Ep3:教え
――ある日のこと
「おれは薬学博士を目指すのさ!」
「やくがくはくし?にいちゃん、それなに?どんなの?」
「いいかライズ。それでお母さんの病気を治すんだよッ!」
俺の兄貴のようなマイジュは当時、学者が病気をみる医者になると云われていたことを本で読んだと言っていた。但しそれは兵士の役割とも謳われている。
現に自らの応急処置にも長けている事から、病気を治すのは兵士の役目とされていていた。兵士こそが学問を受ける資格があると王国の徴兵委員によっていつしか義務付けられていた。その治すという行為は兵士でなく衛兵の役割なのに、衛兵は兵士に同行するだけで動いてくれない。
騎士は剣技に長けることから、その道のりは長く儚いものだと大人は言う。
「兵士の次は上級兵で次は衛兵、騎士と・・・もう沢山だぁ~!」
「お前だけなら大丈夫だろうが、人を治すというのはなぁ、じゃあ食材は減るのか?」
「配給が減るんだろ?将来の有能な人材を育てたいから?どこがだよ・・・」
「この大地を浮かせる鉱石が特殊な方法で傷を治すという一説で云われている」
「じゃあ、学問と体を作るために食料を多めに・・・取ってあったのかな?」
食事だけでなく年を重ねるほどに健康的な体を目指す者も現れる。だが教育上ではこう習う。
例えば「生命は自然から産まれたのであれば、あなた達はまず草と木の関係を知りなさい」と教えられる。そこで生徒は話し合う。「草と木の関係だと石の粉が無ければ塗り付けられないし、布が腐るじゃないか」と。
かつての時と異なるそれは食事と健康だけで補えない“悩み”なのだ。
◇
――アクスドリーマヌ教会、エヌザス教祖の御言葉。
「悩める者、悲しむ者、死す者、生きとし生ける者達よ、我がエヌザス教へようこそ!」
王国の代表の一人としてあなた達の主ブレトル・インダスは彼のような者達を未知なる地へ招くでしょう!さァ、アクスドリーマヌ教会を崇めるのですよォッ!
「くそっ、今度こそ言ってやる・・・教会は王国の“家畜”だと!」
尖って丸くて灰墨とワラで作られた屋根、動物の糞と土と灰で塗り固められた壁、木材よりも固い鉄格、動物の生血と花粉で彩られ白い布が敷かれている。
この教会では生とは如何なる命をも食分け、与えられるモノから乞食を得ると生まれが変わると称える。
各国から得られるのは人の血肉であり、剣は誓って人命ではなく、自然を切ると生まれ移ると教える。その意味は“死をも潤うような対価を得よ”である。
「いいですか?」
あなた方は食べる事が導きだといいます。
それでは食料ばかりか、自然が枯れてゆくのです。
“教祖ォ、そんな事を言うけど王国から支給される食材は、元々おれ達のモノだった!”
“そうだぁ、私達が育てて生ませて増やして加工までした!枯れるどころじゃないぞ”
“うぇ、うぐ、わ・・・わたしの家なんてもう、ぐすっ、長持ちしやしないんです”
“エヌザス!あんたの教えだと、自然どころか生まれは『罪』なんですぞ!?”
“アンタは王国の手駒じゃないかァ!!しっかり国王に伝えろよォッ!!”
“民が欠落すると統治する、民が繁栄したら統治しない、統合しろォ!”
――パチパチパチパチ、タン、タンッ――
―――まぁまぁまあ、皆さん失礼しました。
“ドヨドヨ・・・失礼だって・・・ヒソヒソ・・・まさか伝えてくれる?・・・”
では、こう言い換えましょう。
我々は意志を以って決して相反する形を執ってはならないのです。
私を「好き」と言って貴方を「愛して居る」と教え己を“恐れる”のです。
“ザワザワ・・・何だ、一体何が言いたいの?”
”・・・ガヤガヤ・・・好き?愛!恐れぇ”
好きは王、愛は国、恐れは村、そして温めるは生れぬ力!
そう、我々は家畜なのです!国の餌となるのです!
“ドォッ、ザッ、もう一度それを言ってみろ!”
”・・・今や700人、それを家畜、餌だとォ!”
―――いいえッ!
ですから支給・・・いえ、配給される食材に残る味を皿ごと舐めるのですよ。
それは私ではなく預かる命、我々の意義ある“生命の形”なのです。
そこで「私は嬉しい、卑しいモノだ」と言ってごらんなさい?
そして赤子に戻り、育てた馬の乳を吸うのですよ・・・
命よ有難うォ!私は美味しく在りたいとゥッ!
“皿を舐めること―ソワソワ―”
”それが意義ある形ィ?・・・嬉しい―、だとォ”
貴方は嬉しい、貴女は意義のある、乞う者ォゥ!
なんと!我々は“頑なに”形を宿したのですよ―。
“教祖様悪いが・・・もう乳なんて出ねえん、だ、よ!”
”・・・もう十分、苦しんだぁ、ゥ”
しかも苦しみさえ与えてくれました。
そこに騎士は“食”を与えてくれました!
“ガタ、カタ、ス、スタ―、スタ――ドォンッ、キイィ――、バタァンッ”
そう、暴力は乳をも恐れるのです。
なんと恐れ多い、赦しを乞うと!
ええ勿論『あぁ私はここへ来てよかった』と言える時まで―――――ぇ・・・。
“キイ、キィ、キュゥ、キィ・・・”
教祖エヌザス・クランツは村から貧困者の子として産まれた。両親は国の定めにより別れるほかなく、そんな困る最中にも母親は病にひれ伏す。
同じ区間の村人達から“貧困区に居るのはおかしい、困るなら王国へ問うべきだろう、お前の父親は貴族だから村に頼るな”と教え続けられた。
そんな小さな彼が言葉も答えも得られずに怒りを抑え、亡き母の赦しを得て王国の臣下となり、再びアクスドリーマヌの復興を成し遂げたかった。
その40年間もの時を以って連なれてきた。貧困とは、民とは力を合わせ肩をも並べるべきではと・・・。
“ガタ、うゥ・・・あぁう、ぐっ、じゅる、しゅん・・・”
「母ざん――、も“う一人でば・・・国ばぁ、民ばァ~、一人ば嫌だよォ~~!」
『“お前は貴族だろうがッ、復興の皮をかぶる偽善者ぁッ、この村に留まるなァ―ッ”』
『“ゴンッ、やーいやーい、おまえなんかここの土地から飛ばされろォ~~っ”』
『“っけ、てめえなんて仕事さえ与えてりゃ家畜の餌にもならんだろお!”』
『“国の復興だぁ?アクスドリーマヌの復興は国の為だとよ!ボゴォ”』
―――いいえ、この神聖なる区域は我等母が与えたもうたのです―――
「母ざん・・・うヒん―、いひン―、うぃ、あぐゥオ、ぉおォ、ォ、ご―ギュゥ」
『“ええ、平和が訪れるのは教祖様のお陰なのです”』
『“貴方が居たからこそ平穏な国となるのです”』
『“教祖エヌザス・クランツ万歳っ、万歳ッ”』
―――さて、称賛を得られた気分は?この教会の居心地は如何でしょう―――
「み“ん”な“ぁ”離れ“でい”ぐよ“お”ォォ!・・・や“め”で消じでぇぇえ!!・・・グッ」
『“ねぇ~・・死ぬってしあ・・わせ?”』
『“エ―ザスにぃ―、ちゃ―、ガクッ”』
『“あゥ、坊や・・・どうか、”』
―――<<<どうが!ごのぼぐを――!!赦じでぇえェェ~~~!!!>>>―――
ズシュ――ッ
◇
ねぇ、
え・・・?
ねえったら~~!
なに?
――――――ハッ?ぼくは・・・一体!?
「そんなおんぼろ“スコップ”じゃ、土は掘れないんじゃないの?」
目の前に居るのは少年。彼は一体なぜここに居るんだ?先程から呼ぶ声が頭を突くようで痛みよりも安心感を得らえる。この40年間で初めての気持ちだ。
それにここは・・・?
ぼくは泣いていた筈だ。
「おじさん、ハイ!おれのスコップ貸してあげるよぉ、」
「あ・・・ありがとう。ところで君は私に何か・・・?」
この少年は、ぼくの泣き顔を見て“どこか行きたいところがあるのか”と尋ねてくる。確かさっきまで教壇の前で、ぼくは村人たちに教えを説いていた筈なんだけど、どうやら泣いて直ぐに庭に出ていたのだろう。
握っていたのは“十字架”だったのに?
「ねぇ、君は誰なの?さっき、ぼくはアクスドリーマヌ教会にいた筈なんだ・・・」
「ふふふ、大人って自分が起こした事を憶えないんだね~。その土、見てみなよ?」
あれ?この土、どこかで見たことがある。そうだ、お母さんが“お前に贈る”と言っていた牛の肥やしで造った土だ。一体どこからこんなものが紛れ込んでいたんだろう?そして少年はどこから現れたのだろう?名前すら知らない筈なのに・・・、
「あ~あ、土をこんなに掘っちゃって、その苗、カブリクスだろう?」
「ああ、うん。そうだよ・・・王国から貰ったんだ」
「いい?入りきらないから、下に石を詰めてみなよ~おれの家では石で水を湿らせて苔を生やすんだよ?お婆ちゃんが教えてくれたんだ!」
どうして気付かなかったんだろう。ぼくは石を詰めずに土さえ掘っていれば水は自ずと苗を育てると思っていた。カブリクスは丸くて赤い実をつける。それなのに枯れて傷んでしまったんだ。
水のやり方が間違っていたのでなく、与えるその水の微細生物によって根を食べられていたとは・・・、まるで村人たちへ言葉を与え続けていたように、枯れるんだ。
「スコップはね~土を突くんじゃなくて、かき混ぜるんだよ」
「何故かき混ぜるの?一突きすれば掻き出せるだろう?」
「そんなんじゃ、土が固くなるだけだよ。だからみんな出て行っちゃうんだよ」
じゃあ、王国から指示されていたのは、固い絆を以ってかき混ぜて、段々とアクスドリーマヌを解すように丸めてゆく・・・ぼくは、教えは“成り方”突き通すだけのことだと思い込んでいたんだ・・・!
「どう?柔らかくなったでしょ?固い絆はたぶん、食べ物も通さないと思う。お父さんがそう言ってた。おじさん、無理矢理ことばを押し付けちゃだれも聞いてくれないよ?この土だって生きているんだからね!」
「はぁ、そ、そうだよねぇ・・・その、君って・・・いったい、誰なんだい?」
「教祖!ライズ・フォングラン・・・冒険者を目指すただの子供だよ?」
そうか・・・ぼくは冒険をすればよかったんだね!ありがとう少年。
再びこの地に来られてよかったよ、お母さん――天使、アクレス・キャルク――。
“フワッ”




