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第8話 いざとなったら犯罪者

 その豪華な応接室で、2人は私たちのことを待っていた。ふわふわの絨毯に落ちてきたら死にそうなシャンデリア。机の上には庭から摘んだのであろうバラが花瓶に入れられて飾れれている。大きな窓からはさっき通ってきた前庭が見える。

 私の顔を見るとクリスはにこっと微笑んだ。今日はいつもの三つ編みではなく、後ろで髪をお団子にしている。服も(家なんだからそりゃそうではあるのだけれど)制服とは違う、黒くて首元にひらひらが付いたシャツを着ていた。


「どうぞお座りください」

「失礼いたします」


 私たちが座ってから、応接室には紅茶と何種類かのお茶菓子が運ばれてきた。そのどちらもが私が学院のカフェテラスで好んで食べているものだった。クリス、仕事ができすぎて怖いよ。でも、今は緊張でそれらには手を付けることもできず、私は紅茶から立ち上る湯気を見つめていた。

 両親がクリスの父親と世間話をしている気がするけど、それも全部聞こえない。


「それでは本題の2人の婚約について話し合いたいだが、大丈夫かな?」

「……その件について、ノアから少しお話があるようで」


 お父様の言葉に私は湯気を見つめていた顔を上げた。ずっとこちらを見ていたのであろうクリスと目が合う。私はそっとクリスから視線を外した。私はこの1週間考えに考えて1つの結論を出していた。この話はまだ両親にもしていない。「話がある」ということだけを両親には伝えてある。


「この婚約を私はお断りしたいと考えています」


 私が使える精一杯の敬語である。クリスの父親が少し驚いたような顔をしていた。

 それは「断る」という結論だった。もちろん私はこれからクリスと婚約者として接することもできる。


「この婚約は私の手違いのようなもので成立したのですが」

「おっと話が変わってきたな。その話は聞いてない気がするが」


 黙っていたお父様が私の話を遮った。あーそういえば、かなりぼかして話した気がするな。鎌をかけられたことと、それにまんまと引っかかったことは言ってないんじゃないか。


「そちらの父上はもしかして聞かれていないのか」


 たぶんクリスの父親はクリスから話を全て話を聞いていたのだろう。

 その口から語られる私の失態を私は口をぱくぱくしながら聞いていた。たぶん、まな板の上の魚のほうがましな顔をしているだろう。

 話を聞き終わったお父様は、怒るというよりも呆れていた。


「いやいや、何やってるんだ2人とも。そんな背景があったなんて知らなかったぞ」


 お母様はクリスと同じように爆笑していた。

 クリスの父親は苦笑しながら言った。


「私もそれを聞いたときに思わず笑ってしまってね。とっさの判断が早いお嬢さんだ」


 前も違う人に同じことを言われたような気がする。たぶんすごいフォローされているか、すごい高度な嫌味を言われているかの二択だろう。


「じゃあ、話の続きをしよう。この婚約を断る理由を教えてもらえるかな」

「さっきの経緯の婚約で、たぶんクリス……さんは私の婚約を受けるしかなかったんじゃないかなと。大衆の目前での出来事でしたから。それに少し前まで同性だと思っていた人との婚約なんてあんまりじゃないでしょうか」


 ここまで言い切って私は肺の中の空気が足りなくなり、深く息を吸い込んだ。鍛錬で肺は鍛えてるはずなんだけど。


「それにクリスさんは辺境伯家のお方なのですから、もっと良い相手を探せるのではないかと思います」


 そこで私は精一杯の笑顔を作った。何とか準備していた言葉を言い切ることができた。辞書の前で数日間格闘した甲斐があった。一応、荷物の中に入れていた原稿は使う必要がなかったようだ。まぁ、今は使用人さんが預かっているから使えないのだけれど。

 この出来事が原因でクリスと友達でさえもいられなくなるかもしれない。それでもいい。それでもクリスが幸せでいてくれるなら。


「ふむ、そうか」


 クリスの父親はなるほど、と頷いた。なんとか了承されそうで、私は肩の力を抜いた。

 明日からいい男を探して頑張ろう。そう心の中で決意した時。


「確かにそういう考え方もあるな」


 おっと話が変わってきたな。

 「そういう考え方もある」ということは「別の考え方もある」ということだと、この数日で言葉のプロになった私は思った。


「クリス、何か異論はあるか?」


 私はそこで、さっき気まずくて視線を外していたクリスにもう1度目を向けた。クリスは真顔のまま、口を開いた。


「少し2人で話したいので、席を外してもらうことはできますか?」

「それはちょっと……」


 お父様がさすがに反論した、がクリスは有無を言わさぬ口調で続けた。まるで昨日までとは別人のようだった。


「部屋のドアの前で待っていただく分には大丈夫ですので」

「いや、それでもさすがに」


 さらに食い下がったお父様だったが、私はお父様にこそっと耳打ちをした。


「大丈夫、何かあったら殺してでも止めるから」

「あーじゃあ大丈夫……か? くれぐれも殺すなよ」


 私の「殺す」の信用度がよほど高かったのか、両親とクリスの父親は部屋から退出した。

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