Ep17:熱い想い
――1の年が過ぎていた。
「ライズ・フォングラン。君はよほどの決心を秘めていたのだな」
校長は分ってくれていた。
そう。俺は余程じゃない限り動かない筈だった。だが、俺自身が育ってきた領区すべてを、国を、平民であっても貧困から救いたい――、そして兵士になりたい等と言っていた。アイザル・ディナールという教師には“異質”を感じていたらしい。もう少し落ち着きつつもここで勉学しなくては話にもならない。思い出せ・・・。
―――
『ライズ、貴族たる存在は説き伏せてはいけないの』
『ミヘル・・・それは貧困なる救い、王族たる由縁だった・・・お前の場合はどういう意味なんだ?』
『剣技は流儀、作法は道理・・・そう、父から学んだわ・・・』
『流儀と道理・・・お前の父からの学びというのは?』
『“教師という存在”を重んじる事なの』
アイザル、彼は王族の中で貴族と動いている家系の人物に過ぎない。
パヘクティ学園とアンジェル高等学校との異質さ。ミヘルはそれを異端とも闇とも呼んでいた。俺は貴族から何を学んだ?どうして学業を外にしてこんなに憎む必要がある?それは貧困区で暮らした彼なら分かる筈だ。弱気になってはいけない。
―――
『僕は平民区で思う処がある。そこは貧しさで本を漁る起点さ・・・と』
『でもさ、ジグルと俺と食べていて同じ勉強を共にしたのも、良い事だろう?』
『ライズ、ここは空中の大地さ。地上よりも遥かに生命が少ないよ』
『“危うさ”って事を言っているのか?』
『崖より脆い・・・』
この大地は空に浮いていると聞いた。ところが崖というものを俺は見た事がない・・・。
俺達は療育園から暫くの年を過ごしていた。ああ、うっかりと蹴ったら戻って来ることを思い出せ。お前と遊んだ頃にあった、あのランホテを蹴る動作とよく似ている。だが、お前は動じる事も無く、その闇を消そうともせず、藻搔くこともしなかった。俺は平民区で何を選んだ?もっと重要な事を思い出せ。きっと俺にも原因があるから、あの教師を睨み付けていたに違いない。あの、小さな頃の気持ちを忘れてはいけない。
『静かにしなさい。平民区での生活は単純じゃないの!』
『イーター、お前こそどうしたんだ?勉強になる事は結構、試したつもりだ』
『ううん・・・でも、肩が上がるような雰囲気になってしまうの・・・ライズ、あなたのせいかも?』
『そんな、変な意味を言うなよォ・・・話が反れる』
『貴族の地、アプネ・カースは混沌としていたわ・・・』
混沌とした世界で俺達は生きていた。その中の俺は苦しむ人を大いに見ていただろうか?
大切な思い出、小さな想いを馳せていたイーター。最も幼馴染だったその姿から想像もできない位に、大人しくなったそのソワソワした様子・・・。俺は遊びと手加減を父・リディズから教えられていた。そうしないと、腹が減った場合どうするのかと思って・・・何をしようとした?もっと重大で大切な思いではなかったのか?
◇ ◇ ◇
「どうしたのだ、ライズ・フォングラン?」
「いえ、アイザル・ディナール先生をどう思うか、貴族として選択の道を誤っていないか、省みず考えを以って俺に屈辱を味あわせようとしたのか・・・少し頭を冷やしていた処です・・・」
「なるほど、彼が気になるのかね?」
「はい。俺に重大な何かを思い出させようとしています・・・」
つまり、「それは境遇というやつだよ」と、ある教師は言った。
産まれて間もなく貧困の窮地に追いやられた思い出、静かな領土の中で、家族や友達と賑わいながらも食事を分け与えていた理由、そこに「明るく接しろ」と教えてくれた年の離れた者たち・・・。幾ら思い出を語っても募るばかりなんだろうか。時が満ちれば年も感じられなくなるのだろうか・・・。まだ、俺は始まったばかりだ。歩かなければその決心も揺らぐだけだ。アクスドリーマヌ領の家族、民達は今頃、王国の御触れに苦しんでいるのだろうか・・・。
恨んでは許しを乞う・・・、睨んでは罪と面する・・・。年に一度の解放によって祭りを楽しんでいるのだろうか・・・?
――剣術大会
野生生物との遭遇を模して、集団競技と一対一の勝負へと分かれる。まず、俺が参加したのは3対3のチームに分かれて、対象物である相手の懐に入り胴体に装着された鉄版の赤印に模擬専用の剣を突き立てるという集団競技だった。残りの二人は牽制し、相手の剣劇を避ける事に徹する。リーダーは剣を、周囲の二人は小剣と小盾を装備する。つまり俺はリーダーだ。
「ライズ、先にオレの懐に相手の剣撃を浴びせるフリをする」
「僕は背中を抑え、印を見えやすくするよ」
「では、俺が特攻をかけ、一気に攻め入る!」
“ビピイイ―――”
最初の合図とともに、3対3の模擬戦闘が行われた。
剣術大会とはいえ油断していれば怪我をする恐れもある。そうならない様に、厚手の服を着せているし、剣先には布革を巻いている。まず、俺は相手の生徒に対して特攻をかけるフリをした。すると相手の生徒は避けるので、メンバーの一人が小剣を4度振り、小盾で体当たりを仕掛ける。怯んだ相手の生徒の影から、特攻をかけてくる。そこで、もう一人のメンバーが小盾で剣先をズラす。
そうして、印を持った最後の一人が俺に対して剣撃を仕掛ける。俺は一気に躱し、平面斬りを赤印にかすらせた。これで一点を獲った。
―ハァ、フウ―
「いい剣撃だ・・・。やるじゃないか!」
「お前こそ、いい牽制をしてくれる。攻防一体、素晴らしい!」
「回り込みご苦労さん!大した誘いだな」
このようにして、一回戦から順調に剣術大会が進んでいった。しかも、相手の方も頭脳を駆使して攻守一体となり、相手の生徒の攻撃を躱しては、剣技を浴びせる。男子は猛獣の様に遊びを仕掛け、女子は蛇の様にしなるという具合・・・。流石、貴族の子だ。
“次は一対一の決闘だぁ!両者とも組み式でリーダーを選べ!”
「リーダー対決だ。ライズ、任せられるか?」
「勿論だ。まだ、体力は余っている・・・」
「先ずは防具で挨拶しろ。剣を持つ腕は後ろに組んでおけよ?」
「そうするよ」
一対一の対決競技が始まった。俺が相手するのは女子である。それはまるで表情のない動物の様だった。無心になれば勝つことも出来るだろうと踏んでいた。
「宜しくね、ライズ・フォングラン。敬愛なる命よ」
「ギーラ・メイストン・・・輝ける命よ、宜しく願う」
“始めぇ~!”
周囲の対決の様子を一通り見学していた俺。先ずはギーラの出方を見ようとした。すると彼女は俺の目線を避けて体制を低く募らせ、剣技を浴びせようとする。その剣技は緩やかに俺の目を惑わせた。俺は上半身でそれを躱すように小盾を前にし、剣を背中へ隠した。だが、ギーラは蛇の様に体をしならせ、そして、一気に突き出してくる!
―カン、ト、トンッ―
ギーラの剣撃に俺は小盾をとにかく前に躍らせた。その様子を見てか、彼女は俺の剣技を窺うように距離を詰めた。これではまるで裸じゃないか、と感じさせる動作である。周囲の応援に対して、集中しつつ攻めるのには静かな環境だ。俺は剣を上から振り下ろすと、ギーラは当たる寸前の一閃を回避する。そのような攻防が30分間を埋めていた。制限時間は1の時だった。
―ハァ、ハァ・・・―
(息が切れてきた・・・。ギーラはまだ、持ち堪えている・・・)
「フウゥー、中々鋭い剣技じゃない。あなたそれをどこで習ってきたの?」
「以前、貴族に御指南されて、少し齧っただけさ」
「そう。もしこの大会が済んだらお茶とお菓子でもいかが?」
「受け取るよ。どうせなら、酒とパンがいい」
「上等ね!」
今度は小盾を使わず、剣技を浴びせる態度を示し合った。もう周辺に何が起きているのか分からない程に汗を流した。お互いの剣が鍔迫り合いを起こし、その視線を確認し合った。「まだ、勝負は着いていない」と。
そして、お互いの重心を掛けて俺は両腕の力を抜いた。ギーラは一瞬だけ視線を反らし、俺の脇腹に強烈な剣撃を浴びせた。一瞬ふらつくと、ギーラの剣が幾度も連なる様に浴びせられる。痛みはないが、体が反応する。耐えられそうにない時に、最後の力押しを小盾で行った。すると、腕の疲れたギーラは後ろにのけぞった。
(――今だッ!)
俺は上半身を捻じ曲げ、一気にその剣を弾いた。彼女の剣はもう、土の上に落ちていた。そして俺は一気に彼女の頭部の上へ剣を振り上げる!怯えるような目線も見せない彼女へ向かって・・・。
“そこまでぇえ―――ッ!!”
――試合後
「やるわね。ライズ・フォングラン!」
「ギーラ・メイストン、お前もな」
お互い茶を啜りながら、お菓子を食べていた。そんな俺達を見兼ねたのか、共に剣術大会に参加していた生徒達が、俺達を冷やかす。
「流石、競技を分かち合った二人だな。もう少し、近付けよ」
「そうだぞ?問題ある競技として激しくぶつかれば、愛も“募る”というだろう!」
「お前達、同じ部屋で勉強してみればどうだ?」
“こらっ!”
通りすがりの教師が冷やかしていた方の生徒に注意を呼び掛ける。「そんな調子で王国の務めに入るのか」と間を縫うように伝えてゆく。そして、俺とギーラの前に立ってこの様に伝える。
「ライズにギーラ。君達は意志の通った親友だ。よい試合だったとエディーヌ校長先生からお褒めの言葉を戴いたばかりだ。よい学生生活を送れることを祈るよ」
「はい!」
その様にして伝えると、ススっと食堂を去っていった。
それにしても・・・
親友・・・か。




