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第165話 切望を顕す、説となれ ――ワノの荒稼ぎ・漫画考察編――

 十二月前半のある日。満月家にて。


「いくら金が欲しいとはいえ、やっていいことと悪いことの区別も付けられないのか貴様ァ!」


「ひぃぃぃ、ごめんなさいっス! ごめんなさいっス!」


 怒髪天を衝くサバキへ、ワノはただひたすら頭を床に擦り付け、誠意いっぱいに謝罪していた。


 お風呂から出てきて早々、これに出くわしたネロアは、たまたま近くにいたコーリンに問いかける。


「何があったんですかこれは……?」


 コーリンはワノが現在に至るまでの経緯を語る……


*


 話はさかのぼること三週間前。


「あーお金欲しいっスー」


 ソファで横になり、微塵も興味がないアニメの再放送を眺めながら、ワノはそうつぶやく。


 そのソファの脇に体育座りし、スマホをいじっているピコリは言う。

「ワノ、ジャスト五分毎にそれ言うのやめてくれない? さてはどっかにラップタイマー仕込んでふざけてるの? 無駄な努力しないでいいよそんなの」


 ワノはこの注意をガン無視し、ソファから起きあがり、

「そうだ、コーリン使ってお金稼ぎしよっス」


「話の導入急過ぎない? ウチくらい話の流れに気を使ってよ」


 決断したらすぐ実行。ワノは二階に上がっていく。


 ついでに、ただならぬ予感がしたピコリはワノについていく。


 コーリンは六人用の部屋で、何らかの歴史解説本を読んでいた。


「コー姐、今暇っスかー?」


「ん、暇だが、お前のくだらない金儲けに付き合う暇はないぞ」


「あ、そうスか、わかったっス。じゃあ、今回コー姐には漫画考察をしてもらいたいんスけど……」


「何がわかったんだ今の!?」


「しかも話の導入が急だし!」


 この後、コーリンやピコリに散々注意された

ワノは、改めて今回の用件を、いつもどおり卑しく語る。


「今回はコー姐には漫画考察チャンネルの考案者になって貰いたいんス。

 最近は漫画とかドラマが流行するのに合わせて、その作品を考察するのが流行っているんスよ。

 今後の展開を予想したり、伏線や裏設定を見つけてみたりして、ワクワク感をより深めるんス。

 どうすか? なってみたくないスか?」


 これを目を点にして聞き終えた後、コーリンは尋ねる。

「……で、それがどうして金儲けになるんだ?」


「その説を披露する動画をネットに公開して、再生回数を稼ぐと広告収益が入るんス」


「動画投稿者の説明とかも必要かな、コーリン姉さん。今、ここで一つ解説を入れるとしようとスタンバってるけど」


「それはわかってる。面白い動画あげると再生回数に応じて金が溜まるんだろ?

 で、今回お前は、オレにその考察動画のネタを考えろって訳だな?」


「さっすがコー姐! 察しがいいっスね! じゃあ早速やってきましょうか!」


「いや、やらんよ」


「な、何でスか? 別にネタだけ考えてくれれば、あとは機械音声に喋らせるっスよ。動画もこちらで編集するスし」


「別にオレじゃなくもよくないか? お前もゲスい方向に向きがちだが頭いいだろ? それでなんか粗探しすればいいじゃんかよ」


「いやいや、ここはコー姐の頭脳が必要なんスよ。実はネットで流行ってる考察には、何らかの歴史とか伝承とかが、作中の展開に類似してるとか言ってるネタが多いんスよ。

 コー姐ならそのへんのストックが山程ありまっスよねぇ?」


「確かに、オレなら歴史の知識は山程あるぞ……」


「そういう知識を溜め込むだけでいいんスか!? ただの頭でっかちになっていいんスか!?

 知識ってのは、アウトプットして、少しでも誰かの役に立ってこそのものっスよね!?」


 コーリンは椅子から立ち上がり、手を叩いて破裂音に似た音を鳴らした。

「それは言えてるな! やっぱお前もお前で頭いいな!」


「なーにワノの説得に感銘受けちゃってるの!?」


 ピコリのツッコミなど微塵も気にせず、ワノはコーリンの右肩に手を回して、

「うっし! じゃあこれから二人三脚で考察動画の運営をしようっス!」


 お返しにコーリンも左手でワノの左肩をガッチリと掴む。

「任せとけ! これにて最強コンビ結成だ!」


 そして二人は思い思いに笑い合った。コーリンはガサツっぽく、ワノはクズっぽく。


「結成がここまで上手くいくと、なーんか絶対後半とんでもないことになりそうなんだけどなぁ」

 一方のピコリは、予想外にも上手く行っているワノの策謀模様にげんなりしていた。


 こうして、ワノとコーリンの漫画考察チャンネル運営が始まってしまったのだった。



*


 まずワノはチャネルバットの中から、深緑の六角柱のオブジェを置いた。


「なにこれ? 加湿器?」


「違うっス。これはアタイらがイルミネーターズ時代に行った異世界の一つ、ゾンビが世界を覆い尽くした世界『クサッデッド』で拾ったアイテムです」


「どういう効果のアイテムなんだ?」


「起動すると使用者がお好みの学習まとめ動画を作ってくれるんスよ。

 その機能を使えば、文字と画像だけの動画ならいくつか文章を入れていけばチョチョイと作れるっス。

 これを悪用して、考察動画を作ろうって感じっス」


「で、なんでそれがゾンビだらけの世界にあったの?」


「学生ゾンビたちが外に出てうっかり同族を食っちまわないように、自宅でも勉強できるようにするアイテムっス。

 ちなみに思考能力とか運動のために、家を複雑怪奇なからくり屋敷に改造する効果もあるっスけど、ここでは使わないっス。

 あ、ちなみにコイツの名前は『ライバルに差をつけろ! 隠者式学習術実践メカ!』っス」


「だからいっつもかっつもゴロ悪いよね、ワノのアイテムってさ」


「じゃあ正式名称言えばいいんスか、ピコ姐。ガギグゲゴだらけでより覚えづらくなるっスよ!」


 それからワノはコーリンに初期投資の産物……大手漫画雑誌で連載中の、アクションバトル漫画六巻を渡した。

 最新のそれには『アニメ化決定!』の大文字が躍っている。


「これならまだ競合が少ないっスから、今から参入してもまだ追いつけるっス」


「漫画って全部いちいちビニールにくるまってるのが地味にやなんだよなぁ。立ち読み防止なんだから致し方ねぇんだろうけど」

 コーリンは一巻を開けてパラパラと読む。

「絵が上手だな。で、オレは今からこれを全部読めばいいんだな」


「そうっス。でもって手始めに紐づけしやすそうなことみっけて、原稿を書いてくれっス。明日までにはお願いしまっスよー」


「ん、わかった」


 お願いされた翌日の夕方頃。


「出来たぞー、ワノ」


 四人部屋で暇していたワノに、コーリンはルーズリーフを一枚渡した。


「大切に扱ってよー。コーリン姉さん、真面目に休み時間の合間を縫って書いてたんだからね」

 と、コーリンの動きを察知したピコリが、四人部屋に入りつつ言った。


 ワノはそれをガーッと斜め読みをしてから一言。

「パッと見内容は良さそうっスけど、なんで手書きなんスか?」


「だってオレたちパソコン持ってないからワープロ使えなかっただろ。しかもこれくらいのことでコンビニ寄ってコピー器使うのもイヤだろ」


「それもそうっスね。十円もったいないスし。まあ、あとはコイツが読み込んでくれればそれでいんスけど」


 ワノは昨日のオブジェを自分のデスクに置き、その正面にコーリンの原稿をかざす。

 読み込みと動画制作の時間を合わせて一分後。

 

 上から光が放たれ、ホログラムで四角い画面が出来上がり、そこに初めての考察動画が流れた。


 ざっくり内容を要約すると、

 ・主人公の組織に、桁違いに強い先輩キャラがいる。

 ・その先輩キャラは火属性の攻撃に特化しており、『太陽の権化』と異名されている。

 ・それに合わせて士気高揚ために、装備が赤一式で統一されている。

 ・こうした赤一色の装備の武将は戦国時代に多数いる

 ・そしてそうした武将は大合戦で非業の死を遂げている(この走りとも言える山県昌景も長篠の戦いで惨敗している)

 ・だからこの先輩キャラも大事な戦いで激しい戦いを繰り広げた後、敗れるのではないか?

 という考察であった。


 動画を観終えたあと、ワノは少し口をもごつかせてから、

「うん、まあ、六巻の漫画ならこれくらいのコンパクト目の考察になるっスよね」


「まだ登場人物が揃いきってないからな。正直どこを掘り下げればいいか迷った」


「あとはファンダムに委ねるとして、試しに投稿してみるっス」

 ワノはオブジェに動画データを転送してもらい、これ用に作った投稿用チャンネルにアップデートしてみた。

「じゃあ、ここからは果報は寝て待て……って言うと思わないでくださいっスよ、コー姐!」

 と、ワノはコーリンを思いきし睨みつけて言った。


 一方の彼女は涼しい顔をして、首を横に振る。

「思ってねえよ。一本しか動画出さん投稿者なんていないだろ。二本目も作れって言うんだろ?」


 するとワノは歯を見せて笑った。

「やっぱコー姐とは波長が合うっスねえ! 中略! お願いしまっス! 人気投稿者には頻度が肝心っス! 客を延々と捕えて搾り取るんスよ!」


「ああ! ちなみにだが、もしオレがネタ思いつかなかったらどうするんだ?」


「そうなったら美人配信者の皮作って、サンドボックスゲームとか鬼ごっこゲームみたいな、ダラダラやっても許されるゲームの配信やってスパチャ稼ぐっス」


*


 それからコーリンは漫画と自分が有する歴史知識を使って七本も考察動画のネタを作った。

 ところが……開設から一週間後。


「全編、再生回数が千ケタで伸び悩んでるっスね……」

 と、ワノは自分のスマホでアナリティクスを見つつ、ため息交じりに言った。

 横から画面を覗いているコーリンは首を傾げ、

「あいてっス」

「あ、ごめん……」

 改めて、逆方向に首を傾げて聞いた。

「別によくないか? 五千だぞ。結構見られてると思うんだが」


「全然ダメっスよ。ほら」

 ワノは動画アプリを操作して、漫画のタイトルと考察のキーワードで検索する。

 と、つい昨日上げられていたにも関わらず、二十万もの再生回数を出していた考察動画がゴロゴロと出てきた。


「同じ題材扱ってるのにここまで水をあけられてるのか!」


「そうなんスよ! 好きあらば敵情調査してみたんスけど、内容もいうほど凝ってないっスのに!」


 するとここで、しれっと同じ部屋にいたピコリが言った。

「多分それ、元々数字持ってる人が作ったチャンネルなんじゃない?

 既に別の漫画の考察で一山当てていて、ある程度掘り進んだからってもう一個チャンネル立てて、別の漫画考察も同時進行でやる……よくやるパターンだよ」


「なるほど、それは盲点だったっス。その手口なら前から持ってる数字を一定割合で引っ張れるスもんね」


「しかも同じ掲載雑誌を読んでるだろうから、客層も似ていて手球に取りやすいってわけか……忠誠心のないながらも賢い奴らだな」


 そしてワノはスマホをしまい、コーリンの正面に回って、熱く語りかける。

「こうなればアタイらは先駆者に負けない、より優れた考察動画を作りまくる他ないっス!」


 しかしコーリンの態度は曇っていた。

「いやあ、もうこれくらいにしとかないか? やっぱりオレ、考察に向いてない。

 少しでも似てる歴史関連の情報を紐づけることで精一杯なんでよ」


 するとワノはコーリンに詰め寄り、至近距離で怒鳴る。

「その歴史ばっかに拘泥してんのがアンタのよくないところなんだじょ!

 あの数字を見て、冷静に過去動画を見直したら、言うほど深い予想出来てないっスよアンタ!

 特に最初のなんて、あれ何スか!? 山形県みたいな誰コイツ感しかない武将出して、『先輩キャラが死ぬ』みたいなありきたりな説だしやがってス! それどんな作品でも大概死ぬっスよ先輩キャラなんて!」


「ウチも思ってた。特に『少年漫画』と『火属性』っていう条件が整うと九分九厘死ぬって。例えば、ポートガ……」


 コーリンは、さっきのワノに負けないくらい、ピコリの台詞をかき消すくらい、激しく怒鳴り返す。

「それ目的でオレと組んだんだろうが!

 オレはまあまあ本読む方だから知識の量は多いが、そういう歴史モノに偏ってるんだ! だからそこについて文句言うのは野暮ってモンだろうが!」


 するとワノはさらに上回ってバチギレ……ではなく、閃きの反動で無意識にド大声を放った。

 この声量は、下の階で料理をしていたイバラが一瞬上を見るほどだった。


「だったらもっと別な文献・資料を見て知識の幅を増やせばいいんスよ、コー姐!」


 するとコーリンは、さっきまで三角だった目を丸くした。

「おお、そりゃそうか!?」


「え、こんなんで終戦するのコーリン姉さん!?」


「あと、これは大きな反省点っスけど、アタイほとんど何もしてなかったスよね。あのオブジェ出して動画投稿するだけで。

 こうなったらアタイが考察に使えそうな材料を調達してくるんで、それ参照してもっと面白い考察を考えてくれっス!」


「おう! 今度こそは万行こうな!」


「ああ、いっそのこと億行ってやろうっス!」


 こうしてタッグは絆を深めるのだった。


「動画サイトで再生回数が億いったのって、メディアに引っ張りだこなアーティストのMVくらいしか知らないんだけど……」



*


 それから、コーリンは、ワノが見せてくるサイトなどを参照して、原稿を書かされまくった。


 これまでの動画とは異なり歴史要素は抑えられた。

 その代わりに、

『作者が巻頭コメントで美味しい焼肉屋に行ったとある。ある敵幹部の誕生日が牡牛座であることから、これはその人物が焼き殺される伏線である』

『このキャラの名字と同じ地名に、安産の神社がある。つまりこのキャラは行方不明の主人公の親である』

『作者の出身県ではこのような事件が起こっている。あのキャラクターの過去での死亡人数が一緒であることから、その事実を風化させない意図がある』

 ……と、こじつけがましい説ばかりが増えていった。


 しかしこうした説は、先駆者が提唱していた他の漫画で見たような展開や、よく読めばわかるような伏線とは一線を画していたため、ファンの間でたちまち広がった。

 ついには先駆者たちも、このコーリンが考えさせられた説を元にした考察動画を上げるようになり、一気に全動画のアベレージが十万に引き上げられたのだった。


*


 そして、チャンネル開設から二週間後。


「はい、じゃあ次はこのサイトを見て下さいっス」


 と、言ってワノが見せてきたのは、とある政治色の強いネットニュースサイトであった。


 コーリンは自分のデスクに突っ伏したまま、それを一瞥して、元気無く問いかける。

「……これで、どうしろと?」


「『このキャラクターはあの政治家を模したキャラだ』的な動画を作りまくるんス」


「ええ。オレ、あんまりこういうのは好きじゃないんだが……こういう題材は慎重に扱ったほうがいいぞ」


「むしろ最近の漫画のトレンドはそれっスよ。流行ってる漫画の敵はだいたい大物権力者っスから、大抵作者が嫌だなぁって思ってる奴を投影してるんスもの。多分あの漫画の敵も上手く調べれば関連人物が出てくるっスよ」


「そうだけどなぁ……うーん」


「……ん、どしたんスかコー姐。なんかやる気ないっスね。これに飽きたんスか? やっとこさ収益ラインに到達しつつあるんスのに」


 この瞬間、先ほどまでの気だるいムードから一変、コーリンはビシッと背筋を正して言った。

「うん、飽きた!」


「言ってくれたっスねコイツ!?」


「ああ、言ってやったぞ! 七巻弱の漫画でこれくらい作り話するのはもう沢山だ! オレはもうこの船を降りる!」


「いやそうは問屋が卸さんスよ!

 アンタそれでも元侍っスか!? 何があっても忠義を貫き、目的に立ち向かってこその武士魂っスでしょう!?

 忘れちゃあ困るっスよ、アンタは自分の知識を世の役に立てるためにこれしてるんスよね!?

 実際今、十万の視聴者がアンタのトンデモ説を待ってるんスよ!? アンタに仕えてくれるファンを裏切るつもりっスか!」


 するとコーリンはバツが悪そうに、膝下に置いた手を握りしめた。

「た、確かに……」


「でしょうっスよね!」


「いやこれ、でしょうじゃないってば!」


 ここで、近くにあるマイデスクでスマホをいじっていたピコリが、ワノの元に歩み寄った。


「部外者の分際で説教するつもりっスか、ピコ姐!」


「そういうワノもどっちかっていうと部外者じゃん!

 正直、視聴者集めとか再生回数稼ぎとかに躍起になってる人もいないとは言えないけど……本来、漫画考察って、その漫画が好きな人がやるもんじゃん!

 センセーショナルな資料ばかり持ってくるワノは論外として、参考書並みに読まされた挙句毎日原稿書かされてクタクタになってるコーリンなんて、精神衛生のためにも考察やんないほうがいいと思うんだけど!」


 するとワノは烈火の如く怒り出す。

「うるさいじょピコ姐ッ!

 こちとら金が欲しいんだじょぉ! 人外魔境の域、いや無限と言っても過言ではない額のお小遣いをアタイ名義の口座に刻みたいんだじょぉ!

 大人しく一週間も待てず、作者のことを神のように崇め奉りつつも、実際は預言者まがいのコバンザメ衒学者にすがって未来を視た快楽に酔いやがった、ドーパミン中毒者がヨダレ垂らして寄越せ寄越せと言ってるものをお望みどおり売りさばいてるだけだじょぉ!

 むしろアタイはプロテスタント的な革命家とも言えるだじょぉ!

 大勢の奴らが寄って集って作り上げたブームという名の都合の良い夢に囚われてる哀れな子羊どもを、アタイが考察動画という笛を吹いて、現実を忘れるほど楽しく踊らせて、その対価を貰って何が悪いんだじょぉ!」


 このワノの金銭欲にまみれたドス黒い本意を聞いたピコリは、

「……も、もうダメだ……この人、手に負えない……」

 とぼとぼと部屋を去った。


*


 それからもまた、ワノはコーリンに原稿を書かせた。

 もはやワノは資料の題材を選ばなくなり、都市伝説や陰謀論に近いものまでコーリンに渡すようになった。

 コーリンはそれを見通すたびに吐瀉物が食道に昇りかける感覚を覚えつつ、どうにか関連性を見出して原稿を書き上げた。


 ところが、より過激な動画を出すにつれて、視聴者は増えていった。

 この漫画の考察界隈はもはや並大抵の考察では満足できない身体となってしまったのである。


 そして、チャンネル開設から三週間後。


「どうも、コーリン先生。本日の原稿を頂戴に参りました」


「……」


 胡散臭く低姿勢でやってきたワノに、コーリンは無言で茶封筒を渡した。


(いつもはルーズリーフを裸でくれるんスけど、今日は律儀っスね)

 かすかに疑問を抱きつつも、ワノはその場で中身を引き出す。

 すると、以下のような文章が、豪快なコーリンらしからぬ丁寧な文字で描かれていた。


■

 これまで相方としてお世話になりました。

 ですが、私は心身ともに限界に達しました。

 もうゲテモノ文章を読みたくないのです。

 勘弁して下さい。

 ――満月コーリンより

■


「これは……原稿っスか?」


 コーリンはしばし両手をブルブル震わせたあと、自分の机に叩きつける……寸前で止めた。

「んなわけあるかぁ! 見ての通り三行半だろうが!」


「いや四行半じゃないっスか。文字数的にぎゅっとすると四.一行?」


「どうでもいいわそんな細かいマナーなんてよ!

 オレはもう疲れたんだよ! 対してハマってない漫画と、わけわからんサイト読まされまくって、ありえない作り話書かされてよ!」


「けど、アンタには十万のファンが……!」


「こんな馬鹿に向けたような物書きばっかしてたらこっちも画面の向こう側の十万人までも馬鹿になっちまうだろうが! だいたいこれ本当に十万いるか!? どっかの物好きが延々と同じ動画繰り返してるだけかもしれんだろうが!」


「それはそうかもっスけど! 出版社サイドもきっとこれで注目されてファンが増えて……」


「だったら今から最後の原稿を書いてやる! 『こんな動画ばっか見てないで漫画読め!』って!

 とにかくもうオレは書かん! オレの暇な時間はオレのモンだ! 歴史探求と性癖のために使わせろ!

 というか、本当に今更だが……オレのギャラは一体いつになったら来るッ!?」


 ワノは吸血鬼としても異様なほど全身が青白くなる。

「そ、それは……まだチャンネルが収益化してないんで……」


「どうせお前のことだから、オレが忘れてること期待して、あんま話さなかったんだろ!

 とにかくもういい! 後はお前一人でなんとかしろ!」


「い、嫌だじょおおおお! こんのへらこい下郎がぁあああ!」


 するとワノは、背後に召喚したチャネルバットからバッジを取り出し、すぐさま胸元に装着。

 ここから小気味よく金属パーツが展開され、ワノの首上を除く全身が鎧に包まれ、そして右手から剣が、左手から盾が飛び出した。


「これは全ての物事がリアルファイトで決定される異世界『アラッポイザー』で決闘裁判長が使う専用バッジ装備!

 どんなにヨボヨボの裁判長でも、頑丈さと行動補正によってたちまち一流の戦士になれるアーマーなんスよ!」


「そしてその名前は!?」


「『いつまでも正義感を持っていた貴方へ……効果超実感! ナノテクバッジ!』っス」


「よしわかった! おりゃー!」

 名称を聞き終えた刹那、コーリンはワノにラリアットをお見舞いして、彼女をなぎ倒した。


「いやアンタは生身でいくんスかぁ!?」


「なんだ、礼儀正しくお前に合わせて、刀出してくれると思ってたのか!? 生憎だがそれすらもめんどいんでなぁ!」

 

 コーリンは倒れたワノめがけて落下し、首元に自分の右足膝裏を押し付ける。

 さらにここからワノの右腕を両足で挟み、骨盤を起点に両手でゆっくりと反らせた。

「ひぃぃぃじいだだだだ……な、なんでプロレス技使うんスか!」


「剣術使うのもめんどいんでなぁ!」


「面倒くさがってばっかっスねアンタ!」


 ある程度肘関節をいじめたところでコーリンは技を解く。

 そこから素早く反撃を試みて、勢いよく立ち上がったワノ。

 だが次の瞬間、コーリンはその頭を右腕でヘッドロックして捕えた。

 そして自分で背中から倒れた。これに連動させて、ワノの脳天をカーペットに叩きつけられる。


「ワーン、トゥー、ス……」


 中々の威力ではあったが、ワノは立ち上がった。生まれたての子鹿のようにブルブルしているが立ち上がった。


「あ、生憎アタシは吸血鬼なんスよ……だから……だから……頑丈なんスよ」


「じゃあこれも受け切ってみろ!」


 突然、コーリンはワノの胴体めがけドロップキックをかます。

 すかさず彼女は、浮いたワノの背に飛び乗り、謎の推進力を得てサーフィンのように空中を滑走する。


 その先にはドアがあった。

「あわわ、ドアが壊れちまうっスよー!」

「やべっ、まあ、どうにかなれーッ!」


 どうにかなった。

 向こう側からドアが開き、サバキが姿を現した。

 サバキは事情を察するや否や、向かってきたワノの頭に鉄拳を振り落とし、床に叩きつける。


 そしてサバキは襟元を引っ張り、目を白黒させているワノを持ち上げて、

「何の騒ぎだと思えば……やはり貴様かワノ!」


「はへ……え、いやこれは……どう見たってコー姐が悪いっスよね!?」


「どうせ貴様のことだ! それに至るそっち起因の厄介な事情があったんだろうが! 貴様、とりあえずここで話をしようか……」


 終いにはサバキに現行犯逮捕され、厳しい取り調べからの説教を受ける羽目になった。


「……アーマー着た意味なかったな、アイツ」


*


「というわけです」


「そうですか、それはお気の毒に……」


 ネロアの同情に、ピコリは一言。

「自分で毒瓶買って、自分でキャップ開けて、自分で原液飲んだようなことしたんだよあの人」


「うう、アタイのマージンが……アタイのマージンが」


「とにかく、この事件は母さんにも報告する。そして厳粛かつ相応な罰を受けてもらうからな……」


「う〜、ううう、あんまりだ……あァァァんまりだァァアァ!」

 と、ワノは泣きじゃくり、感情爆発の衝撃により家から出ていってしまった。


「ああ、待ってくださいワノさん!」


 それをネロアは、よせばいいのに追いかけていった。


「そう言えばその元ネタの人も火属性だったね! 敵キャラだし、先輩というには歳の差ありすぎるけど!?」


 数分後。夕暮れの河川敷にて。


 涙を流すだけ流しきったおかげですっかりクールダウンしたワノは、

「……今日のアタイは一体どこで間違えてたんスかね?」


 そう問いかけられ、彼女の隣で芝に座るネロアは答える。


「よく知らない分野に無闇矢鱈に手を突っ込んだからだと思います」


「やっぱそうなるっスかね……はぁ、前の世界ではスーパー事業を開くっていうイノベーターだったのにっス。それが今となってはこんな無様やらかすとは……馬鹿っスね、アタイ」


「……きっとワノさんは、そこでは自分の経験や、周りの意見などによく目を向けて慎重に動いていたんだと思います。

 今回はそこの成功例で過信してしまって、コーリンお姉さんなどを使いすぎてしまったんだと思います。

 だからワノさんは、お馬鹿では決してないと思いますよ。一個の失敗に気づけただけです」


「ははは、なら今回はアタイがまだ経験不足だったってことっスね。ありがとうっス、ネロア」


 と、反省とネロアへの感謝を済ませたところで、ワノは芝生から立ち上がる。


「もう落ち着きましたか、ワノさん」


「あったりまえっスよ。アタイはたかが漫画をダメにしたくらいで、いつまでもクヨクヨしないっス。さっさと帰って、次の金策を考えるっス」


「そうですか……その気持ちの切り替えの早さ、流石はワノさんです!」


 こうして、明日に昇るために今は沈んでいく夕日を背に、ワノはネロアと帰っていった。


 ワノの大金への夢は、まだ続く……


「ワノ! いくらお金が欲しいからってコーリンばっかりに頭使わせるのはダメでしょう!」


「母さんの言うとおりだ! とくと肝に銘じろこの守銭奴が!」


「ご、ごめんなさいっス〜!」


 それと説教もまだまだ続く……


 なお、あの漫画考察チャンネルは投稿動画もろとも削除した。

 二人とも、出版社の怒りを恐れてのことであった。


【完】

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