第9話 告白
残った私とクリスの間には沈黙が走った。クリスはさっきまでの無表情と一変し、いつもの人当たりの良い笑みを浮かべた。
「ノアくん、これ食べる? このお菓子、好きだよね」
「うん」
私は言われた通り、クッキーを1個口にした。
さっきの口調と表情で確信した。今のクリスは前に会ったクリスとは違う。だからもう一度腹を割って話したいと思った。私が緊張で飲み込めないクッキーを紅茶で押し流したのを見届けて、クリスは口を開いた。
「俺のことは?」
「好きだよ」
「それって昔会った方の俺じゃない? 女の子と思ってた方の俺なんじゃないの」
私は何とか言葉を紡ぎだした。これは原稿なんかじゃない。ちょっと語彙が足りないけど、それでも何とか口から出た言葉だった。
「……私が好きなのは今のクリス。今の、魔法が上手で私が食べたお菓子の種類まで覚えてるそんなクリスのことが好きだよ。前からかなり変わったよね。私は今のクリスの方がずっと好き」
そこで私は少し考えて、私も思っていたことを話した。
「クリスこそ、そもそも私のこと昔遊んだ友達としか思ってないんじゃない?」
かなり怒ったような物言いになってしまったが、私はずっとこれが聞きたかった。
当のクリスは困ったように目を泳がせた後、私の目をしっかり見て口を開いた。
「ノアくんは、俺がなんでプロポーズを了承したか知ってる?」
「そりゃ……あそこで断ったら私がかわいそうとか? ……あ、冗談だったとか?」
思いつく限りではそれくらいだったのだが、正解はなかったらしい。クリスは深くため息をついた。
「……だったから」
「なんて?」
聞き返すとクリスはそっぽを向いて繰り返した。少し耳が赤くなっていた気がする。
「好きだったから。ノアくんのこと、ずっと」
今、口の中に紅茶があったら吹き出していたと思う。
「え、クリスは私が女って前から気づいてたってこと!?」
「違う、ずっと男だと思ってた!」
「え、え」
待って待ってどういうこと。私の中では同性同士の恋という概念がなかった。
そこで私は思い出した。去年くらいだったか、クラスの女の子が読んでいた結構エグめな官能小説のことを。貸してもらって1回読んで返した。「まぁ人それぞれ趣味があるから」その時はそう思っていた、が。明日は我が身だったわけか。
「あー。そういう……あー」
「え、なんか勘違いしてない!? 違う! 俺はノアくんのことが好きだっただけで、そういうわけじゃなくて!!」
クリスはこの1週間の中でたぶん1番大きな声を出していた。肩で息をしながら紅茶を1口飲む。相当緊張していたのか、その目には涙が浮かんでいた。
少し落ち着いたのかクリスはもう1度口を開いた。その口からは悲哀を帯びた声が漏れ出た。
「……ノアくんは俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃない。好きだよ」
「それも友達としてじゃない?」
私は無言でポケットからハンカチ(もちろん未使用)を出すと立ってテーブルに手を付き、反対側まで乗り出した。結局泣き虫なところは変わらない。私はクリスが泣いている顔を見るのが嫌だった。13年前もこんなことがあったような気がしないでもない。クリスはされるがままで少し目を細めていた。
ハンカチを目から離した時、私は立ち上がったクリスに強く手を握られた。私より少し背が高い彼が、私と目線を合わせようと足を曲げた。
「俺と婚約してくれませんか? 昔会った時からずっと好きでした。ずっとあなたのことが忘れられなくて婚約の話もこれまで全部断ってきた」
クリスは1回そこで息を吸った。
「今は友達として好きでもいい。絶対に俺でよかったって思わせるから」
私は自分の顔が茹で上がっているのを感じた。絶対、前のクリスはこんなこと言わなかったよね。見るとクリスの顔も茹で上がっていた。
今の私たちは、友達には到底見せられないような顔をしているだろう。




