ソロモン夜戦、怪物と共に
南洋の夜は、不気味なほど静かだった。
ここはソロモン諸島、ルンガ沖――暗闇の海に、我ら第二戦隊は敵艦隊との遭遇を予期していた。
艦隊は戦艦《長門》《陸奥》《伊勢》《日向》を主軸に、巡洋艦《摩耶》《鳥海》、駆逐隊を随伴する重編成。
敵の新鋭艦隊がこの海域に入るとの電報が、午後になって入ったのだ。
「敵戦艦群、ガダルカナル方面進出中。夜間撃滅ヲ企図スベシ」
上空には雲。航空偵察は望めず、我が艦隊は“目と耳”に頼る夜戦態勢を取っていた。
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午後十一時過ぎ、前衛の駆逐艦《初霜》が発砲。
照明弾が放たれ、暗闇が真昼に変わる。
真っ先に浮かび上がったのは、ずらりと並んだ巨艦の影――六隻。
「敵、ノースカロライナ級らしき艦二、サウスダコタ級二……加えて、艦影特異なる大型艦二!」
モンタナ――名も知らぬ“何か”がいる。
「長門、距離一万八千、方位三二〇――目標、ノースカロライナ型、斉射用意!」
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「主砲、角度零点五、高低角一七、撃てッ!」
艦体が震える。
連装45口径41cm主砲が火を噴き、甲板を激震が走る。
すぐに《陸奥》《伊勢》《日向》も呼応し、次々と砲撃が始まった。
海はまばゆく、音は耳を裂く。
四隻の戦艦が一斉射を行えば、それは“夜戦”ではない。“昼間の火山”だ。
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しかし、我々が撃つよりも速く、ある“砲声”が割り込んだ。
「艦長、後方より高初速音! 照準不能!」
それは異様だった。
深く、重く、速い。まるで空そのものが裂けるような――
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そして、敵先頭の《ノースカロライナ》が、真っ二つに裂けた。
爆風が艦橋から主砲塔へ、一瞬で吹き抜ける。
艦首から砲塔、上部構造物が飛散し、燃える艦体がまるで**“内側から破裂”**する。
甲板上の兵員が風のように消し飛び、巨艦は二度、三度揺れ、あとは音もなく沈んでいった。
「……いまのは……我が艦の砲撃ではない」
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次いで、後続の《サウスダコタ》が命中。
その砲塔は空高く吹き飛び、まるで煙突のように空中で回転しながら落下。
瞬間、艦内から誘爆。火柱が百メートル近く立ち上がり、船体は横転。
我々の目の前で、再起不能のまま海中に沈んだ。
砲撃音は続く。
だが、我が艦は撃っていない。
《伊勢》も《日向》も砲門を黙したまま、ただ“それ”の斉射に呆然としていた。
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《ワシントン》、被弾三。三番主砲から艦底まで貫通。
《メリーランド》、弾薬庫爆発により艦体二分。
そして――未確認艦のうち一隻が、前部砲塔から蒸気と火花を噴き上げ、艦首甲板ごと“えぐれ”ていた。
その怪物じみた艦影は、すぐに方向を転じ、煙を吐きながら撤退を始める。
敵艦六隻のうち、五隻は撃沈。残る一隻(モンタナ型)は、前砲塔を喪失したまま、戦域を離脱。
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「長門、被弾なし。味方艦、軽微な損傷。敵、ほぼ壊滅」
私は手元の記録帳に、書くべき言葉を失っていた。
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【記録補遺】
あの砲撃は、我々のものではない。
敵にもあのような砲はない。
だが、確かに**“それ”はいた。**
夜の海に紛れ、見えぬまま敵艦隊を屠り、波音とともに消えた何か――
我々はそれを“味方”と呼ぶしかなかった。
――この戦は、怪物と共にあった戦いである。