしては重いな」
「精密機械のかたまりだからね。乱暴に使わないでよ、コーリン姉さん」
ルシェヌは電話帳を開いた画面を凝視し、下心溢れた笑みを浮かべる。
「これがあればいつでもお母さんの声が聞こえるのじゃ……ふひひ」
「忙しい時は出れないからね。ルシェヌ」
マジナは自分が持つ黒竜、IrrynCrashにスマホを見せびらかす。
「これが、スマホっていう何でも調べられる機械なんだって」
「何でもって、あのスーパーのタイムセール情報もけぇ?(※第9話参照)」
マジナは首を縦に振る。するとIrrynCrashは不満そうな顔をして、
「ってことは私は知恵者の称号を降ろさなければいかんのけぇ?」
「あはは、まさか。これは調べることは出来ても、考えることはできないからね。なら前者も後者も出来る君のほうが遥かに優秀だよ」
「ありがとうじゃけん、マジナ」
一方、ユノスはスマホをアザレアと共にまじまじと見ていた。
「それが、この世界の通信端末でございましょうか」
「うん、重いし無駄が多いね」
そのやりとりを小耳に挟んだピコリが尋ねる。
「じゃあユノスの世界の電話ってどんなのだったの?」
ユノスは頭のベレー帽に指さして
「これだよ」
「やっぱそれか。そっからアザレアさん出したりしてるの見ててつくづく思うけどそのベレー帽万能だよね」
「だって漫画家補助特化型端末だもん。通信とか通販とか、何でも出来たよ。
今はあっちの世界にあるメインサーバーがないから、オフライン状態でほとんどの機能が使えないけど」
「ちょっと何言ってるかわかんないけど……まぁ、凄いんだね」
続いてピコリはサバキの方へ。
「じゃあSFの流れで聞くけど、サバキ姉さんの異世界では、通信端末ってどんなのなの?」
「これのもう少し薄い端末だった。メインスクリーンが透明で……」
「わーお、こっちもこっちでTHE・SFじゃん。ならどっちかというと、ユノスの異世界の方が技術レベルは上なのかな?」
「さあな。ま、技術レベルが上といって、何もかもが良くなるとも限らんがな。
例えば、自分のところの通信端末は、先のとおり大部分が透明だから、変なところに置くと見つけるまでに手間がかかるんだ」
「なるほどー。それは技術進歩し過ぎ故の悲しさだね」
一方、コーリンはある画面を目にし、興奮していた。
「騎人バスターシリーズ見放題……! すげえなこれ!」
そのコーリンの独り言で、嫌な予感がしたチヨは、前もってコーリンに注意する。
「それ、サブスクだよ。月ごとにお金払うやつ。悪いけどそういうのはやめてもらえないかな? あたしに変な請求来ちゃうから」
「だな。都合が良すぎておっかねぇし、これポチってやった途端同じことを繰り返したような文言がずらずらと出てるしよ……」
……と、いった具合で、六人はスマホのあれこれをじわじわと知っていく。
「おーい、マジナー。オレの声聞こえるかー?」
『うん、聞こえる。バッチリ聞こえるよ』
「当然でしょ、五メートルも離れてない距離で電話してるもんダブル姉さん」
そんな具合の、娘達がスマホに翻弄される光景を見て、
「みんなが有効活用出来るのは……まだまだかなぁ?」
チヨは苦笑した。
そしてルシェヌは閃いた。
(なら、ここでアタシが抜きん出てスマホを使いこなせば、きっとお母さんは……
「きゃー、ルシェヌすごーい! そんなハイテクな物も使いこなせるのねー!
「えっへん、なのじゃ!」
「あたしそういう先端的な人大好き! だからルシェヌ、一緒に行きましょう、結婚式場に!」
って、なるに違いないのじゃ!)
ルシェヌはピコリに寄り、他のみんなにバレないよう、こっそりと小声で尋ねる。
「スマホってどうやったら『使いこなせる』ってなるのじゃ?」
「え……やっぱり電話とかメールとか使えるのでしょ。あとはアプリとかダウンロード出来たり、インターネットであれこれ検索出来たり……とかかな?」
「わかったなのじゃ! で、それぞれどうやるのじゃ?」
「え、全部聞くスタイル? ……まあ、素直でいいと思うけど」
数分後。
「おっ、ルシェヌから何か来た」
自室で作業していたチヨはスマホを開く。『こんにちわ!』とメッセージが添えられた無料のスタンプが送られていた。
続けて、ルシェヌから一本の動画が送られる。
『へへん、アタシ、凄いだろうなのじゃ! スマホ、使いこなせてるのじゃ!』
と、ルシェヌは笑って自撮りしながら、画面内でそう言った。
「ふふっ、やるじゃんルシェヌ……じゃあ返信しなきゃ」
『Good Job!』
その文言が添えられた、巷で流行りのキャラのスタンプが、ルシェヌの元に送られて来た。
「よし、やったのじゃ! これでアタシは素晴らしいスマホ使いなのじゃ!」
大喜びするルシェヌへ、ピコリは一ツッコミ。
「今のとこ自撮りとスタンプぐらいしかしてないけどね……ん、ウチにもお母さんから……」
「え、何なのじゃ!」
『ルシェヌにスマホの使い方教えてくれてありがとね』
と、チヨからのメッセージが、ピコリに送られていた。
「あ、やっぱウチが教えたってことバレてたっぽいね」
「むむむ、こちらが孤高のスマホ使いになろうとしてたのに……!」
「あと、そのスマホ使いっていうお固い表現やめようよ」
*
その夜。
「この世界のニュースアプリは、ニュースが読めるだけでなく、コンビニのクーポンもついてくるのか……どこで収益が発生しているのだろうか」
「へぇ、タダで漫画も読めるんだ。ますます凄いね、スマホって」
「マスター、ただいまスマホで何をしているのでしょうか?」
「作業用BGM探してるの、漫画描く時音楽聞きたくなるから」
いよいよ他の姉妹も、各々のペースでスマホに慣れてきていた。
それをルシェヌは、大層不満げな顔をして眺めている。
(アタシだけ抜け駆けしようとしたのに……このままではアタシはお母さんの特別な存在になれないのじゃ……)
とは言えども、ルシェヌは、これからどうやって他の姉妹から優位性を取るか、まるで検討がついていない。
それをどうするか考えながら、ルシェヌはソファに腰掛け、テレビの電源を付ける。
『ただいま特別フェス開催中! 今なら各地にレアモンスター大量発生中! 始めるなら……』
直後、このようなCMが流れてきた。
「何じゃこれ?」
「知らねぇのか、ルシェヌ?」
と、いつの間にか隣に座っていたコーリンが言う。
「これは『モンスター&ウォーキング』っていう、現実の街のいたる所でモンスターがゲットできて、それを集めるゲームだぞ。
これで遊んでると自然とあちこちに歩きたくなるから、今あちらこちらで大人気だとよ」
「……ふうん、じゃあ、それでモンスターを集めまくった人は、めちゃくちゃ凄い人なのかえ?」
「そりゃそうなんじゃないか? オレは詳しくないから知らんけど」
この時、ルシェヌは決心した。そして翌日、ルシェヌは実行した。
「行ってきますなのじゃ!」
「門限までには帰ってくるんだぞ。
……あれ、どうしたんだルシェヌ殿、こんな朝早くから出かけて?」
恐ろしきかな母親の執着心。ルシェヌは母親に一番の女と認められたい一心で、『モンスター&ウォーキング』を入れたスマホを片手に、街の各地を走り回り、モンスターを集めた。
「負けるものかなのじゃ……! この魔王ルシェヌは、スマホを使いこなしてみせるのじゃ!」
そして、夕方。ルシェヌは疲労困憊の体で帰宅し、
「ただいまなのじゃ! お母さんはいるかえ?」
自信満々な体で、チヨと他五人の姉妹がいるリビングの戸を開けた。
「おかえり。うん、いるよ……で、ルシェヌ、どこ行ってたの」
「それは追々説明するとして、まず、これを見て欲しいのじゃ!」
ルシェヌは、過半数が埋まったモンスター図鑑を、震える手でスマホを持ちつつ、チヨに見せつけた。
それを覗き見したピコリは一言。
「うぁ、モンウォーじゃん。よくここまで集めたね……」
「どうじゃ、凄いじゃろ……街の隅から隅まで走り回ったのじゃ……」
そして、肝心なチヨは、こう一言。
「うん、すごいね……」
「あれ、お母さん? それだけなのじゃ? もっと遠慮しないで褒めていいのじゃよ?」
チヨは申し訳なさそうに言う。
「……ごめん、あたし、モンウォー詳しくないからどうコメントしたらわかんないの」
ならば他の姉妹から上をとってやろうと、
「みんなは、みんなはどうじゃ! これを見て平伏したいと思わないかえ!」
その図鑑を周りに見せびらかす。
「私もよくわかんないかな」
「自分も知らない」
「ボクも」
「オレも。人気があるのはテレビで知ったが、それからはさっぱり……」
「ウチは、沢山集めたから凄いとは思うけど、それで勝ち誇られるのはどうかなぁ、って。
そもそも、それでスマホ使いこなせることにはならないし……」
「え……う、うう、ウッソなのじゃあぁぁぁ!」
こうして、ルシェヌの野望と頑張りは、泡沫の如く消えたのであった。
おまけに、翌日ルシェヌは、街中を走り回ったために筋肉痛となり、三日ぐらい一歩歩くのも一苦労の身体になってしまった。
「スマホで首と肩悪くしたって人はわりと聞くけど、まさか先に足を悪くした人は初めて見るなぁ……ブッ」
「笑うでないのじゃ! ピコリ!」
【完】




