Ep9:進学
アクスドリーマヌ領から抜けた、パンドム区域というところがある。そこにはイシュペータス王国屈指の学園があると聞いた。
王国には更に3つの領土があるというが、その中では優秀な生徒を王国の従士として送り込むという約束事があった。但し、貧困区の者は平民区で働き、早期に抜ける事を推奨されているが、住むところが無ければ何も得られないというのが世の掟。河川区の水さえも汲むのに、漁区から許可を得なければ王国の条例に触れるのも世の掟とされる。
王都と貴族領には井戸があるのに、平民区は共同水汲み場として訪れる。だが、貧困区は許されない。区間を乱すというその一線から逆らえば追放という形を王国側で執るから、勉学にしても一定の年齢が訪れるなら、早く入学することを命じられるのであった。
一方、貧困区から兄代わりとして平民区である俺の父・リディズと母・フルレの家に同居していたジグル。彼は『学問研究職に就きたい』と言っては、『そろそろウィナート家から引っ越すから』とも言っていた。俺は家族と3人で同居する事になるのだが・・・。
――パヘクティ学園――
俺が10歳となっていた頃に入学した一つの学園がここだ。新天地になぞる意味で「完熟された香り」を意味して名付けられたというのが、パヘクティという名だった。
ここの園長は食料調達の難しい世帯も多く居る事から、収容人数は300人。つまりアクスドリーマヌの領内人数の約半数であれば、16歳未満なら入れるというのだ。そこで気に掛かったのが、他の領内や、地区から入れ、中には“貴族”も混じる事があり、学園としてのベクトルは高いと云われている。
何も無ければ唯々、貴族という主張に緊張するに違いない。
“ツンツン・・・”
突如、何かの突きが3度襲ってきた。爪のような尖った部分が背中に当たる。
「ねぇ、あなた。そこのあなたよ」
「え?」
振り向くと、俺よりもやや小さな女の子が大らかな眼差しを当てて指を突いて繰るのである。何度も。それは何だか懐かしい眼差しだった。
「早く振り向けないの?」
「うん?振り向けって・・・向いているけど?」
見た目は俺と同じくらいだと思っていたが、全く異質な感じを受けていた。遥か以前の世界にでも居たかのような雰囲気だ。以前に最古という世界軸の話をジグルから聞かされた覚えがあったので、その影響かと思われた。まるで夫婦のような感覚だった。
「8歳にして頭脳明晰と呼ばれたの」
「あの、俺を突いて来たお前は・・・何を言っているんだ?」
「ライズ、私の名はイーター・アマテ。昔、遊んだでしょう?」
「えっ、あのイーターなのか?」
まだイーター・アマテという女の子の事を覚えていたのは、あの暴れん坊で冷酷な声、強い腕力に加えて花の好きな女の子だった・・・。そして再会したのも彼女がアプネ・カースへ引っ越していったあの頃以来か。俺は変わらず友達と遊ぶ日々と勉学を共にする仲間と戯れていた。
「このパヘクティ学園は貴族もやってくると聞いた」
「私はアプネ・カースの領土で2歳の貴族の子と出逢って、3年間一緒だったの」
「へぇ、あのいじめっ子にも負けないイーターが貴族と一緒だったなんてね」
「そう。あの私が貴族と一緒だった。そして卒業し、あなた。ライズの前に居る!」
どういう意味か、力説を述べるイーターであったが、俺に対する対抗心も健在だった。小さい頃は負けていたが、今はどうだろう?
「負けないわ」
「いきなり何だよ?」
「貴族の知恵を活かした私のこの言葉遣いを聞いて居て、気付かないなんてね」
「だけど、貴族というそれを俺は知らない・・・」
「へぇ~知らないんだぁ~?」
以前のイーターは堂々としていて、このような意地悪は言わなかった。まるで手相を見て占い、先を当てる様な言い例えである。これではまるで俺が年下みたいじゃないか、と言いたくもなった。パヘクティ学園に来て暫く経ってもその態度は変わる事もなかった。
「なぁ、イーター。この分散式だけど、知らないかな?」
「DOJKをFLLに例えると、gooが呪文になるの。そこからdethaを差し引いてKLMSに変化よ?」
「さすがイーターだぁ!貴族と一緒に勉強していただけの事はあるねぇ~」
どうして貴族と勉強していただけで、学園全てを制するのか全く理解できなかった。俺の頭脳だけでは解けそうにない文章でさえ、組み換え方式を使って解いてしまう。それも幾度も練習したのに、必ず先を通り越す馬車の様なイーターだった。だけど・・・
「待っていたんだ。この日が来ることを」
「何を言っている?お前が俺の学力を抜き去るこの日を、待って居たという?」
「ううん。そうじゃない・・・」
「どうしたんだよ?」
気付けば俺達は2年間の学生時代を一緒に過ごしていたらしい。もう、ジグルは引越していったし変化に戸惑う俺自身が居た。まるで運命の歯車が時を刻むように、共に暮らしていた事を意味するような状態も続いていた。その間ずっと俺は数式・科学・物理学に剣術を習ってきた。それは語学が得意だったから。
だが、イーターは語学・家庭術・心理を専攻する。何をするにしても手際が良かったからだ。あのお転婆だったイーターが慎ましい生活の基準を習っていた事に、俺は驚きを隠せていない。
「イーター。何で、手際が良いのに剣術や武術を習わないんだ?」
「だって女の子だもの。10歳と言えば、そろそろ女の知恵を振り撒く時期に来ているのよ?料理だってそう。あと5年間このパヘクティ学園に居るつもりよ。3年前の合宿の成果を見せられるわ?」
「へぇ・・・お、応援するよ・・・」
この言葉を突き刺す威勢。学問も違えばその振る舞いも変化するのだろうか。一方で俺はいつしか貧困を救いたいという願いに乗じて、冒険家のような暮らしをしたいと夢見る。だから一応、剣術は習っておきたいと思った。イーターはどうも弓矢や短剣を習っている様で、狩りでもするような恰好になっている。
それも家庭術等を専攻しているものだから、生活基準で必要最低限の学びをしているかとも思ってしまった。
「違うの・・・」
「何が?他の者に言えないなら、俺が聞いてあげるよ?」
「・・・鈍いのよ・・・」
それは一年経とうとしていた頃だった。口を尖らせて何か言いたそうなイーターのその表情を見ていると、何だか恥ずかしい事を秘めていて隠している様な気がした。それは男の子の俺なら分かりそうな感じだったのに、あまり理解出来そうになかった。
頬と鼻を膨らせていたから「まずい、怒らせたのか?」とも思っていたので額に手を当て、考える。
「俺が鈍い・・・、何がだろう?」
「知らない!」
イーターが女の子になると感じる瞬間に魅入る。
―――ある日の事だった。
俺はパヘクティ学園のあるパンドム区域の推奨で、次の学級に上がる事になった。それは俺の知らない事が沢山待ち受けていたのだ。同じ勉強部屋だったイーターとの同期生活もこれで別れとなる。俺には俺の人生がある様に、彼女には彼女の人生が待ち受けている。
それを止められるのは、あの頃の意志と魂のような日々である。
「同じ学園なのに、お別れなんてね・・・」
「俺が13歳になるから、お前は11歳になる。あっという間だったな」
「そうね。でも、アクスドリーマヌ領の外れだけど、私はパンドム区域の近くの領内に居るから、いつでも会えるんじゃない?」
「あぁ・・・そうだよな。お前とはいつでも会えそうだ」
そういって会える日はもう、数年先となる事を宇宙は提示していた。
パヘクティ学園の図書館にある信仰書には“神”という存在が俺達を再び「会わせるように」と願っている様だった。
それは俺達の再会を“赤い糸”で縫うように「お前達をいずれ会わせよう」と笑顔で微笑んだ。それきり、イーターの姿を見る事は殆どなかった。なぜか再会する事を願ってしまう。




