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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1941年7月27日・午後:世界を揺るがす声~戦略家たちの困惑と決断~

 スターリンの演説は、単なる士気高揚ではなく、戦略的情報戦の幕開けであった。


[1941年7月27日・午後:総統大本営「ヴォルフスシャンツェ」]

 東部戦線の泥沼化に苛立ちを募らせていたアドルフ・ヒトラーは、スターリンのラジオ演説の翻訳が総統大本営「ヴォルフスシャンツェ」に届いたとき、激しい怒号を発した。


「欺瞞だ!ボルシェヴィキの猿どもの、底の浅いブラフだ!この戦争は我がドイツの『奇襲』によって始動した。奴らが予期していたなど、断じてありえない!」


 しかし、作戦部長アルフレート・ヨードルは、怒りではなく、冷たい汗を感じていた。彼の視線は、演説で具体的な地名が挙げられた部分、「リガの同志たちを守っている」「オデッサ、キエフ、ミンスクなどの同志たちの憎しみ、怒りを背負い今こそ反撃に出る」という言葉に釘付けになっていた。


「総統閣下、単なるブラフではないかもしれません。」ヨードルは絞り出すように言った。「ドニエプルでの膠着は既に三週間。我が軍の消耗は極限に達しています。そして、スターリンは具体的なリガとオデッサの名を挙げた。これは、この二つの方面に、我々が捕捉できていない温存された戦略予備が存在する可能性を示唆しています。」


 参謀総長フランツ・ハルダーは、既に机上の東部戦線地図に、赤鉛筆で二つの円を描いていた。リガとオデッサ。


「彼らは、我々をドニエプルで消耗させ、補給路を限界まで引き延ばさせた上で、最も脆弱な側面から反撃に出る意図を持っています。我々が非効率と嘲笑した『治水工事』や『トラクター工場』の偽装が、もし大規模な部隊の隠匿に使われていたとすれば……これは、単なる抵抗ではない。まさに罠です。」


 ハルダーは顔を上げ、結論を述べた。「我が軍は、今、ソ連の予見と計画によって、両側面から挟み撃ちにされる脅威に晒されています。」

 ヒトラーは地図に飛びつかんばかりに身を乗り出し、激しい剣幕で叫んだ。「撤退は許さん!我が軍は要塞群を突破し、モスクワを掌握せねばならない!しかし、反撃だと?いいだろう。南方に駐屯しているルーマニア軍を盾に、可能な限り戦車部隊を引き抜き、側面を固めろ。だが、主目標はモスクワだ!赤軍の宣伝に惑わされるな!」


 指導者の激情とは裏腹に、OKWの間に生まれた「罠にはまったのではないか」という疑念という名の毒は、やがて東部戦線の心臓部にまで回り、ドイツ軍の意思決定を蝕んでいくことになる。


[1941年7月27日・夕刻:ブカレスト 王宮]

 ルーマニア王国首相兼指導者、イオン・アントネスク元帥は、報告されたスターリンの演説内容に、顔面を蒼白にさせた。彼は、ドイツの勝利を確信し、ソ連侵攻に大戦力を投入したが、その真の目的は、ソ連領内にあるベッサラビアとブコビナの奪還、そしてプロイェシュティ油田の防衛だった。


「オデッサから『鉄の農民』が解き放たれるだと?馬鹿な!我が軍の防衛線は、既に無理な進撃で伸びきっているというのに!」


 アントネスクにとって、スターリンの言葉はプロパガンダではなく、具体的な軍事的脅威として響いた。オデッサはルーマニア国境に極めて近く、そこからのソ連機甲部隊による電撃的な反撃は、ルーマニア軍の戦線そのものを崩壊させかねない。


 油田への危機: 最も重要な懸念は、バルカン半島全体、そしてドイツの戦車部隊の生命線であるプロイェシュティ油田への脅威だった。ソ連の機甲師団が突破すれば、この油田が火炎に包まれ、枢軸全体が燃料危機に陥る。


 ドイツへの不満と依存: アントネスクは、直ちにドイツに援軍と航空支援を要請したが、ヒトラーがモスクワ攻略に固執し、南方の戦力を引き抜こうとしていることに、強い不信感を抱いた。「我が軍を盾にするつもりか!」と彼は机を叩いた。しかし、ルーマニア軍の兵器や補給は完全にドイツに依存しており、不満を抱えつつも、ドイツの命令に従わざるを得ないという、屈辱的な状況に置かれた。ルーマニア軍は、自国の最重要戦略目標を守るため、必死に戦線を再構築することを命じられた。


[1941年7月27日・夕刻:ロンドン 首相官邸]

 ドイツによる本土侵攻の脅威に常に晒されていたウィンストン・チャーチル首相は、演説の報を聞き、葉巻の煙を深く吸い込んだ。彼の顔には、安堵と、ある種の興奮が入り混じっていた。


「見ろ、諸君!東の独裁者が、西側の民主主義国家に『時間』という最大の贈り物をくれたぞ!」


 彼は、外務大臣アンソニー・イーデンに身を乗り出して言った。「スターリンの言葉は疑わしい。五年前から予期していたなど、己の怠慢を糊塗するプロパガンダに過ぎまい。だが、肝心なのはその『結果』だ。彼らが戦い、消耗している間、我々は生き残る!そして、アメリカからの物資を待つことができる!」


 イギリスの戦略家たちは、演説が示したソ連の「抵抗の意思」と「温存戦力」の存在を高く評価した。


 レンドリース加速の確信: チャーチルは即座にワシントンへメッセージを送るよう命じた。「ソ連は、単なる一時的な抵抗者ではない。彼らは、ヒトラーを倒すための『東の盾』となる。アメリカは、直ちにレンドリース法に基づき、航空機用アルミニウムと最新の工作機械をソ連に送らねばならない。」


 一方で、外務省の古参外交官たちは、スターリンが「我が国の発展に繋がる道だ」と自国の優位性を喧伝したことに、警戒を緩めなかった。「彼は、勝利の後、ヨーロッパの地図を塗り替えるつもりだ」と囁く声もあった。一時的な同盟国とはいえ、将来のソ連の覇権に対する懸念は、この演説によって強まった。


 その他英国情報部(MI6)は、ソ連演説の中に挿入された地名・時期の一致から、事前に準備された心理戦計画の可能性を指摘した。


[1941年7月28日・早朝:東京 陸軍参謀本部]

 真夏の蒸し暑さに満ちた日本の陸軍参謀本部は、スターリンの演説の報告と、東部戦線での「鉄壁」の事実確認に、沈痛な空気に包まれていた。


 日本陸軍は、ソ連の国境を越えてシベリアへ侵攻する「北進論」と、東南アジアの資源地帯を目指す「南進論」の間で、揺れ動いていた。


 作戦課長は、報告書を強く握りしめた。

「スターリンが予期していたという事実は、我々が対ソ開戦のリスクを過小評価していたことを意味する。ノモンハンでの苦い経験を思い出すべきだ。ソ連は、満州国境に、演説で言及された以上の隠された戦力を配置している可能性がある。」


 北進論の終焉: 陸軍内部の「北進論者」たちは、この報告により決定的な打撃を受けた。ドイツが容易にソ連を屈服させられない以上、ソ連極東軍を誘引し、殲滅するという作戦は、現実的ではないと判断された。


 南進論への決定的な傾斜: この演説は、日本の外交・軍事戦略を南方へと決定的に傾かせた。ソ連という強大な敵を避ける代わりに、手薄になった東南アジアの資源地帯(特にオランダ領東インドの油田)への侵攻、すなわち対米英戦の準備を加速させることになった。スターリンのプロパガンダは、皮肉にも日本を対米開戦へと追い込む強力な外圧となった。


[1941年7月28日・昼:ワシントンD.C. ホワイトハウス]

 フランクリン・D・ルーズベルト大統領は、チャーチルからの切迫したメッセージと、スターリンの演説の全文を読み比べた後、深く頷いた。


「彼は生き残るつもりだ。そして、勝つつもりだ。」


 大統領は、側近に指示を出した。「ソ連は、我が国の助けを必要としている。そして、彼は我々のために、ヨーロッパで最も残忍な敵と戦っている。議会の反共産主義者どもが何と言おうと、ソ連へのレンドリース適用を最優先で進める。特に、彼らが求めているT-34生産用の工作機械と、高オクタン価の航空燃料を直ちに積み込め。」


 国際的な協力関係の構築: ルーズベルトは、スターリンの演説を「祖国防衛の決意」として解釈し、これを機に「自由世界」と「共産主義」というイデオロギーの壁を一時的に越える、対枢軸国協力体制の構築を急いだ。アメリカの工業力が、ソ連の反撃能力を経済面から支えることが、この日、確定した。


[1941年7月29日:バルカン諸国と第三国の反応]

  ブルガリア:枢軸の足並みの乱れ

 当時、ドイツの圧力で枢軸国側に立たされていたブルガリアのような小国では、スターリンの演説が政治的な混乱を引き起こした。


 中立派の再興: ドイツ軍が東部で膠着しているという事実は、彼らが「すぐに勝つ」という前提を覆した。国内の親ソ派や中立派の勢力が再び発言力を持ち始め、「この戦争は長期化する。ドイツ側に深入りするのは危険だ」という声が大きくなった。ブルガリアは、ドイツの要求する対ソ連派兵を渋る姿勢を強め、枢軸の足並みに亀裂を生じさせた。


 トルコ:国境警備の強化

 中立国であったトルコは、ソ連の「オデッサからの反撃」計画に敏感に反応した。黒海を挟んでソ連と対峙するトルコは、ソ連の軍事力、特に黒海艦隊の動向に最大の関心を払っていた。


 コーカサスへの懸念: トルコは、ソ連が勝利に乗じて、コーカサス地方(トルコとの国境付近)での影響力を強めることを警戒し、国境警備を厳重にした。スターリンの演説は、トルコを中立から逸脱させないための強力な外交的圧力としても機能した。


 スターリンの演説は、単なるプロパガンダではなかった。

 それは、言葉によって戦場を拡張する情報兵器であり、敵国に疑念と恐怖を植え付け、同盟国には確信を、中立国には選択を迫った。

 この日、銃弾の代わりに放たれた言葉が、世界の戦略地図を塗り替え始めていた。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

次回もどうぞよろしくお願いいたします。

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