第25話 映画館Some Lieあんぐり
「劇場版騎人バスターアロウズの前売り券ください」
「はい、『劇場版 騎人バスターアロウズ 武人の根源と太平への一矢』ですね」
コーリンは今、映画館にいる。
最近ハマった特撮ドラマ、騎人バスターの劇場版の前売り券を買いに来たのだ。
「お客様は十八歳未満でしょうか?」
「はい」
「でしたら今、キャンペーンで友達割引という、普通の料金一〇〇〇円に八〇〇円をプラスしますともう一枚同じチケットが貰えるというものがありますが、いかがしましょう?」
別にいい。その言葉が喉まできたところで、コーリンは思い出す。
(そういやユノスって映画好きだったよな。そうだ、せっかくだから喜ばしてやろう)
「じゃあそれでお願いします」
「お会計一八〇〇円です。ありがとうございます!」
コーリンは家に帰ってユノスに前売り券を渡す。
「一緒に行こうぜ、お前映画好きだろ? ならこういうのも悪くないだろ?」
「そうだけど? ボクじゃなきゃダメなの? ボクその日もお仕事したいけど……」
返事を渋るユノスへ、たまたま側にいたチヨが言う。
「行ってきなさい、あなたもたまには羽伸ばしって仕事しなきゃ」
「うん、わかった、ありがとうコーリンお姉ちゃん」
「おう、どういたしまして!」
三日後、一般公開当日。
コーリンとユノスは映画館に来る。
「ふぁ~、ねみー、楽しみ過ぎて昨日はイマイチ眠れなかった……」
「映画開始は十一時三十分、あと三十分あるね。そうだお姉ちゃん、コンセッションでポップコーン買おうよ」
ユノスはコンセッション、平たく言うと売店を指さす。
「ポップコーン?」
「それを食べながら映画を見るのが、映画館のベターなんだよ」
「へぇ、そうなのか」
二人は売店に並び、ペア用のハーフ&ハーフのポップコーン――味はバター醤油とキャラメル――と、コーラ二つを注文した。
「二人って本当にいいな、映画館なら何でもかんでも安くなる。
ところで、バター醤油はあれだろ、トーストに塗るヤツと、オレのいた世界のと比べて何故か遥かに黒いヤツ。その両方をかけるだろ? でもキャラメルって何なんだ?」
「何となく甘いのって覚えておくといいよ。食べた方が理解が早いだろうから」
『お客様へのお知らせです。ただいまより劇場版 騎人バスターアロウズ 武人の根源と太平への一矢の、三番スクリーンを開場いたします』
「これだね。行こっか、お姉ちゃん」
「おう」
二人はポップコーンと飲み物を持って、予約したシートに並んで腰掛ける。
映画開始は十五分後。二人は適当に談笑をして時間を潰す。
「そういやユノス、お前はかなり映画館に慣れているが、前の世界にもそういうのはあったのか?」
「うん、ボクの世界では映画を見ることを義務づけられる映画休日ってのがあったから。コーリンお姉ちゃんは……」
「映画は無かったな、長門の小京都で田楽とか狂言とかがそれに当たるか。
娯楽全般を含むとやっぱ父親に頼んで近辺の可愛い女を集めて……」
「ふんふん」
このような会話を続けて、目論見通り十五分経つ。
観客で満たされたスクリーンは暗くなる。
コーリンはいよいよ始まるか、と身構える。が、残念、例の映画広告と、劇場でのマナーのムービーであった。
(ふむふむ、映画館では騒いだり、人に不用意な接触をしてはいけない……あと火を吹いてはいけない、か)
映画館初心者であるコーリンは、それを真面目に受け、頭に叩き込み、ついに始まった映画本編に臨む。
「来た―! 来たー! アロウズだ!」
だがこれは、ストレスフルな時間の幕開けとも言えた。
遅れながら、ここで一つ解説を入れるとしよう。
コーリンとユノスの座る席は、中段中央の中々好立地な席。
ユノスが隣接する左には小学校低学年ぐらいの三人組が並んでいて、コーリンの隣接する右には三十歳はいってそうなおっさんがいる。
今回、そのおっさんが非常に……その、厄介だった。
何故なら、上述の台詞のように、劇中で事あるごとに、子供めいてはしゃぎ出すのだ。
「うおー、すげー! ドクガンとハヤトーガが並んで戦ってる!」
(いちいちうるせぇな……コイツ)
コーリンは、右から放たれる嫌気を避けるため、ふと左を見る。
ユノスは相変わらず大人しく、いつもの微笑みを崩さずに映画を観ている。
今のコーリンにとってはそれはどうでもいい。今重要なのは、ユノスの隣の小学生三人組である。
彼らは今、右のおっさんと対極的に静かに、スクリーンへ向いていた。
(どうなってんだおい、ガキの方が、大の大人より大人してるって大問題だろうが。この世界はこんな酷い世界なのか?)
この後も、おっさんの愚行は続くに続いた。
イベントが起こる度にオーバーリアクションを取るのはもちろん、身体を揺すったり、ゲップなどの生理的にキツイ音を無配慮に放った。
挙げ句の果てには、騎人バスターアロウズの最強フォーム、サンシイッタイフォームが出てきた際に、あたかも自撮り撮影のように、コーリンに寄りかかり指三本ピースをスクリーンに向けた。
コーリンは左手でポップコーンの山をつまんでは口に入れる、を繰り返す。
この時、コーリンはユノスのささやかなセンスに感謝している。
キャラメルポップコーンの新感覚の美味しさが今なければ、この憤りを留めることは不可能だったからだ。
実際、手には札――彼女の得物、震撼剣を召喚するための――が握られていた。
(落ち着けコーリン、これを食べて落ち着け。普通に刃傷沙汰はまずいし、何よりさっきのマナーアップのムービーで、『火を吹くのはだめ』と、あるから『暴力全般はダメ』なんだからな……)
……とまあ、こんな感じのあれこれを経て、とうとう映画は華やかに終わり、主題歌をバックにエンドロールに突入した。
その時も例のおっさんは、主題歌に合わせてるようでまるで合ってない、ふしぎなおどりをしてコーリンをイラつかせた。
『ご来場ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております』
エンドロールも、次回作の予告も終わり、室内が明るくなる。
コーリンは退場際、隣のおっさんに一言言ってやろうとしたが、当人は足元に置いていたパンパンのリュックの整理に忙しくして、まるで話を聞けそうにない。コーリンを通そうという気配が全く無い。
「お姉ちゃん、こっちから出よう」
と、ユノスに言われコーリンは踵を返し左を向く、そちらもそちらで小学生三人組が荷物整理をしていたが、
「あ、どうぞ、お姉さんたち」
どうにかして道を開け、親切に二人を通してくれた。
「おお、ありがとうな」
「ありがとうございます」
おっさんと小学生のコントラストがより映える一幕である。
*
この後、コーリンとユノスは、近場の『ベルセリヤ』――予めピコリにオススメと言われていた、安くて美味しいイタリアンレストラン――へ、昼食兼反省会をしに行く。
「何なんだよあの親父はよ!」
真っ先に話題に上がったのは、さもありなん、あのおっさんであった。
「いちいちいちいちキャーキャー騒ぎやがって! 手前一人の映画館じゃねぇんだぞ! 確かに映画は見応え抜群だったが、かと言ってあの場でああ騒げるか!」
「うん」
「特に何だよ、あのサンシイッタイフォームが出てきた時の謎ポーズ!? カッコいいとでも思ってんのか!? 危うくあの腕ぶった斬るとこだったぞ!?」
「うん」
「それとラストの謎踊りも含めてよ、あいつは自分を演者の一人とでも思ってるのか!? 少なくともオレからすれば……クッソ喰らえってんだ!」
「うん」
「……あ、わりぃなユノス、お前に当たり散らして。
折角楽しみにしてた映画があいつのせいで腐って、あんまりにも腹が立ったからな。
……にしてもユノス、お前はすごいな、あいつの隣の隣だってのに、いつも通り冷静でいられてよ」
ユノスはお冷を氷ごと飲み、思い切り口内で破砕音を立てて、一言。
「全然」
「やはりお前も同感だったか」
「ここまで酷い人がこの世にいるなんて、ボク知りたくなかった。ボクの前の異世界なら、ああいう奴はすかさず殺処分されるから」
殺処分……ゆるふわほのぼのなイメージのユノスからそんな言葉が出るとは予想外。コーリンは意味もなくコップを回す。
「お、おう、そうかお前の異世界はそれだけマナーに厳しいところなんだな」
とにかくはらわたが煮えくり返ってしょうがないコーリンは、さらに愚痴を吐く。
「……全く、人様の映画鑑賞を何だと思ってやがるんだ。もっかい映画を観たい気分だ」
「そんなお姉ちゃんに、はい」
ユノスはコーリンへ、細長の封筒を渡す。中にあったのは、映画の前売り券だ。
「ボクにチケットくれたお礼。誘ってくれた後に買っておいたんだ、今日ついでに観ない?」
「おう、流石はユノス、優しいなお前」
という訳で、コーリンとユノスは昼食を済ませた後、また映画館へ行き、またポップコーンと飲み物を買い、また開幕前の雑談をし、また映画鑑賞を始めた。
今度の映画は、騎人バスターと違って、公開初日からいくらか日数を経ているため、観客はまばら。二人の側には、斜向かいのカップルがいる程度だ。
そう、カップル……タイトルはズバリ、『ネバー・セイ・ラブ』、豪華俳優陣を揃えた、露骨なカップル狙いの恋愛映画である。
(ユノス、相変わらず独特の映画選びしてんな。まぁいいか、ユノスのくれた贈り物だし)
鑑賞の最中、コーリンはふと右を見る。おっさんはいない、何と心地よいことだろうか。
(せいぜいするぜ、あんな場を読めない奴なんか二度と会いたくない)
それから、その恋愛映画は恋愛映画らしく、カップルの心理を煽るシーンが容赦なく射出される。
それをユノスは相変わらずのニコニコで、コーリンは至極退屈そうに見ていた。
一方で、観客席――特に斜向かいにいるカップルはのめり込んだらしく、互いの手を組み、肩を寄せ、頬を寄せる。
これを暇なコーリンがたまたま目撃する。
(ん、何だありゃ……不必要な接触はダメなんじゃなかったか)
コーリンは気づかれ、浮かないよう、首を回し、周囲を察知。その他の人も、だいたい似たようなことをしていた。
(ああ、なるほど。これも映画館のマナーって奴だな。よし、オレらも空気を読まないと……)
コーリンはユノスの手を取り、身体を寄せる。ユノスはそれを一瞥だけして、平常を維持する。
二人はその体のまま、映画を観続ける。やがて映画は、一番盛り上がるであろうキスシーンに突入する。
同時に、斜向かいのカップルは扇情され、映画をも超える深いキスをする。
これに最も――いや、正直言って唯一危機感を覚えたのは、コーリンである。
(まずい、オレたちもキスしねぇと……)
コーリンは有無を問わず、ユノスの首を動かし、口づけする。
(やべぇ、ユノスのもたまんねぇ……)
ユノスはただそれを受け入れ、コーリンの思うがままにされる。
(舌使いはマジナの方が上だが、この幼さもこれはこれで気持ちいい……)
と、コーリンが愉悦に浸ってる内に、映画本編は終了した。そのキスも、同時にそこで終えた。
この後、謎のルートでこの話を知ったピコリは戦慄しつつ、ユノスに真意を聞いた。
「ユノス、コーリン姉さんとキスしたって本当?」
「うん」
「えっ、ユノスはそれでよかったの?」
「うん。だってあの映画、見た目だけ立派で、ストーリーがベタで見る価値なかったから。
正直、コーリン姉さんが見せてくれた映画のほうが面白かった」
【完】




