Ep7:養育園
――俺とジグルは3年の間だけこの”フリオタム養育園”に通っていた。
この時、俺が5歳でジグルが14歳と、かなりの年齢の開きがあるものの、そこの園長はよく面倒を見てくれていた。
おかげで俺達は時間を掛けずとも直ぐに勉強をする事ができ、次第にその距離は縮まる。
「今日も授業が終わりだね」
「そうだね。おれ、少し勉強分かった気がする」
「え?僕なんて落ちた本から拾って習っているけど、もう?」
「うん。先生から語学習えって言われたから」
「へぇ、ライズは言葉を覚えるのが速いんだねぇ~・・・僕なんて、」
ジグルは時折、劣等感に苛まれていた。それは「貧乏だから」という理由でなく、成長に従って知能が衰えるという、理解するよりも実践的なんだと俺は知っていた。だから――、
「――なぁ、ジグル。もうちょっとだけお腹空かせたら、ランホテで遊ぼう?」
「でも、ダガード園長に『折角、貧困区から入園出来たんだから勉強していいよ』って聞いたもの。ランホテは今はいい・・・」
「そうか。じゃぁ、おれと勉強しよう。どうせ同じ道を歩いているし、暇潰しに丁度いいよね!」
ジグルは頷き、俺の目を気にして勉強に集中できなかった様だった。そこは反省するとして、二人で宿題を仕上げていった。答え合わせをするために――。
「まぁ、ジグル!よく出来ているわねぇ~」
「えへへ・・・よかった・・・」
「ライズは少し間違いが多いかしら?」
「だってローズ先生、おれはランホテで遊びたくて暇だから勉強したら、」
「言い訳はみっともないわよ?まだフリオタムに入ったばかりだから慣れないのなら分かるけど、『遊ぶから暇潰しに勉強しました』は、とても適当だわ?」
「ちぇ~・・・ジグルばっかりいいなぁ~」
「きっと大丈夫だよ。何だって言葉を覚えるのが速いライズだから・・・」
しょんぼりする俺に対してジグルは少し元気が無さそうだった。その理由を後で聞くと、こう言っていた。
「だって、褒められるよりも自分で勉強した方が楽だもの」
「普通、ほめられたらうれしいけどなぁ~。なぁんでジグルはこう、意地っ張りなんだい?」
「誇りを傷付けられたくないんだ。以前もそうだった・・・言葉を千切れた文字、汚れた本で覚えていた・・・。もう少し頑なに勉強をして居たかったよ」
「がんこだなぁ・・・父さんにも話したら?」
俺以外に相談するのが苦手なジグルは、疲れた表情をして、ジッと教材の本に目を遣る。とてもじゃないが、何かに縛られている様な態度で堪えるのも辛そうだった。
「もう少し、大人になってから話すよ・・・その頃にはもう・・・」
「その頃?なにが起きるんだ?」
「今は・・・ちょっと・・・」
あまり問い詰めるのも良くないと判断した俺は、ジグルの勉強用紙を見直した。だからか、俺の方のテスト用の答案用紙を確認していた。だが、その勉強用紙からは全く、統一性や協調性が感じられない・・・。
ジグルは一切、口を割らずにそのまま勉強の教材を分割して書き直していた様だ。俺には真似すら出来ないような速度で、だ。
――暫く経って・・・。
「ジグルの勉強用紙から一歩抜けてテストは合格としよう。おめでとう!よくやったね?ジグル、」
「ダガード園長先生、ありがとうございます!僕もこれで新たな勉強が出来そうです、」
「・・・おれは?」
「ライズの答案用紙だと、どうやら内容の理解よりも、発言に対する語学が優秀なようだねぇ」
「その通りです。ライズは言葉を覚えるのが速い方なんだけど、計算と科学があまり得意ではなさそうね。運動は十分出来ているのに?」
「へへっ、よかったぁ!」
俺達二人はダガード園長とローズ先生に褒められると照れ臭くなるようだった。だが、ジグルは未だ、もんもんと課題に対して考える方だった。一方、俺は呑気に言葉を友達と発していて、そういう意味で勉強になるが、理論とか科学なんかには疎かった。慣れれば優秀な成績を修められそうだった筈である。
「子供の時は、まず体作りから始めないと勉強にも追い付けないんだよ?」
「分かっています。でも、僕は自分で考えて答えを導き出すのが好きなので、つい――」
「ジグル。君は我が家で暮らしているだろう?もう少し呑気で良いんだ。もし、苦しければ漁師の人に頼んで、釣りをさせて貰うことにしよう。折角、成長しているのだからね?」
「はい!・・・ブツブツ・・・でも、漁区かぁ・・・魚を釣って食べるには20%の腕力が釣り竿のしなりに対して有効な動きを見せられる・・・ブツブツ」
「ジグルぅ、お前って、ぶつぶつ考えるの好きなんだねぇ・・・」
「ライズはそのまま考えられるからいいけど、僕は覚えて見聞きして資料にするのが好きなんだよ・・・貧乏だったし」
「うん?そうなのだね?貧困区でウィナートさんの家で預けられていた事に少し、嫉妬しているのかい?もし何だったら、私にも話してくれないかい?」
◇
するとジグルは気恥ずかしそうに父・リディズの前を見た。何だか預言でもしそうな目つきで見詰めた。どうやら、アクスドリーマヌ領区の中で、新たな仕事を見付けられる様な状況に持ち込ませる事を伝えている。「馬の肉を捌いて団子肉料理を王国で売りそうですよ」と、時折、知らないジグルの言動に驚く俺と父であった。母も少しは見違えていた様でフリオタム養育園へ入れてよかったと安堵していた。
「ライズにジグル、私がお前達を王都に招待させるように国王に言ったとしたら?」
「おれ、お菓子をたべたいから、兵士になるよ」
「じゃぁ、僕は貴族と渡り合えるような研究者になりたいな」
「ライズはともかく、ジグルは自力で勉強するし、大丈夫かも知れないわねぇ」
「フルレ、私は思うんだよ」
「何を?」
「何時か、二人はさらに大きくなって再び出逢う時が来るだろう、と――」
「まるで預言者みたいね?あと数年であなた達はお互いの道へ進むのだから・・・」
俺とジグルはその言葉同士に入り込めなかった。妙に辛気臭い様子に、どうも定着した話に聞こえなかったからだ。「食材の事だろうか?」と思考を張り巡らせたのも先の事で、この時はお菓子の事ばかりを頭に控えていたのである。
「お母さん、お菓子たべられる日が来るといいね!」
「まったく・・・この子ったら・・・」
――それから2年後――、
俺とジグルはダガード園長のご厚意により、園内での勉強を許されて更に新しい授業に取り組むことも出来た。それに同じ生徒達と食事を共にする機会も増えている。家と違い二人きりで勉強する事のない意味で救いがある。
―――カチ・・・ャ、ゴト・・・ッ
「よく食べたなぁ――ッ。ところでさぁお前は『有意義』って言葉知ってるか?」
「『有意義』かい?あぁ、知っているよ。丁度今の君と僕のような感じだね」
すると、すぐ傍に居たブレタとジブルドはこのように話を進めだす。
「なになにィ~?あなたたち食後に勉強を?へぇ、珍しい事もあるものねぇ」
「ほんとだ――ッ!お前ら仲いいよなぁ。いつまでもそうやっていてさァ!」
俺とジグル、とても9つもの年の離れた会話じゃない。知性的というべきか。俺は7歳になっても言葉をよく覚え、ジグルは16歳で文章解読などをしている。ここには沢山の参考書があり、ジグルの言葉の自由は誰が聞いていても、居心地の良さを感じられるようになっていた。
勿論、ウィナート家のそのまた養子であるジグルの同期が聞いていても、まるで同じ年のように見えている。
「ブレタにジブルド、あのォ一応聞いておくけど、変な意味じゃないよねぇ・・・?」
「さあ、どうかしら!今どきって何でもありだと思うけど?ねっ、ジブルド!」
「う・・・うん、ゴクリ」
ブレタにジブルドは、どうやって俺達、年の離れた者同士がすんなり会話が出来ているのか、羨ましそうに見つめていた。どうも家族間での付き合いなど王国からの事例では余り認められないが、大臣は、一世帯4人での食事なら特に支給する分には問題無いと言っている。
特に、王都なんかに出る、お菓子なんて高級なものを食べた事もない。
「ジグル、俺は貧しい生活から人を守りたい。ジグルはどうなの?」
「僕は・・・ライズのお兄ちゃんになったつもりでも、やっぱり凄いと思うよ。僕なんて王都の研究職に就きたいなんて考えるもの、」
俺は「そう?」と言って、貧困な時代を乗り越えるために王国に勤めたいと考えを張り巡らせていた。その王国はエイドカントリーズの他に沢山ある。しかし、結局どの地方に向かうのか、学園での成果にもよるし、まだ決められる年じゃない事を肝に銘じることしか出来ないで居た。
だって今はイシュペータス王国に居るから・・・。
「なぁジグル」
「何?」
「お菓子ほしいな!」
―――




