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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ストーカー

作者: 浅水那月
掲載日:2026/01/21

深く帽子を目深に被り、大きなマスクで顔を覆った男が、

ある一軒家の前に立っていた。

男は周囲を警戒するようにキョロキョロと見回すと、

意を決したように門扉を開け、玄関へと進んだ。


インターホンへと指を伸ばし、慎重にボタンを押す。

だが、家の中からは何の反応もない。

男がドアノブに手をかけると、鍵は掛かっていなかった。


薄暗い玄関には、微かな生活臭が漂っていた。

男は三和土に揃えて脱がれた女性用のパンプスに視線を向ける。

(……いるな)

安堵と緊張が入り混じったような、重い吐息が漏れる。


男は額の汗を拭うと、リビングの方を真っ直ぐに見据えた。

一刻も早く、確認しなければならない。

男は逸る気持ちに突き動かされるように、身を乗り出して一歩を踏み出す、

その瞬間だった。


「うわっ!」


男の足元が突然消えた。

玄関の床板が踏み抜かれ、男の体はそのまま下の闇へと吸い込まれる。

ドサッという鈍い音に続き、グシャリと何かが突き刺さる嫌な音が響いた。

男の絶叫が家の中に木霊する。


「やったか!」

奥のリビングから、興奮した様子の夫が飛び出してきた。

その後ろから妻もおずおずと顔を出す。

落とし穴の底では、男が苦悶の表情を浮かべて血の海に沈んでいた。

床下にはあらかじめ、切っ先を上に向けた包丁が何本も固定されていたのだ。

「くく、ざまあみろ。ストーカーめ」

夫は穴の縁に立ち、苦しむ男を見下ろして歪んだ笑みを浮かべた。

「ほら、トドメだ。正当防衛を成立させるためにな」

夫はさらに手にしたナイフで、動けなくなった男の腹部を容赦なく刺した。

男は一度大きく痙攣し、やがて動かなくなった。


この夫婦には、誰にも言えない秘密があった。

それは「人を殺してみたい」という、異常な欲望だ。

だが、殺人罪で捕まるのは御免だ。そこで二人は一計を案じた。

妻が魅力的な服装で出歩き、ストーカーを誘引する。

そして「ストーカーに悩まされている」と警察に相談実績を作り、

既成事実を積み上げる。

その上で、自宅に侵入してきた暴漢を、パニックになった末に殺害した――

というシナリオを描いたのだ。

この落とし穴も、そのために何日もかけて細工したものだった。


しばらくして、サイレンの音が近づいてきた。夫婦自身が通報したのだ。

駆けつけた制服警官たちが、玄関の惨状を見て息を呑む。

「な、なんてことを……」

一人の警官が呻くように言った。

夫は両手で顔を覆い、演技たっぷりに震えてみせた。

「すみません……怖くて、怖くて……。

もしもの時のために罠を作ってはいたんですが、

あいつが入ってきた瞬間、頭が真っ白になって……気がついたら刺してました」

妻も夫の背中にしがみつき、嘘泣きをしている。

「僕たちは、ただ自分たちの身を守りたかっただけなんです!」


警官は沈痛な面持ちで、穴の底で息絶えている男を見やった。

男の顔からズレたマスクの下には、まだ若い真面目そうな素顔があった。

警官は静かに無線機を取り出すと、本部へと連絡を入れた。


「……こちら現場。至急、応援求む」

警官の声は震えていた。

「見守りの為に巡回に向かった同僚が、殺害されました」


夫の嗚咽が、ピタリと止まった。

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