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赤い鉄壁:スターリン要塞で迎え撃て  作者: 柴 力丸


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1941年7月8日:ドニエプル川の悪夢~赤い鉄壁の反撃~

【1941年7月8日・ドニエプル川西方】

 ドニエプル川西岸、ドイツ軍の陣地は、これまで経験したことのない地獄と化していた。頭上から降り注ぐ、けたたましい咆哮。それは、ソ連のM-8ロケット砲が放つ、おびただしい数のロケット弾の飛来音だった。轟音と共に大地が揺れ、火柱が次々と立ち上る。塹壕の中に身を伏せた兵士たちは、ただ耳を塞ぎ、身の安全を祈るしかなかった。


「伏せろ! 伏せろっ!!」


 中隊長の絶叫も、怒涛の爆音にかき消される。ロケット弾の着弾音は、まるで巨大な怪物が地面を叩きつけるようだった。陣地は阿鼻叫喚の地獄と化し、兵士たちの悲鳴と、燃え盛る木材や爆発する弾薬の音が入り混じる。広範囲にわたる無差別な弾幕は、兵士たちの精神を徹底的に破壊した。それは、彼らが想像もしなかった、ソ連軍の新たな「赤い弾幕」だった。


 その時、後方から、ドイツ軍の新型戦車、Ⅳ号戦車とⅢ号戦車が、泥に足を取られながらも必死に前進していた。ドニエプル川に築かれた要塞間の空白を突破し、ソ連の防御線を突き破るべく、その巨体を揺らしていたのだ。しかし、その刹那、大地を揺るがすような一際大きな砲声が轟いた。


「来るぞ! 敵の重砲だ!」


 砲兵観測手が叫んだ瞬間、SU-100Yから放たれた130mm砲弾が、先頭を走っていたⅣ号戦車に直撃した。直後、爆炎と砂煙が盛大に舞い上がり、周囲の視界を奪う。数秒後、砂煙が晴れた後に残っていたのは、見るも無残なⅣ号戦車の黒焦げた残骸だけだった。砲塔は吹き飛び、車体は無残に引き裂かれている。


「馬鹿な…一撃だと!?」


 周囲の兵士たちが、信じられないという顔でその光景を見つめていた。Ⅳ号戦車の分厚い装甲も、SU-100Yの艦砲から放たれる砲弾の前には、何の意味もなさなかったのだ。後続のⅢ号戦車も、一瞬ひるんだが、さらにSU-100Yからの砲撃が続き、その進撃を阻まれた。


 その上空からは、ソ連のIl-2シュトゥーモヴィークが、編隊を組んで襲いかかってきた。急降下する機体から、戦車めがけて懸架された爆弾が次々と投下される。爆弾はⅣ号戦車やⅢ号戦車の車体に命中し、あるいはその至近弾となって、分厚い装甲を叩きつけ、内部の兵士たちを揺さぶる。


「敵機だ!……なんだ? まるで我々のシュトゥーカみたいな……いや、あれはIl-2だ! ソ連の襲撃機だ!」


 兵士たちの悲鳴が上がる。空からの攻撃は、泥に足を取られ、身動きの取れないドイツ戦車にとって、致命的だった。


 さらに、ドイツ軍はドニエプル川そのものにも苦しめられていた。川岸に築かれたソ連の要塞は、戦略的に重要な場所に配置されているだけでなく、その周囲の川底も、ソ連軍によって徹底的に浚渫しゅんせつされていたのだ。


「隊長! 川が深すぎます! とてもじゃないが、歩兵師団が渡ってからあの岸壁を登るのは不可能ではありませんか!?」


 工兵隊の報告は、絶望的なものだった。浚渫された川は、通常の渡河作戦を不可能にするほど深く、対岸の要塞の壁は、まるで断崖絶壁のようにそびえ立っていた。機関銃の掃射と、砲台からの正確な砲撃が、渡河を試みようとするドイツ兵の命を容赦なく奪っていく。


 ドニエプル川の戦線は、まさに「赤い鉄壁」と化した。ソ連軍の周到な準備、人為的に作られた泥濘、BM-8とSU-100Yという新兵器の投入、そして巧妙に利用された地形。これら全てが、ドイツ軍の電撃戦を寸断し、彼らを絶望の淵に突き落としていた。ソ連の「無能さ」を嘲笑していたドイツ軍は、今や、彼らが仕掛けた恐るべき「罠」の真の力を、その身をもって味わうことになっていた。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます。

皆様よいお年をお迎えください。

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