1941年7月20日:ドニエプル川の悪夢~飢餓と砲火の二週間~
1941年7月20日・ドニエプル川西方 ドイツ国防軍前線
ドニエプル川に到達してから、さらに二週間が経過した。ドイツ軍兵士たちの顔から、開戦当初の意気揚々とした表情は完全に消え去り、そこには飢餓と疲労、そして絶望の色が深く刻まれていた。泥と埃にまみれた彼らの目は窪み、その皮膚は病的なまでに蒼白だった。
「補給はまだか!? もう三日、まともな食料が届いていない!」
兵士の叫びが、乾いた風に消えていく。後方からの補給は、ソ連軍が徹底的に破壊したインフラと、絶え間ないパルチザンの襲撃によって、わずかばかりの物資しか届かなくなっていた。弾薬も底を突き始め、各部隊の弾薬庫は文字通り空に近い状態だった。戦車は燃料切れで立ち往生し、無線機は沈黙したままだった。
目の前には、深く掘られ、幅を増したドニエプル川が横たわっている。通常の架橋では到底渡れない幅と深さだった。そして、対岸には、かつて「治水工事」と嘲笑したあの巨大な灰色の壁が、まるで嘲笑うかのようにそびえ立っていた。要塞の偽装は完璧で、どこに銃眼があるのかさえ判別できない。近寄ろうにも、その堅固な防御は、いかなる攻撃をも寄せ付けない。
「あれを攻めろというのか? まるで狂気の沙汰だ!」
ある下士官は、自嘲気味に呟いた。その声には、もはや戦意の欠片も感じられなかった。
昼夜を問わず、要塞の銃眼から、そして地下深くから響く轟音と共に、無数の弾丸が降り注いだ。まるで地獄のシャワーのように、機関銃の弾丸が、砲弾が、兵士たちの頭上を掠め、地面に穴を開ける。眠ることも、休むこともできない。神経はすり減り、兵士たちの士気は限界を超えていた。
「もう限界だ…いつになったら終わるんだ…」ドイツ軍兵士Aは、うわごとのように呟いた。
「撤退しよう…こんな場所で死にたくない…」別の兵士Bが、震える声で懇願する。
かつて誇り高き「無敵」のドイツ兵だった彼らは、今や潰走寸前の状態だった。ドニエプル川は、彼らの進撃を阻む物理的な障壁であるだけでなく、精神をも蝕む巨大な壁となっていた。補給の途絶と絶え間ない砲火は、彼らの肉体と精神を根底から破壊しつつあった。
ドイツ軍の将校たちは、無線で司令部に窮状を訴え続けた。
「このままでは部隊が壊滅します! 補給を! そして、この地獄を何とかしてください!」
しかし、司令部からの返答は、常に「持ちこたえろ」「補給は手配中だ」という、空虚な言葉ばかりだった。彼らは、ソ連が仕掛けた「巨大な罠」の深淵に、今まさに囚われつつあったのだ。




