第5話 人の形をしたオーガエンペラー
この日の午後の授業は剣術の実技だった。つまり食後の運動。お腹が痛くなると生徒には嫌われている時間だが、私が最も好きな教科の1つでもある。
ズボンスタイルの動きやすい服装に着替えて、私たちは学院の裏庭に集合していた。まもなく先生が来て授業が始まった。今日の授業は1対1の模造刀による試合だという。しかし、私に話しかけてくれる人は誰もいないし、私から近づいてもなんだか水と油のように遠ざかって行ってしまう。この頃――というか去年末の武術大会が終わってからはなんだか剣術の模擬戦の時には避けられるようになり始めた。今まではクラスの人数が偶数だったので余ることがなかったのだが、今日からは話が違う。
「ノアくん、一緒に組も――」
そう言いかけたクリスが近くの男子生徒に止められて引きずられていく。
「え、なんで?」
「いいからあいつはやめとけ、最悪死ぬ」
「いや、模造刀だからそんなわけなくない?」
「もうノアは人間の域を超え始めた。もうここの生徒じゃ止められないところまで来てる。人の形をしたオーガエンペラーとか言われてんだよ。クリスは俺と組むか?」
失礼すぎる話し声が少し離れた私のところまで聞こえてきた。その噂を聞いてから図鑑でオーガエンペラーを調べたことがあったが、全然似ていなかった。そもそも私は二刀流なんかじゃないし、蛮族ですらない。女の子に蛮族のあだ名がつくとか、この頃は世も末である。もっと「子猫ちゃん」とか「うさちゃん」とかそういうあだ名をつけてほしかった。
「あー……やっぱりフォンターナが余ったか。……そりゃそうか。じゃあ、フォンターナは先生とで」
そんなこんなで一戦ずつ模擬戦が始まった。相手の刀に当たったほうが負けという単純なルール。私は他の人の動きを眺めていた。他人のいい動き、悪い動きを客観的に眺めることで自分の動き方にも活かせるからだ。
クリスは勝っていた。男にしては小柄で足の動きが軽く、死角からの攻撃が可能。まぁ、あの失礼な男子生徒は力が強いわけではなかったし、相手との相性も良かったのだろう。
私の番が来たときには私たちの周りにはギャラリーができていた。先生は騎士団の団員であるだけあって、かなり手ごわい……と思う。
「じゃあ、先生も怪我したくないし本気で行くからな!」
かなり大人気ない言葉とほぼ同時に模造刀が目の前に近づいていた。とっさに後ろにはよけずに自分の刀で受け止める。さすがに体格差もあり、先生の斬撃を受け止めたまま耐えることはできない。何とか流せたが、次の斬撃が襲ってくる。このまま守備で精一杯だと絶対に勝てない。私は先生の弱点を見つけ出そうとする。
たぶん先生は1つ1つの振りが大きい。おそらく騎士団の団員で、いつもは大剣を使っているからだろう。それから模造刀が大剣よりはるかに軽いからかスピードは速い。あとは……たぶん騎士団といっても戦争慣れしてるわけではない。この50年ほどはこの付近で大きな戦争が起きていないため、騎士団も仕事がないであろう、歴史の授業を聞いてないからよくわからないけど。
ここまで数秒。その間に少なく見積もって10回は攻撃を受け流している。さすがに反撃しないと私の肩が限界である。その次の斬撃で私は後ろに下がった。そして地面にしゃがみこんで、できるだけ低い体勢になる。先生は私の胴を狙うため、模造刀も自然と下を向く。私に刀が当たるその寸前を狙って、私は剣と足で地面を押して――上に飛んだ。できるだけ高く。先生の視界から外れるように。
先生が一瞬、ほんの一瞬だがあっけを取られたような顔をしたが、また空中の私に焦点が合った。
空中で体勢を整えて思いっきり刀を振りかぶる。が、それはぎりぎりで防がれた。ちょっと待てよ話が違う……とはならない。
地面すれすれまで落ち、体が地面に着く前に手を着く。そして反対の腕を全力で伸ばして剣を振った。
ばしっという音をたてて勝敗は決まった。私の模造刀は先生の足に当たっていた。私は地面に落ちた反動で地面を転がった。青い空が視界いっぱいに広がる。周囲からは大きな拍手が聞こえた。
「大丈夫? 立てる?」
上からクリスにのぞきこまれて、私は口を開いた。
「うん、全然大丈夫」
実際、去年の武術大会の方が危なかった自信がある。真剣だし怪我はするし魔法ありだし相手は殺しに来るし。勝った私でも大会後に治療院行きになった。
よいしょっと声には出さずに私は地面から立ち上がった。ズボンについた土を払う。周りから上がった歓声にひらひらと手を振った。隣にいるクリスは少しむっとした表情だった。
「嫉妬しちゃうね」
「なんで?」
クリスは答えなかった。
その時、先生が私に声を掛けた。
「やっぱりフォンターナは強いな。型にはない動きだが、とっさの判断が早い。身体能力もそこらの冒険者より高い。将来は騎士団一択だな」
「いえ、私なんて全然ですから」
「でも騎士団からスカウトが来てたんじゃないか? あれはどうしたんだ」
「ちょっと保留です」




