第8話 アルゼンチン ーー昨日まで豊かな国だった
昔、世界で最も豊かな国の一つに、
アルゼンチンという国があった。
比喩ではない。
二十世紀の初め、
アルゼンチンは世界でも指折りの豊かな国だった。
広大なパンパには、
どこまでも小麦畑が続いていた。
牛の群れが草原を歩き、
港からは穀物と食肉を満載した船が、
次々とヨーロッパへ向かった。
ヨーロッパからは、
金と人と技術がやってきた。
ブエノスアイレスには、
パリを思わせる大通りが造られた。
壮麗な劇場が建ち、
地下鉄が走った。
イタリアから、
スペインから、
ヨーロッパ中から人々がやってきた。
彼らは思った。
ここなら、
自分たちの子供は、
自分たちより豊かになれる。
間違ってはいなかった。
そのころは。
アルゼンチンが豊かになった理由は、
難しいものではなかった。
土地が豊かだった。
世界が、
その土地から生まれるものを欲しがった。
そして海の向こうには、
それを買う金を持った国々があった。
牛肉を売った。
小麦を売った。
トウモロコシを売った。
その金で、
必要なものを外国から買った。
鉄道も延びた。
港も大きくなった。
町も豊かになった。
世界経済の中で、
アルゼンチンには確かな居場所があった。
だから、
この仕組みが終わる日を、
急いで考える必要はなかった。
だが、
世界は変わった。
一九二九年、
世界恐慌が始まった。
世界中で貿易が縮んだ。
輸出は落ちた。
仕事を失う人が増えた。
外国から入ってきていた金も、
以前のようには入らなくなった。
人々は考えた。
外国に頼っているからいけないのだ。
必要なものは、
自分たちで作ればいい。
もっともな考えだった。
国は国内産業を守った。
工場が造られた。
機械が動いた。
都市には労働者が集まった。
アルゼンチンは、
農産物だけを売る国から、
工業を持つ国へ変わろうとした。
それも、
間違った選択ではなかった。
やがて人々は言った。
「国がこれほど豊かなのなら、
その豊かさは、
働く人々にも分けられるべきだ」
もっともだった。
賃金が上がった。
社会保障が広がった。
労働者の権利が強くなった。
国は経済に深く関わるようになった。
それまで豊かさから取り残されていた人々も、
豊かさの一部を受け取るようになった。
それも、
間違った考えではなかった。
だが、
国が使う金は増えた。
景気が悪くなっても、
支出を簡単には減らせなかった。
足りなければ、
借りた。
それでも足りなければ、
通貨を増やした。
物価が上がった。
昨日買えたものが、
今日には高くなった。
今日の給料が、
明日には少し軽くなった。
すると、
別の人々が言った。
「政府が大きすぎるのだ」
「もっと市場に任せなければならない」
「世界に国を開かなければならない」
それも、
もっともだった。
支出を削った。
規制を減らした。
外国から資金を呼び込んだ。
国営企業を売った。
通貨の価値を守ろうとした。
しばらくすると、
物価は落ち着いた。
外国から金が入ってきた。
人々は安心した。
これで、
ようやく普通の国になれる。
そう思った。
だが今度は、
国内の産業が苦しくなった。
失業が増えた。
借金が増えた。
外国から入ってくる金が止まると、
それまで安定しているように見えた仕組みが、
急に動かなくなった。
すると、
人々は言った。
「やはり、
市場に任せてはいけなかったのだ」
それも、
もっともだった。
そして、
また元へ戻った。
国有化した。
民営化した。
規制した。
自由化した。
通貨を増やした。
通貨を守った。
外国から借りた。
外国との約束を破った。
また外国から借りた。
左へ行った。
右へ行った。
そして、
また左へ行った。
そのたびに、
理由があった。
そのたびに、
専門家が説明した。
そのたびに、
人々は期待した。
今度こそ、
うまくいく。
そして実際、
しばらくの間は、
うまくいくこともあった。
だから、
難しかった。
明らかに愚かな政策だけが
繰り返されたわけではなかった。
一つ一つを取り出せば、
それなりの理由があった。
ただ一つだけ、
少しずつ失われていったものがあった。
明日も、
今日と同じルールが続くという信頼だった。
人々は、
自分の国の通貨を信用しなくなった。
金が入れば、
外国の通貨に替えた。
貯金を守る方法を考えた。
企業は十年後より、
次の政策変更を考えた。
政府が変われば、
税制が変わるかもしれない。
規制が変わるかもしれない。
通貨の価値が変わるかもしれない。
預金の扱いさえ、
変わるかもしれない。
ならば、
十年後のために投資するより、
今、
自分の財産を守るほうがいい。
それは、
合理的だった。
自国通貨で貯金しない。
長期投資をためらう。
資産を国外へ移す。
次の政策変更が来る前に、
できることをする。
一人ひとりは、
合理的だった。
国全体だけが、
少しずつ貧しくなった。
それでも、
アルゼンチンから
何もなくなったわけではない。
パンパは、
今も広い。
牛もいる。
穀物も実る。
石油もある。
天然ガスもある。
教育を受けた人々もいる。
都市もある。
大学もある。
企業もある。
国を豊かにする材料は、
今もたくさん残っている。
だからこそ、
アルゼンチンの歴史は怖い。
国は、
一度の大失敗で
貧しくなるとは限らない。
戦争に負けなくてもいい。
国土を奪われなくてもいい。
資源が枯れなくてもいい。
その時々では
正しく見える選択を繰り返しながら、
少しずつ、
少しずつ、
豊かさを失っていくこともある。
そしてその途中では、
昨日より今日が
ほんの少し悪くなっただけなので、
ほとんどの人には、
それが歴史的な衰退なのか、
ただの不景気なのか、
わからない。
遠い国の話である。
ところで、
海の向こうに、
長いあいだ豊かだった国がある。
かつて世界中の人々が、
その国の自動車を買った。
その国のテレビを買った。
その国のラジオを買った。
その国の半導体を買った。
世界の町を歩けば、
その国の企業の名前を
いたるところで見かけた。
土地は値上がりした。
給料は上がった。
町には新しいビルが建った。
人々は、
来年は今年より豊かになると
ごく自然に信じていた。
ところが、
あるころから
給料があまり上がらなくなった。
工場が国外へ移った。
世界を席巻していた企業の名前が、
一つずつ消えていった。
世界一だった産業が、
一つ、
また一つと、
他国に追い抜かれていった。
それでも、
人々は普通に暮らしていた。
昨日まで、
普通に暮らせていたから。
政治家は言った。
「改革が必要だ」
もっともだった。
改革した。
別の政治家は言った。
「景気を支える必要がある」
もっともだった。
金を使った。
別の政治家は言った。
「財政を立て直さなければならない」
もっともだった。
負担を増やした。
また別の政治家は言った。
「成長のためには、
もっと投資が必要だ」
それも、
もっともだった。
一つ一つには、
理由があった。
そのたびに、
今度こそ良くなると
説明された。
そして気がつけば、
三十年以上が過ぎていた。
それでも、
その国では今日も、
電車はほぼ時間どおりに来る。
コンビニには商品が並ぶ。
水道の蛇口をひねれば、
きれいな水が出る。
夜になれば、
街には明かりがともる。
昨日と、
ほとんど変わらない。
だから人々は、
明日もたぶん大丈夫だと
思っている。
アルゼンチンの人々も、
百年前、
たぶんそう思っていた。




